『バファローズ☆ポンタ』はどんなときも全力でオリックス・バファローズを応援します│パ・リーグ球団 仕事図鑑2026 – BEYOND THE SPONSORSHIP
オリックス野球クラブ株式会社 × 株式会社ロイヤリティマーケティング
球団×スポンサー企業 プロジェクト担当者 特別対談
プロ野球に欠かすことのできないスポンサー企業。最近では、企業ロゴの掲出にとどまらない、球団とスポンサー企業双方の共通の思いをカタチにした取り組みが増えているという。その舞台裏を担当者に聞いた。
Index
「2つの力が合わさることでさらに世の中への影響が大きくなる」
中尾 智哉(なかお・ともや)さん
オリックス野球クラブ株式会社
営業部
オリックス野球クラブ株式会社の中尾 智哉さんは、営業部に所属。身近な事例として、球場内やユニフォームなどで目にする企業ロゴは、営業担当が獲得したスポンサーです。企業にどのように「プロ野球」を活用いただけるかを提案営業するのが仕事です。看板だけでなく、冠協賛試合やシーズンシートなども販売します。球場内の企業広告やブース出展、キャンペーンを行ったりしているのはスポンサーアクティベーションの一例です。
「『バファローズ☆ポンタ』はどんなときも全力でオリックス・バファローズを応援します」
柴田 豪(しばた・ごう)さん
株式会社ロイヤリティマーケティング
ブランディング&プロモーション企画部
株式会社ロイヤリティマーケティングは、会員数1億人超の共通ポイントサービス「Ponta」で集積した多量なデータを活用し、無駄のない消費社会を目指すテクノロジーカンパニーです。ロイヤリティ事業では、共通ポイント領域とコンシューマーサービス領域の2つを展開し、Ponta会員に向けて日常生活における多様なサービスを提供しています。マーケティング事業では、企業に対して、ロイヤリティ事業で培われた1億人超の会員基盤とデータを強みにマーケティング支援を行っています。
——まずは自己紹介をお願いします。
中尾 オリックス野球クラブ株式会社の中尾 智哉と申します。私は大学卒業後にオリックス自動車に入り、8年間自動車のリースの営業をやっていました。2024年3月にグループ会社である球団に出向してオリックス・バファローズの営業に携わっています。
柴田 株式会社ロイヤリティマーケティングの柴田 豪です。私はブランディング&プロモーション企画部に所属しています。弊社が2016年シーズンにオリックス・バファローズのスポンサードを開始した当初より、本取り組みを担当しています。
中尾 私は「バファローズ☆ポンタ」に携わってまだ2年ですが、柴田さんはもう10年経つわけですもんね。
柴田 気づいたらもうそんなに経っていてびっくりです。
——具体的に「バファローズ☆ポンタ」はどんな活動をしていますか?
柴田 主にX(旧Twitter)でオリックス・バファローズを応援する投稿を全試合行っています。試合中や試合後にイラストを中心にさまざまな投稿をしています。
中尾 「バファローズ☆ポンタ」の投稿がすごいのは、ファンの気持ちを汲み取っていることだと思います。私自身、球団ではたらく前から「バファローズ☆ポンタ」の投稿を毎試合楽しみにしていました。
——中尾さんはもともとバファローズファンだったんですか?
中尾 そうなんです。私は地元が甲子園でして、周囲は熱狂的な阪神タイガースファンばかりだったんですね。そういう中、バファローズの雰囲気に惹かれて子どものころからファンでした。今、「バファローズ☆ポンタ」の担当になれて光栄です。
——2016年、ロイヤリティマーケティングがバファローズのスポンサーになり、「Ponta」のロゴが選手・監督・コーチが着用するキャップに入りました(現在はユニフォームのパンツにロゴを掲出)。最初からSNSに力を入れる予定でしたか?
