女子サッカーの未来は、社会の未来。川澄奈穂美が“いま”走り続ける理由
川澄 奈穂美さん
女子プロサッカー選手/アルビレックス新潟レディース所属/日本サッカー協会理事
2024年、現役の女子プロサッカー選手として初めて日本サッカー協会の理事に就任した川澄奈穂美さん。午前中はピッチでハードな練習をこなし、午後は月に1回理事会メンバーと熱心に議論を交わす——。もう1年半近く、そんな“二刀流”の日々を送っている。
環境や立場が変わっても、なお走り続ける原動力。そこには、女子サッカーの未来、そして社会に対するまっすぐな思いがあった。
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現役選手と理事 “二刀流” 生活のリアル
平日の午前中は、自主トレやチーム練習で汗を流す。この日も2時間の練習を終えた直後に、取材に応じてくれた[写真提供]アルビレックス新潟レディース
———JFAの理事に就任されて1年半が経ちました。
もうそんなに経ったんだ、という感じです。月に1回オンラインで理事会に参加しているのですが、1カ月って意外に早く過ぎて。「もう理事会の日か」みたいな(笑)。理事としての任期は2年なので、参加するのも残り5回くらい。そう思うと、すごくあっという間だなと。
———現役生活との両立は大変そうです。普段はどんな1日を過ごしているのですか?
朝は5時半ごろに起きて、7時半にはクラブハウスに着いて、練習の準備やストレッチを始めます。だいたい9時~11時がチームのトレーニング。練習が終わったら、クラブが用意してくれるお昼ご飯を食べて。午後からは、今日みたいに取材を受けたり、理事会に参加したり。理事会は2~3時間あって、事前に送られてきた資料を読み込んでから臨みます。17時頃になったら、帰りにスーパーで買ってきた食材で夕飯の支度を始めて……だいたいそんな感じですね。
———理事になってから、チームメートの反応も大きかったのでは?
いえ、みんなまったく興味ないです(笑)。「どんな話してるの」「どんな感じなの」とかも、一切ない(笑)。
———ええ、そうなのですか! さすがに、盟友として知られる上尾野辺めぐみ選手は……?
一番興味ないです(笑)。「なんか忙しそうにしているな」とはみんな思っているでしょうけど、理事が実際どういうことをするのかは、あんまりわかってないと思います。自分自身もそうでしたし。逆に中学校のときの先生などから「理事になったんだって!」と連絡がきたりして。上の世代からの反応は想像の何倍もありましたが、周りの選手からの反応や自分としての景色は、ほとんど何も変わらないです。
2011年女子W杯優勝のチームメートであり、小学生から同じチームでプレーした盟友でもある上尾野辺めぐみ選手(右)。盟友からのラブコールがアルビレックス新潟レディース移籍への決め手になったという[写真提供]アルビレックス新潟レディース
現場の声、女性の声を届ける意味
———JFAからすると“現場を知る選手”として期待される部分も大きいのでは?
WEリーグが理事会のトピックスに挙がったときは「現状はこうです」というのは、はっきりと伝えています。現場の声を届けられるのはありがたいですね。ときには選手として耳が痛い意見も飛び交うのですが、逆に忖度がなくて、健康的な議論の場だなと感じています。
WEリーグ、選手会、JFAなどの関係者が集い、日本女子サッカーの未来を語る「WE DIALOG」の会議風景。サッカー界にとって“女性活躍”は主要テーマのひとつ[写真提供]JPFA
———JFAはサッカー界の女性活躍推進にも注力しています。実際に理事会に携わってみて、女性が参加することの変化や必要性を感じますか?
すごく感じますね。JFAは、スポーツ庁が策定した「女性役員比率40%以上」という努力目標をしっかり守っていて、15人の理事のうち半分が女性なんです。もしこれが1〜2名だったら、意見を言いにくい場面が正直あると思います。これだけ女性がいると、「そうだよね」って深く共感できたり、「確かに」と逆に気づかされたり、「これも話していいんだ」と勇気づけられたり。女性特有の視点や気づきは絶対にあると思うので。
———女子サッカーの歩みは、女性の社会進出と重ねて語られることも多いと思います。
サッカーって社会の縮図だなって、ずっと感じていて。最近は海外の女子チームやリーグが、男子の基準に追いついてきています。総収入で見るとまだ差はありますが、2027年の女子W杯からは男子の賞金と同水準を目指すというFIFAからの発表もありました。そうした世界の流れに対して、日本はまだ波に乗りきれていない。「女性役員比率40%」というのも、形だけに見える部分はあるかもしれないけど、それでも意識は少しずつ変わっていくと思うんです。そういう動きをサッカー界が率先していければいいなと。
地元小学校での特別授業など、子どもたちへのスポーツ教育やクラブの普及活動にも積極的に取り組んでいる[写真提供]アルビレックス新潟レディース
「女子サッカーは男子の劣化版」?
———川澄さんご自身は、今の女子サッカーの状況をどのように見ていますか?
