高知に女子野球を続けられるという選択肢を。野球も仕事も諦めない、女子硬式野球部創設の挑戦
高知県スポーツ特別対談
株式会社ISS富士鍛 大西 正隆さん × パーソルキャリア株式会社 小松 剛
人口減少や若年層の流出は、多くの地方地域が抱える課題だ。高知県東部に位置する室戸市も例外ではない。2025年には推計人口が1万人を下回る中で、若い世代が地域に残り、はたらき続けられる環境づくりが大きなテーマとなっている。
そんな室戸市で動き出した挑戦の一つが、ISSホールディングス株式会社・株式会社ISS富士鍛による女子硬式野球部の創設だ。競技を続けたい若者にはたらく場を提供するとともに、地域との新たな接点を生み出すこの挑戦は、スポーツの枠を超えた地域活性化の取り組みでもある。
今回は、高知県スポーツ案内人を務める小松剛が、女子硬式野球部の立ち上げに関わる大西正隆さんと対談。スポーツを通じた地域づくりや、地方ではたらきながら競技を続けることの価値について話を聞いた。
Index
「地方で、夢を追い続けられる選択肢を増やしたい」
大西 正隆(おおにし・まさたか)さん
株式会社ISS富士鍛
総務部 課長
女子硬式野球部 監督
「地域に新しい選択肢をつくりたい」と語る大西正隆さん。女子硬式野球部の立ち上げを通じて地域活性化にも挑む。[写真]吉沢 大和
高知県高知市出身。法政大学卒業後、高知銀行へ入行。その後、高知県庁へ転じ、企業誘致や雇用創出など地域活性化に関わる業務に従事してきた。2026年にISS富士鍛へ入社し、女子硬式野球部の創設プロジェクトに参画。監督としてチームづくりを進めるとともに、競技と仕事を両立できる環境づくりや、スポーツを通じた地域活性化に取り組んでいる。
「地元・高知に、スポーツから新しい選択肢が生まれてほしい」
小松 剛(こまつ・たけし)
パーソルキャリア株式会社
プロダクト&マーケティング事業本部 スポーツビジネス推進グループ
高知県スポーツ案内人
スポーツを通じて高知県の魅力を発信する小松。高知県スポーツ案内人として地域の声を届ける。[写真]吉沢 大和
高知県室戸市出身。室戸高校を経て法政大学へ進学し、卒業後はドラフト3位指名で広島東洋カープに入団。現役引退後は球団職員として8年間勤務した後、パーソルキャリア株式会社へ入社。現在はスポーツ人材のキャリア支援に携わる傍ら、「スポーツを通じて高知県の魅力を伝える」をテーマに、高知県スポーツ案内人として活動している。
「高知に残りたい——」地元高校生の声からはじまった挑戦
小松 本日はよろしくお願いします。実は私も法政大学出身で、大西さんは大学の先輩にあたるんですよね。
大西 そうなんです。ようやくお会いできましたね。
同じ法政大学出身でもある二人。スポーツが持つ地域への可能性について語り合った。[写真]吉沢 大和
小松 私は室戸市出身で、広島東洋カープでの選手・球団職員を経て、現在はパーソルキャリアでスポーツ人材のキャリア支援に携わっています。また、高知県スポーツ案内人としても活動していますが、スポーツをきっかけに地域に新しい人の流れや選択肢が生まれる取り組みには以前から関心を持っていました。今日はお話を伺えるのを楽しみにしています。まずは大西さんのこれまでのご経歴や、現在の取り組みについて教えていただけますか。
大西 私は高知市出身で、高知銀行での勤務を経て高知県庁へ転職し、企業誘致や雇用創出など地域活性化に関わる仕事に携わってきました。
実は、父と妻がともに室戸市出身で、小さい頃から何度も室戸を訪れていたんです。そうした縁もあって以前から地域に愛着がありました。そんな中、室戸市の人口減少が進んでいる現状を知り、地域のために何かできないかと考えていたところ、ISS富士鍛が女子硬式野球部の立ち上げを進めていることを知りました。これは地域に新しい可能性を生み出せる挑戦だと思い、ぜひ携わりたいと手を挙げました。
小松 室戸市との縁や地域への思いが、今の取り組みにつながっているんですね。本日は、ISS富士鍛が進める女子硬式野球部の創設や、競技と仕事を両立する「デュアルキャリア」の可能性についてお話を伺えればと思っています。まず、ISS富士鍛が女子硬式野球部の立ち上げに取り組まれた背景からお聞かせください。会社員としてはたらきながら、野球部所属の選手として活動が続けられるんですよね。