柴田 最初はそうでもなかったんです。2016年のスポンサー開始に向けて、2015年11月のバファローズのファン感謝イベントで「Ponta」のロゴが入ったキャップを披露させていただきました。でも、それまでバファローズのユニフォームは洗練されたカッコいいイメージが強かった。突然「Ponta」のイラストがキャップに載って、一部のファンの方たちの間にザワザワした反応が起こりました。そういう空気を払拭するために「『Ponta』がバファローズを心から応援しているんだ! という気持ちを発信しよう!」となり、SNSに注力することになったんです。
中尾 そんな経緯があったとは知りませんでした(笑)。今ロイヤリティマーケティングさんはファンの気持ちを敏感に感じ取っている印象があります。スポンサー開始時からすでに実行していたんですね。
柴田 ただし、スポーツ領域でのSNSのノウハウはありませんでした。「Ponta」のサービスの発信はしていましたが、スポーツを絡めてキャラクターを全面に出すコミュニケーションは「バファローズ☆ポンタ」が初めてだったので。まずはチームづくりから始めて、体制を整えました。「こんなポーズや構図でいこう」とみんなでディスカッションしながら決めていっていました。手探りの運用でした。
中尾 球団職員はチームの遠征時は基本的に週末が休みになりますが、柴田さんたちはホームとビジターに関係なく全試合リアルタイム観戦ですもんね。
柴田 気持ちはほぼ選手です(笑)。プレーするわけではないのでおこがましいですが、毎年3月になると「いよいよ始まるな」という感じで気持ちが高まってくるんですよ。試合の投稿で大事にしているのは瞬発力。時には試合展開に応じてイラストを手直しすることもあります。山本 由伸選手(※1)がノーヒットノーランを達成したときには特別なイラストを急ピッチで完成させました。毎試合何が起こるんだろうとドキドキしながら取り組んでいます。
中尾 「バファローズ☆ポンタ」が話題になるのは、勝ったときは喜び、負けたときは落ち込み、どんなときも全力で感情を表現するからだと思います。いつしか「バファローズ☆ポンタ」の負けたときの「んほー!!」という叫び声が、多くの野球ファンに親しまれるようになりました。
負けたときこそが勝負
——「バファローズ☆ポンタ」が誕生した当初、バファローズは2016年から6位、4位、4位、6位、6位と成績が振るいませんでした。どんな気持ちで見ていましたか?
柴田 初年度の2016年、バファローズはなかなか厳しいシーズンとなり、「バファローズ☆ポンタ」が疫病神のように言われることもありました。でもポジティブな感情だけでなく、ネガティブな感情も生まれるのがスポーツの本質だと知っていましたし、負けたときにはクスっと笑えて次に気持ちを切り替えられる、そんな投稿を特に意識していました。その結果、「バファローズ☆ポンタ」はファンに受け入れられ、なくてはならない仲間になりました。
中尾 苦しい時期があったからこそ、2021年にバファローズが25年ぶりにリーグ優勝したときはすごい盛り上がりでしたよね。10月27日、バファローズは試合がなかったんですが、楽天イーグルスが千葉ロッテに勝利してバファローズの優勝が決まりました。
柴田 オフィスでみんなが集まって、試合を見ていました。目だけでなく鼻からも涙を流す「バファローズ☆ポンタ」のイラストを用意し、優勝が決まった瞬間、みんなでカウントダウンして投稿しました。あの瞬間は忘れられません。
中尾 私は当時オリックス自動車で営業を担当していました。バファローズを運営するオリックスグループの会社なので、普段は野球にあまり興味のない社員も喜んでいました。取引先の方たちからも祝福してもらえました。
——そこからバファローズに黄金期が到来します。2021年からパ・リーグを三連覇し、2022年は日本一になりました。
柴田 私たちのスタンスは特段変わらなかったのですが、大きく変わったのは他球団のファンの方たちの反応です。バファローズがなかなか負けなくなり、「落ち込む『バファローズ☆ポンタ』をもっと見たい」という声が届くようになったんです(笑)。
中尾 2021年に11連勝したときは特にそうでしたよね。「んほー!!」を懐かしむ反応がたくさんありました。
——SNSには炎上がつきものです。「バファローズ☆ポンタ」の投稿でも危険球などで誤解を招き、批判が集まったことがありました。炎上にはどう対処していますか?
柴田 心がけているのは、真摯に対応することです。悪気があって投稿しているわけではないのですが、違う捉え方をされてしまうこともあります。そういうときはうそをつかず、「そういう意図ではありませんでした。申し訳ありません」と誠意を込めて謝るようにしています。
中尾 私たちが気づいたときにはたいていすでに謝られていて、素早く対応していただいている印象です。もちろん一定のレギュレーションはありますが、球団側からこうしてほしいと注文を出したことはありません。
柴田 ありがたいことに、すごく信頼していただいています。両社の気持ちを分かった上で、運営できていると思います。
ファンの力でイベントが復活
——Xで日常的に活動するだけでなく、球場では定期的に「バファローズ☆ポンタDAY」を開催していますね。2025年は4回開催しました。
中尾 「バファローズ☆ポンタDAY」の最大の特徴は、「バファローズ☆ポンタ」が球場に駆けつけることです。キャラクターに実際に会える貴重な日になっています。当日に定番になっているのが、「バファローズ☆ポンタ」の特別始球式。毎回、ほっこりした時間が流れます。
柴田 「バファローズ☆ポンタ」が始球式で投げようとして、投げられないという寸劇が行われるんですよね。
中尾 試合前に球場の外で「バファローズ☆ポンタ」に会えるグリーティングの機会も設けられ、それも大人気です。
柴田 うれしいことに、「バファローズ☆ポンタDAY」の試合ではいつも以上に「バファローズ☆ポンタ」のグッズを持っている方が多い印象です。「バファローズ☆ポンタ」グッズを持ったファン同士で記念撮影をしたり、小さなオフ会を開いたり。それを見ているだけで癒されます(笑)。
中尾 「バファローズ☆ポンタ」ファンの方たちの一体感はすごいですよね。2026年シーズンはおかげさまで、「バファローズ☆ポンタ」のイニング間の人気イベントを復活できました。京セラドーム大阪で行われるバファローズの全主催試合で行っていく予定です。
柴田 どんなイベントかというと、5回裏が終わったタイミングで「みんなで『バファローズ☆ポンタ』のグッズを掲げる」というものです。2024年シーズンまで実施していたんですが、2025年シーズンは実施できなかったんです。ただ、アンケートをとったところ「イニング間のイベントがなくなってめちゃくちゃ寂しい」という意見が多数届き、これは復活させねばと思いました。クラウドファンディングを実施して資金を募り、皆さまのおかげで2026年シーズンに復活することができました。
中尾 ロイヤリティマーケティングさんと一緒に、すごく準備に力を入れた企画なので、どんどん盛り上げていきたいです。
——この仕事をしていてどんなときに喜びを感じますか?
