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迷ったら「熱中できる」ほうへ。新スタジアム2万人の熱狂を生んだ、スポーツ業界未経験からの挑戦

石井 奏大さん

株式会社サンフレッチェ広島 事業プロモーション部 主任

慌ただしく過ぎる日々の中で、ふと立ち止まる瞬間がある。「このままでいいのか——」。
新卒で損害保険会社に入社し、順調にキャリアを重ねていた石井奏大さんにとって、その問いは軽いものではなかった。

自分の感情に向き合う中で気づいたのは、幼い頃から身近にあり、生活の一部とも言える「スポーツ」への思い。安定した環境を離れ、未経験からスポーツ業界へ踏み出す。それは、自分がより熱量を持って、向き合える場所を選ぶ決断だった。

転機となったSHC(スポーツヒューマンキャピタル)での学びを経て、新スタジアムの立ち上げを控えたサンフレッチェ広島に入社。一見無謀にも思われたプロジェクトの先に見た、2万人の歓声。異業界から飛び込んだ石井さんの挑戦から、スポーツビジネスのリアルと可能性をひも解く。

Index

    中学で諦めたプロへの道

    ——少年時代はサッカーに打ち込んでいたそうですね。

    サッカーは本当に身近なスポーツで、気づいたらやっていたという感覚に近いですね。幼い頃からボールを蹴っていて、小学生のときにスクールに入り、その後はJリーグクラブの下部組織で中学までプレーしていました。当時は本気でプロを目指していたので、サッカー中心の生活でした。「どうしたら試合に出られるか」「自分は何でチームに価値を出せるのか」とずっと考えていて、練習内容や振り返りを記録する“サッカーノート”も、毎日欠かさず書いていました。

    小学4年生から6年間、Jリーグクラブの下部組織でプレーしていた石井さん[写真]本人提供

     

    同世代には後々プロになった選手も多く、非常にレベルの高い環境でした。その中で身についた、試行錯誤しながら考え続け、やり切る力は、今のキャリアにも活きていると思います。

    下部組織には6年間在籍していましたが、中学のときに次のカテゴリーに上がれないことが分かったんです。それからプロサッカー選手を目指すのは諦め、“普通の社会人”として成功できる道を探すようになりました。目標を学業にシフトして、高校でもそれなりに勉強をして、東京の大学へ進みました。ただ、高校と大学でもサッカーはずっと続けていましたね。

    ——もともとは、仕事としてスポーツ業界に関わる選択肢はなかったのでしょうか?

    当時はまったく考えていませんでしたね。そういう道があることすら、頭になかったです。就活をしていた頃は、海外に関わる仕事がしたいと思って、商社や海運、金融などの会社を受けていました。その中で最初に内定をもらった、損害保険会社に入社しました。

    最初の2年間は商品開発の部署で営業のサポートを行い、3年目からは法人営業として大手の電機メーカーを担当していました。営業の頃は特に、社内のいろんな部署や保険の代理店さん、クライアントさんとその会社の海外支社の方々など、さまざまな人と関わる仕事でした。そこで、コミュニケーション力や、関係者の声を取りまとめて調整していく力を身につけられたと思います。

    ——手応えは感じられていたんですね。

    そうですね。5年目には昇格することができて、翌年には希望していた海外駐在のチャンスが巡ってくる可能性もありました。

    キャリアを見つめ直したときに、「スポーツに関わりたい」と思ったと話す[写真]三橋雅志

    「このままでいいのか」再び芽生えたスポーツへの思い

    ——順調にキャリアを歩んでいた中で、何が転職のきっかけとなったのでしょうか。

    海外駐在の可能性も見えて、自分の人生の転換点になりそうな時期に、「このままでいいのだろうか」という気持ちを抱き始めました。仕事自体に意義は感じていたものの、自分が10年、20年と同じ仕事を続けていく姿を、あまり想像できなかったんです。

    ——一度立ち止まったわけですね。

    そうですね。そこで「自分が自然と熱量を持てるものは何か」と考えると、やっぱり生活の一部になっている“スポーツ”なんじゃないかと気づきました。安定したキャリアを捨ててまで、選ぶべき道なのか悩みましたが、一度きりの人生だからこそ、挑戦してみようと決意しました。

    とはいえ、恥ずかしながら当時は、スポーツ業界の仕事について本当に何も知らなかったんです。なので、まずは知識を身につけようと思いました。そうしてスポーツビジネスについて学べる場を探す中で出会ったのが、SHC(※)でした。

    ※SHC(スポーツヒューマンキャピタル):Jリーグが設立した、スポーツクラブ経営人材を育成する実践型ビジネススクール

    ——実際に受講してどうでしたか?

