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チアと生きる“薩摩おごじょ” 「今しかできないことに100%!」│B.LEAGUE仕事図鑑

YUINAさん

株式会社鹿児島レブナイズ アカデミー事業部

緊張の面持ちで取材部屋へ入ってきた彼女は、何千人もの観客の前で踊るチアリーダー「YUINA」のイメージとはずいぶん印象が違った。

「二重人格ってよく言われるんです(笑)」

おっとりとした語り口。しかし、時折 “薩摩おごじょ”らしい気骨がにじむ。鹿児島レブナイズのチアリーダーとして歩んだ13年、卒業、そして新しい日々。まだ周囲にも話していないという一つの夢も打ち明けてくれた。

※薩摩おごじょ……「おごじょ」は鹿児島弁で女性のこと。控えめながらも芯が強く、たくましい鹿児島の女性を表す言葉

Index

    教えて、教わって。卒業後の日常

    ——鹿児島レブナイズのチアダンスチーム「REIBES(レイベス)」を6月末に卒業し、現在はアカデミー事業部(※)で子どもたちの指導を担当されています。普段はどんな1日を過ごしているのですか?

    アカデミーは子どもたちが学校を終えてから始まるので、平日の日中は基本的に事務作業をしています。夕方からはクラス別のレッスンや現役の「REIBES」メンバーの練習で一緒に身体を動かす、という感じです。

    ※アカデミー事業部……チアダンススクールやバスケットボールスクールを運営する部門

    ——日中の事務作業というのは、どんなことを?

    パフォーマンスで使用する音楽を編集したり、ダンスの振り付けを考えたり。夏休みのサマーキャンプやワークショップの企画、子どもたちのイベント出演に向けた準備も行います。あとはアカデミーの売上管理の仕事もあります。

    ——数字を扱う仕事もあるんですね!

    ……はい。でもパソコンが本当に分からなさすぎて……(笑)。周りの先輩たちに一つずつ教えてもらいながら、なんとかやっています。やっぱり身体を動かしている時間が一番楽しいです。

    ——こうしてお話ししていると、コート上での姿とのギャップに驚かされます。

    自分ではそんなつもりはないんですけど、普段はかなりマイペースって言われます。スタジオに入って身体を動かしたり、レッスンが始まったりすると、何か変わっているみたいです。

    ——自然とスイッチが入るんですね。アカデミーでは3歳から高校生まで教えているそうですが、自分が踊ることと、子どもに教えることでは難しさも違いますか。

    違いますね。対象年齢もバラバラなので、伝え方は難しいです。例えばテクニックを教えるときに「自分の軸を取って」では、絶対に伝わらない。どんな表現をしたら分かってもらえるかなと、いつも試行錯誤しています。

    ——子どもたちと向き合う際に大切にしていることはありますか?

    まずは「チアって楽しい」と思ってもらうことですね。小さい子だと、レッスン中に泣いてしまったり、お母さんの膝の上から離れられなかったりすることもあるんです。そういう時も無理に参加させるのではなくて「今日はストレッチだけやってみよう」とか「ポンポンを持って一緒に見てみよう」とか、少しずつできることを増やしていきます。月4回のレッスンに一度も参加できなかった子が、コートやイベントのステージに立って堂々と踊っている姿を見るとうれしくなります。

    [写真]本人提供

    「井の中の蛙だった」外の世界で学んだチアの本質

    ——チアとの出会いは中学1年生だそうですね。

    幼稚園からダンスを習っていましたが、毎日熱中するほどではありませんでした。親としては打ち込めるものを見つけてほしかったようで、中学に入ってから部活もいろいろ見て回ったんですが、ピンとくるものがなくて。そんなときに鹿児島レブナイズ(当時はレノヴァ鹿児島)のチアオーディションのポスターを親が見つけてきてくれたんです。

    チアに出会ったばかりの中学1年生当時[写真]本人提供

    ——そこからトータル13年にわたるレブナイズとの歩みが始まったんですね。一方で、その間にはチームを離れた時期もあったと聞きました。

    短大卒業後に、東京に出て保育園の先生として就職しました。一度は鹿児島の外に出てみたいという思いがあったのと、違うチアチームで活動してみたいという気持ちもありました。

    ——他のチームに興味を持つきっかけがあったのですか?

    年に1回開催される「B.LEAGUE ALL-STAR GAME」というイベントがあって、全国のチームを代表したチアリーダーが集まってパフォーマンスをするんです。学生のとき初めて参加させてもらって、「こんな世界があるんだ」と衝撃を受けて。

    オールスターゲーム初出演時の様子[写真]本人提供

    ——衝撃を受けたのはパフォーマンスに?