大西 発端となったのは、私が入社するより以前、当社にインターンシップで来てくれた地元高校の女子野球部の生徒との出会いだったそうです。その生徒さんが「地元に残りたいけれど、野球を続けるためには県外へ出なければならない…」と話してくれたことが、のちに立ち上げに関わるメンバーの印象に強く残ったと聞いています。そこで、野球を続けたいと願う若い世代が抱える課題と、人材確保という企業側の課題を同時に解決できるのではないかと社長に相談したことが、女子硬式野球部創設のきっかけになりました。私自身は 2026 年4月に入社し、この取り組みに参画しています。
以前、高知県庁で企業誘致や雇用創出の仕事に携わっており、高校や大学を卒業した若い世代、特に女性が県外へ出ていく状況を長年見てきました。室戸市でも若い世代の流出は大きな課題ですし、地域に仕事はあっても、やりたいこととの両立が難しいケースも少なくありません。この会社はまさにそうした課題に取り組み、私の思いとも合致しました。
小松 単に野球チームをつくるという話ではなく、地域課題への問題意識が出発点だったのですね。
大西 そうですね。一方で、女子野球の世界にも、高校卒業後や大学卒業後の受け皿が十分ではないという課題があります。女子野球人口は年々増えているにもかかわらず、競技を続けられる環境は限られているんです。地域が抱える課題と、女子野球が抱える課題。その二つが重なった時に「継続的にはたらける環境と、同時に本気で野球が続けられる場所を提供する」という発想につながったのだと聞いています。企業が主体となってチームを持つ意義も、まさにそこにあると感じています。
小松 高知県内では初めての取り組みになりますよね。
大西 はい。もちろん簡単な挑戦ではありません。ただ、地域で新しいことをはじめる 以上、単なる企業活動ではなく、地域の未来につながる取り組みにしたいという思いがあります。
小松 実際に県外から選手を迎えることも想定されていると思いますが、まずは室戸という地域を知ってもらうことも大切ですよね。先日開催された体験会では、どのような反応がありましたか。
大西 体験会では、まず室戸市に来てもらい、私たちの会社や製造業の現場を知ってもらうことを目的にしていました。参加者のほとんどが県外の学生でしたが、「自然が豊かで想像以上に魅力的だった」「室戸での暮らしをイメージできた」といった声をいただきました。私たちにとっても、地域の魅力を改めて実感してもらえる機会になったと感じています。
体験会では、県内外から集まった学生がバッティングや投球などの練習を体験。[写真]提供
女子硬式野球部のゼネラルマネージャーを務めるプロ野球阪神タイガース元監督の矢野燿大さん(右)と、大西さん(左)。室戸マリン球場で。[写真]提供
小松 私も室戸市出身なので、そうした声を聞けるのはうれしいですね。地元の人間にとっては当たり前の景色でも、県外の方には新鮮な魅力として映るのかもしれません。
野球だけではなく、社会人として成長できる環境を
小松 競技だけでなく、はたらく環境づくりにも力を入れられているそうですね。
大西 会社としては、まずは仕事にしっかり向き合うことが大前提だと考えています。平日は会社ではたらき、週に数回練習を行う形を想定しています。また、製造業としてさまざまな資格取得も支援していきたいと思っています。野球だけでなく、将来を見据えた力も身につけてほしいんです。
いつかは野球を離れる時が来るかもしれません。だからこそ、競技に打ち込むだけでなく、社会人としての経験やスキルも身につけて、引退後も自分らしいキャリアを選べる状態になっていてほしいですね。
小松 一人ひとりの将来を見据えた環境づくりなんですね。
大西 もちろん会社に残って活躍してもらえれば心強いです。ただ、野球をしている期間より、その後の人生の方が長いじゃないですか。だからこそ、ここで過ごした数年間が、その後の人生の財産になるような環境をつくりたいと思っています。仕事を通じて得た経験や人とのつながりが、将来の選択肢を広げるきっかけになればうれしいですね。
小松 まさにデュアルキャリアですね。競技と仕事の両方に取り組むことで、選手としての成長だけでなく、その先のキャリアの選択肢も広がっていくのだと感じます。
キャリア面だけでなく、県外から社員を迎えるとなると生活環境も重要になってきますよね。住環境についても整備を進められているそうですね。