    「裏側でこんなに緻密に考えている人がいるんだ」と驚きましたね。当時Jリーグクラブのテクニカルダイレクターだった方が講師を務められていて、クラブのフィロソフィーや強化方針、チームとフロントのコミュニケーション方法などについて、詳しく説明してくれました。クラブの中期経営計画を受講生が考えるワークショップもあり、ファンマーケティングや顧客とのタッチポイントの設計など、具体的なアプローチ方法も学べました。

    講義で印象的だったのは、運営側の人たちが、スタジアムの雰囲気やお客さんの感情を、ダイレクトに感じ取りながら仕事をしていることでした。私がそれまで関わっていたBtoBの仕事とは違う、スポーツビジネスならではの魅力だなと。
    また、「サッカー一つで、こんなに熱中できる大人がいるんだ」と驚かされるほどの熱量を持つ、同期の受講生の方々との出会いも、大きな刺激になりました。SHCで築けた人脈も多く、仕事を通じてSHC出身の方に出会うときも頼もしく感じます。

    新スタジアム開業を目前に控えた広島の地へ

    2024年2月に開業した『エディオンピースウイング広島』[写真]三橋雅志

    ——サンフレッチェ広島へ入社した経緯を教えてください。

    SHCでの学びや出会いを通じて、いくつかのクラブからお話をいただき、その中の一つがサンフレッチェ広島でした。
    決め手になったのは、新しいスタジアムの存在です。その立ち上げに関われるのは、一生に一度あるかないかの貴重な機会だと思いました。広島にゆかりはなかったのですが、実際に現地に行って話をしたときに、組織としての雰囲気も良くて、「ここで挑戦しよう」と決心しました。

    ——実際に働いてみて、どんなクラブだと感じますか?

    一言でいうと「にぎやか」ですかね。それと、自由度が高く、すごくチャレンジングな組織だと思います。近年は特に、新スタジアムの開業による収益の向上で、積極的な投資ができる良いサイクルが生まれています。また、もともと企業やメディア、サポーターとの距離が近くて、良い取り組みはすぐに広がり、みんなが一緒に盛り上げてくれます。広島には、地域全体でクラブをつくっているような感覚がありますね。

    「広島には地方都市ならではの、地域の人々との距離の近さがあります」(石井さん)[写真]サンフレッチェ広島提供 ©2026.S.FC

    ——現在はどんな業務を担当されているのでしょうか?

    男子チームでは、スタジアムグルメの戦略立案やプロモーションを担当し、女子チーム『サンフレッチェ広島レジーナ』では、イベント企画やブランド推進、広報物のクリエイティブ制作全般など、チーム全体のプロデュースに携わっています。そのほか、昨年はSHCのようにスポーツビジネスを実践的に学べるプログラムを立ち上げました。

    ——幅広い仕事をされているんですね。

    「やってくれる?」と頼まれたものを引き受けるうちに、どんどんと垣根がなくなっていった感じですね。若手が出した企画でも、やる価値があると判断されれば、「まずやってみよう」とみんなが背中を押してくれます。その結果、気づけばここまで増えてしまいました(笑)。

    2万人の集客を実現した『自由すぎる女王の大祭典』

    ——特に印象に残っているプロジェクトについて教えてください。

    女子チームの試合で1万人の集客を目指した取り組みです。以前の最大観客動員数は約6,300人で、目標に掲げた時点ではかなり高いハードルでした。社内でも「難しいのではないか」という声もある中で、プロジェクトのリーダーを任されました。

    クラブとしても、新スタジアムの効果を一過性で終わらせてはいけないという危機感があり、選手も含めて「女子サッカーの認知をどう広げていくか」は共通のテーマでした。目標を実現できれば、レジーナというチームにとっても大きな転換点になり得るプロジェクトであり、プレッシャーはとても大きかったです。

    『サンフレッチェ広島レジーナ』の選手と集客プロジェクトについて議論する石井さん[写真]サンフレッチェ広島提供 ©2026.S.FC

    ——大変なプロジェクトだったと想像しますが、どのように進めていったのでしょうか?