    パフォーマンスもそうなんですが、普段の立ち振る舞いから違っていて。控室やステージ裏でも、表情だったり見せ方だったり、どこを切り取ってもチアリーダー。本当にプロフェッショナルで、自分がいた世界と180度違う気がしました。「井の中の蛙だったんだな」って。

    ——その後「越谷アルファーズ」と「茨城ロボッツ」でそれぞれ経験を積みます。社会人になったばかりで仕事との両立もハードだったのでは。

    茨城の時は通うのが大変でした。土日は朝6時頃に東京を出て、バスで2時間半。9時半頃から練習が始まり、終わったらまた東京へ戻るという生活です。それでも、心が折れることはなかったです。保育園では新人だったにもかかわらずシフトを調整してもらい、チームではメンバーやディレクターが親身になって支えてくれて。本当に周囲の人に恵まれていて、むしろ「もっと頑張らなきゃ」という気持ちのほうが強かったです。

    ——外の世界に出てみて、チアへの向き合い方は変わりましたか。

    それまでの私は、自分がダンスをすることで精いっぱいでした。プロフェッショナルなチアリーダーは、人を元気にしたり、巻き込んだりする力がすごいんです。応援することの大切さ、会場との一体感、お客さんとのコミュニケーション。チアとしての存在意義というか、あり方を学べたと思っています。

    「越谷アルファーズ」時代[写真]本人提供

    「茨城ロボッツ」時代[写真]©IRSE Akihide TOYOSAKI

    「好きだからこそ」選び取った道

    ——3年の東京生活のあと、再び鹿児島レブナイズに戻ります。

    向こうにいても、心のどこかではずっと鹿児島のことを気にしていました。「今、チームはどんな感じなんだろう」とか「今日の試合、勝ったかな」とか。最終的に一番好きなチーム、心から応援したいチームはどこだろうって考えた時に、やっぱり一緒に育ったレブナイズでした。

    ——ほかのチームと比べて、レブナイズはどんなチームですか?

    ブースター(ファン)のみなさんとの距離がすごく近いなと思います。会場で会えば自然と挨拶をしますし、「今日もありがとうございます!」と直接お話しすることもあります。県の体育館で試合をするときは客席も近くて、顔まではっきり見えるくらいです。

    ——一緒に歩むなかで、チームの成長や変化は感じましたか。

    昔は、開場してしばらくしても、お客さんの人数を数えられるくらいの時期がありました。それが今では、試合が始まるころには会場がほとんど埋まるようになって。本当にたくさんの方に応援していただけるチームになったんだなと感じます。

    REIBESでのパフォーマンスとサイン会の様子[写真]本人提供

    ——REIBESでリーダーを務める一方、幼稚園の先生としても働き続けていました。

    幼稚園の仕事も本当に大好きでしたね。子どもたちや同僚の先生が試合を見に来てくれることもありました。パフォーマンスを観て「あんなに走れたの!?」って驚かれましたね(笑)。ホームゲームの翌日に通園バスの運転士さんや先生たちから「昨日勝ったね」「テレビ見たよ」「ニュースに出てたよ」と声をかけてもらうことも増えて。すごくうれしかったです。

    「今振り返ると、自分は本当に子どもが好きだったんだなと思います」。チア活動と並行しながら、鹿児島市内の幼稚園で働いていた当時の一枚[写真]本人提供

    ——幼稚園の仕事も好き。REIBESの活動も好き。それでも両方卒業するという道を選びました。

    すごく迷いました。でも、チアに没頭して向き合える期間って、今しかないんじゃないかと思ったんです。年齢的にも活動できる時間には限りがある。幼稚園の先生は、こんな言い方をするとあれですが、資格があるので、いつでも戻ることはできる。それなら、一度違う職種を経験することも含めて、今しかできない挑戦がしたいと思いました。

    REIBESについても、自分の中でやり切ったという実感がありました。最後のシーズンは「後悔なく終わろう」と決めて取り組めたので、最終的にはすっぱりと決断することができました。

    子どもたちの夢、チームの夢、そして……

    ——YUINAさんにとって、B.LEAGUEではたらくとは?

    いろいろ考えたんですが、「KAGOSHIMA SHOW TIME」という言葉にしました。
    これは、レブナイズが長く掲げているスローガンなんです。

    ——なぜこの言葉を選んだのですか?

    今の鹿児島でしかできないSHOW、今のREIBESでしか魅せられないSHOWをつくりたいという思いです。REIBESを、もっとたくさんの人の憧れとなるような最高のチームにしていきたいし、「私もREIBESになりたい」「あのコートに立ちたい」と思ってくれる子どもたちを増やしていきたいです。

    ……あと、これは自分自身にも重なる言葉かなと思っていて。

    ——自分のSHOW、ということですか?

    ずっと立ちたいと思ってきた場所があって。バスケットボール日本代表オフィシャルチアリーダーズ「AKATSUKI VENUS」です。実はREIBESの卒業を考えていた2年前、「チア人生の最後に挑戦したい」と思ってオーディションを受けました。でも、その時は選ばれなくて。
    ただ、AKATSUKI VENUSは毎年オーディションがあるんです。機会があれば、また挑戦したいと思っています。まだ周りのスタッフには話していないんですけど(笑)。今回、新しい道を選んだ理由には、こうしたチャンスを逃したくないという気持ちもありました。

    ——チアリーダー「YUINA」としての挑戦もまだ続いているんですね。

    叶えたい夢は今もあります。それがあるからこそ、子どもたちやチームと一緒に私自身ももっとレベルを上げていきたいと思っています。いつでもチアリーダーとしてまた立てるように、ずっと動き続けていたいです。やっぱり私の人生に、チアから離れるっていう選択肢はないですね。

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    interview & text:大迫龍平/dodaSPORTS編集部
    photo:三橋雅志

    ※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。

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