中尾 2025年の「バファローズ☆ポンタDAY」でのある試合でバファローズは負けてしまったんですね。でも帰りの電車で「バファローズ☆ポンタ」グッズを持った方が「今日は負けたけどすごく楽しかったね」と話していたんです。「バファローズ☆ポンタ」を通じてこれだけ喜んでくれているんだと分かり、すごくうれしかったです。
柴田 「バファローズ☆ポンタ」も誕生から10年が経ちました。応援投稿は1,300試合を超えました。
中尾 すごい試合数になりましたね。
柴田 常に新しいアイデアを生み出し続けるプレッシャーはあります(笑)。弊社はマーケティング会社ということもあり、データや分析を扱うメンバーが多い環境です。その中で、私たちは発想や表現で価値をつくる役割を担っています。外から見ると楽しそうに見えるかもしれませんが、裏側では試行錯誤の連続です。だからこそ、ファンの方からメッセージをいただいたり、球場で楽しそうに応援している姿を見たりすると、本当にうれしく感じます。
——野球×キャラクターというコラボレーションによってどんな価値が生まれていますか?
柴田 本来のサービス領域だけでは届きにくい層にも、野球というコンテンツを通じて接点を広げられていると感じています。野球をきっかけにキャラクターを知っていただき、それが結果としてポイントサービスの認知向上にもつながっています。
中尾 2つの力が合わさることで、さらに世の中への影響が大きくなっているように感じます。世の中に影響を与えられる仕事はなかなかできないので、「バファローズ☆ポンタ」の活動はすごくやりがいがあります。バファローズは2021年からのパ・リーグ3連覇によって人気が高まっており、直近は2年連続で主催公式戦の観客数が200万人を突破しました。これからもバファローズと「バファローズ☆ポンタ」の魅力をさらに多くの人に知っていただくために頑張っていきたいです。
(※1)山本 由伸(やまもと・よしのぶ):1998年8月17日、岡山県出身。ロサンゼルス・ドジャースの右腕。オリックス・バファローズで投手三冠を3度達成。2025年には日本人で初めてワールドシリーズ完投勝利を成し遂げた。
「バファローズ☆ポンタ」が広げる野球の価値
共通ポイントサービス「Ponta」を運営する株式会社ロイヤリティマーケティングは2016年からオリックス・バファローズのスポンサーを務め、2017年からユニフォームパンツに「Ponta」のロゴを掲出している。応援企画として、キャラクター「バファローズ☆ポンタ」が球場内外で活動している。試合日に多くのファンが楽しみにしているのがXへの投稿だ。「バファローズ☆ポンタ」が喜怒哀楽を表現し、2021年にバファローズが25年ぶりにリーグ優勝した際には、目だけでなく鼻からも涙を流すイラストを投稿して話題になった。野球の価値と魅力をより多くの人に広げている。
「バファローズ☆ポンタ」はX(旧Twitter)の公式アカウントで日々情報を発信している。試合に負けたときの「んほー!!」という叫び声は、多くの野球ファンに親しまれている。
オリックス・バファローズの本拠地・京セラドーム大阪で、定期的に「バファローズ☆ポンタDAY」を開催している。2024年は2回、2025年は4回開催した。球場の外で「バファローズ☆ポンタ」に会えるグリーティングの機会が設けられ、試合前に「バファローズ☆ポンタ」による特別始球式が行われる。
interview & text:木崎伸也
photo:松本昇大
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。