    社内外の関係者を巻き込みながら、全体をつないでいくことを意識しました。選手、監督、スポンサー、メディア、企業など本当に多くの人が関わるプロジェクトだったので、それぞれの意見を汲み取り、調整しながら進める必要がありました。

    特に重要だったのは、「レジーナとは何か」を言語化することです。当時はまだ、サンフレッチェの女子チームという認識にとどまっていて、チームとしての個性が十分に伝わっていなかったんです。そこで選手たちと議論を重ねて浮かび上がったキーワードをもとに、「自由すぎる女王」というブランドキャラクターを立ち上げました。それからは、このブランドを頼りにイベントの方向性を明確にしていきました。

    ——選手とはどのように一緒に取り組んでいったのでしょうか?

    選手は3つの委員会に分かれて、アイデア出しから実行まで主体的に関わってくれました。試合当日の演出やグルメを企画する「お祭り実行委員会」、街頭での告知やポストカード配布を行う「地域に根付く委員会」、SNS発信を担う「サポーター共同委員会」。選手たちには、ブランドキャラクターの通り、自由な発想で取り組んでもらいました。

    私たちの役割は、彼女たちのアイデアを最大限に活かせるようにサポートすること。選手たちの活動自体が魅力につながるようプロモーションも工夫し、集客に効果的につなげるための戦略を練っていきました。選手とフロントの異なる意見を取りまとめるのは大変でしたが、そこでは前職で培ったコミュニケーションや調整のスキルが活かせたと思います。

    クラブ一丸となって取り組んだ結果、2024-25 SOMPO WEリーグ第13節を舞台に開催したイベント『自由すぎる女王の大祭典』には、当時のリーグ史上最多となる2万156人の観客がスタジアムに集まりました。また、集客数だけでなく、来場者のアンケートで85パーセントの方から「また来たい」と回答いただけたのも、大きな成果でしたね。「自由すぎる女王」というブランドが定まったことで、レジーナの認知も広がり、イベント後も着実に新しいお客さんが増えています。

    石井さんが発案した「レジーナ大祭典ハッピ」。選手がデザインしたハッピは大きな話題を呼び、大祭典の名にふさわしいお祭りムードを作り上げた[写真]サンフレッチェ広島提供 ©2026.S.FC

    当時WEリーグ史上最多となる2万156人がスタジアムに集結し、2026年には2度目の開催も実現した[写真]サンフレッチェ広島提供 ©2026.S.FC

    「感情」にこそスポーツの醍醐味がある

    ——今あらためて感じるスポーツの魅力はありますか?

    満員のスタジアムに立って、チームカラー一色に染まった客席と、大声援で選手の背中を押す人々の姿を見ると、今でも気持ちが高ぶります。「この光景をつくることが、自分の仕事なんだ」と。

    スポーツの世界では、「感情」がすごく重要だと思っています。民間企業だと機能や価格のような要素が重視されることが多いですが、スポーツは勝敗や喜び、悔しさ、誇りといった感情が混ざり合って、一つの興行として成り立っている。数字だけでは測れない魅力がある一方で、それが難しさでもあると思います。

    何カ月も準備を重ねたイベントでも、本番は一瞬で終わります。それでも、その一瞬に熱狂やいろんな感情がぎゅっと詰まっている。今は、この景色をつくる責任とやりがいを、強く感じています。

    ——これから挑戦したいことはありますか?

    女子サッカーには大きなポテンシャルがあると思っています。レジーナはもちろん、WEリーグや女子サッカー全体を、広島からもっと盛り上げていきたいです。今後も自分が熱量を持って向き合える場所に飛び込んでいきます。進んだ道を、自分の手で正解にしていくつもりで働いていきたいですね。

    ——最後に、スポーツ業界で働きたい方へメッセージをお願いします。

    スポーツが好きという気持ちは大事ですが、それだけではなく、自分がどんな価値を生み出せるかを考えることが大切だと思います。ぜひスポーツの現場に足を運んでみて欲しいです。そして試合を観戦しながらも、「自分ならどこを改善するか」と考えてみてください。お客さんの会話や表情、運営スタッフの動き、会場が一斉に盛り上がるタイミング……現場を観察していれば、人を熱狂させるためのヒントがきっと見つかります。

    「これからも自分が熱量を持って向き合える場所に、飛び込んでいくつもりです」[写真]三橋雅志

    interview & text:川端優斗/dodaSPORTS編集部
    photo:三橋雅志

    ※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。

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