大西 会社としては、可能な限りの環境整備を進めています。その一つとして、専用の寮も整備する予定です。安心して暮らしながら競技に取り組める環境を整えることも、大事な要素だと思っています。高校卒業後に親元を離れる選手も多いですから、生活面も含めてサポートしていきたいですね。
地域に応援されるチームでなければ意味がない
小松 ここまでお話を伺っていても、「地域」という言葉が何度も出てきました。チームと地域の関わりについて、特に大切にしていることを教えてください。
大西 地元の自治体と連携しながら、地域との関係性をしっかり築いていきたいと思っています。実は2026年2月、室戸市が「女子野球タウン」(※)に認定 されました。私たちも積極的なバックアップを行っていますが、地域としても女子野球を活用したまちづくりへの機運が高まっているんです。
(※)女子野球タウンとは
全日本女子野球連盟は女子野球をシティプロモーションとして活用し、地域活性化を目指す自治体を「女子野球タウン」と認定している。同事業は2020年9月にスタート。「女子野球タウン」となった自治体は同連盟と情報交換や交流を通じて、大会開催、合宿、女子野球教室などの普及活動を行っている。
小松 地域全体で女子野球を盛り上げていこうという動きが進んでいるんですね。
地域に愛されるチームを目指し、新たな一歩を踏み出したISS富士鍛女子硬式野球部。[写真]吉沢 大和
大西 私たちにとっては、そこが本当に重要な部分なんです。スポーツチームというのは、地域の皆さんに支えられてはじめて成り立つ存在です。だからこそ「応援したい」と思ってもらえるチームでなければいけません。そのためには試合だけではなく、地域のイベントや活動にも積極的に関わっていきたいですし、選手たちにも地域との接点を大切にしてほしいですね。
小松 地域とともに歩むチームを目指しているんですね。私も地元高校出身なので実感していますが、室戸は高校野球も盛んな地域ですし、スポーツがまちを元気にする力を実感されてきたのではないでしょうか。
大西 そうですね。小松さんが出身の室戸高校がセンバツで活躍した時の地域の盛り上がりを、よく覚えています。勝利という結果だけでなく、地元のチームが頑張っていることそのものが、多くの人の元気につながっていたんですよね。スポーツにはそういう力があると思っていますし、今回の女子野球部も地域に元気を届けられる存在になれたらと思っています。
小松 実際、女子野球を見たことがない方もまだ多いと思いますが、地域の皆さんにもぜひ注目してほしいですね。
大西 はい。私自身も、女子野球のレベルの高さに驚きました。技術はもちろんですが、ひたむきに野球へ向き合う姿には人の心を動かす力があります。だからこそ、まずは気軽にグラウンドへ足を運んでいただきたいですね。地域の皆さんに、身近な存在として応援していただけるチームにしていきたいですね。
スポーツを通じて、室戸に新しい人の流れをつくる
小松 女子野球の受け皿をつくるだけでなく、地域に新しい選択肢を生み出そうとしているところに大きな意義を感じます。この取り組みの先に、どんな未来を描いていますか。
大西 野球の面では、まずしっかり結果を残したいですね。その上で、この取り組みを通じて、室戸や高知県に新しい人の流れが生まれてほしいと思っています。今回、県外から来る選手も多くなりますが、地域で暮らし、はたらき、野球に取り組む中で「このまま高知で暮らしたい」と思ってくれる人が出てくるかもしれません。そうした一人ひとりの選択が、結果として地域の活性化につながっていくのではないでしょうか。
小松 移住や定住という意味でも、大きな可能性を秘めていますね。また、高知県内の女子野球全体にも良い影響を与える取り組みになるのではないかと感じています。
大西 そうなれば本当にうれしいですね。このチームをきっかけに、女子野球に興味を持つ人が増えたり、高知県内で新しい活動が生まれたりすれば理想的です。私たちだけが頑張るのではなく、女子野球全体がさらに盛り上がっていくきっかけになれたらいいですね。
小松 本日は貴重なお話をありがとうございました。
大西 ありがとうございました。
text:川添 彩香/doda SPORTS編集部
photo:吉沢 大和
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。




