バレーボールやフィギュアスケートも男子と女子があって、同じくらい人気がありますよね。バレーボールは女子のほうがネットが低くて、男子ほどのパワーが出にくい分、ラリーの攻防が面白い。フィギュアスケートも、男子のダイナミックさとは違って、女子特有の華やかさがある、とか。でも、女子サッカーって「男子と比べてつまらない」って言われがちじゃないですか。スピードがない、パワーがない、って。
———言われてみれば、確かにサッカーは男子のフィジカル基準で語られやすいかもしれません。
女子サッカーも、女子ならではの巧みさや、いい意味での粗さがあると思っていて。「男子も女子も両方見よう」っていう風潮をつくっていきたいです。私が子どもの頃は「女の子なのにサッカー?」とよく言われましたが、ワールドカップ優勝後は「女子サッカー? なでしこだね!」に変わりました。そうやってトップのカテゴリーが結果を出して魅力的になっていくことが、未来の女子サッカーのためにもなるということは、現役の選手たちも心に留めておくべきだと感じています。
———トップ選手の意識の持ち方も大事だと。
今の選手たちの半数は「なでしこリーグがWEリーグになります。だから、あなたたちは明日からプロ選手ですよ」って突然プロになった世代なんです。だから「プロとは何か」というのを、自分たちの手で築いていかないといけない。その土台が整って初めて、5年後、10年後、次の世代が「プロの世界」に憧れを抱いて来てくれる。そして夢を叶えた子たちがまた次の女子サッカー界をつくっていく。そんな循環が理想ですね。
———いち早く国内外でプロとして戦ってきた川澄さんだからこそ、その思いは強いのでは。
2014年に初めてアメリカに渡ったとき、スタッフの数や選手の待遇の違いに衝撃を受けました。「これが世界のプロなのか」と。自分たちの勝ち負けが、サポーターも含めて、たくさんの人に影響を与える。自分のためにサッカーやるのはプロじゃないんだよ、という覚悟は後輩たちに示していきたいです。
川澄さんにとって、ファンとの交流は“プロであること”を改めて実感する大切な時間。2009年から欠かさず更新しているブログに加え、SNSでも盛んに情報発信を続けている[写真提供]アルビレックス新潟レディース
プロの生き方は一つじゃない
———日本では「プロ=すべてを犠牲にして打ち込む」というイメージが強い気がします。そのストイックな価値観が、スポーツ界での女性のキャリアの壁になっている側面もありそうです。
そういうイメージはあるかもしれませんね。ただサッカーに全力で打ち込むことと、自分自身の人生を大切にすることは、両立できるんだというのをアメリカリーグの経験から実感しました。加入したばかりの頃、チームメートに子どもが2人いる選手がいて、もうそれだけで衝撃で。練習場にシッターさんがいたり、ロッカールームに子どもが入ってきたり(笑)。遠征にも家族を連れていくんです。
———海外では、それが当たり前の風景なのですね。
自分が在籍していたときですら、選手会とリーグとの取り決めで、産休時は100%給与が保証されていましたしね。今年もアメリカのリーグでは妊娠を発表した選手や出産した選手が5~6人はいました。周囲も「おめでとう!」というムードなんです。休んでも絶対戻ってこられるっていう安心感が圧倒的に違う。いま日本の女子サッカーでも産休から復帰した選手がちらほら出てきていますが、やはり数としての差は歴然で、社会や制度の違いを反映していると感じます。
———それはスポーツ界だけでなく、日本社会の課題と言えそうですね。
もちろん、スポーツ選手である以上、出産という選択で犠牲にするものは少なからずあるはずです。それでも、その選択を尊重して、できる限り仕事と両立できる環境と雰囲気をみんなでつくっていくことが大事なのではないでしょうか。
「サッカーが好き、というより、一番自分らしくいられるのが私にとってはサッカーだったんだと思います」仲間と助け合いながら、走り続けるのが“川澄奈穂美らしさ”と語る[写真]山内優輝
———川澄さんと同世代の女性たちも、ちょうどキャリアの分岐点に立つ時期だと思います。ご自身は今どんな気持ちで日々を過ごしていますか?
それでいうと、10代とか20代のときのほうが、よっぽど未来のことを考えていたと思います(笑)。今のほうが1日1日を必死で生きている感じですね。1年後なんて自分がサッカーをしているかもわからないですし。でも、年齢を重ねるほど難しいことも増えるけど、それすらも楽しいというか。常に直感とワクワクする方を選んできた人生なので。
———「人生の判断を間違ったことはない」という言葉を、川澄さんはよく口にされています。
選択を間違えたことがないんじゃなくて、選択したことを正解にしていっている、っていうほうが正しいのかな。周りの人には「あれ失敗だろう」って見えているかもしれないけど(笑)、自分の中ではそう思ってないので。自分で決めて動いたことに対しては、後悔はしないんです。
PROFILE
川澄 奈穂美(かわすみ・なほみ)さん
2011年FIFA女子ワールドカップ優勝メンバー。日本体育大学からINAC神戸レオネッサに加入。ストライカーとして 2011年~2013年のなでしこリーグ3連覇に貢献。日本代表としてはW杯、ロンドンオリンピックに出場し、チームとして 国民栄誉賞を受賞。2014年より女子サッカーの本場、アメリカのナショナル・ウーマンズ・サッカーリーグ(NWSL)に活躍の場を移し、 2023年7月までニュージャージー州ハリソン市を本拠地とする「NJ/NY Gotham FC」に所属。2023年8月からは「アルビレックス新潟レディース」に移籍。2024年に現役の女子サッカー選手としては初めて日本サッカー協会(JFA)理事に就任。
interview & text:大迫龍平/dodaSPORTS編集部
photo : 山内優輝
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










