組織づくりの面白さを感じながら未来のBリーグ創りをサポートしていく
中根 弓佳さん
サイボウズ株式会社 執行役員 人事本部長兼法務統制本部長/Bリーグ理事
サイボウズにて10年以上にわたり、人事・組織づくりの領域で一線級の活躍をしてきた中根さん。その実力を認められ、2019年からBリーグで外部理事を務めるように。スポーツ業界のバックグラウンドがなかった中根さんがどのような形で活躍しているのか。そして、組織づくりに深い知見を持つ中根さんの目に、今のスポーツ業界はどのように映っているのだろうか。彼女の価値観に触れながら紐解いていきたい。
Index
キャリアチェンジが、組織づくりの大切さを知るきっかけに
———まずは、サイボウズ株式会社でのご経歴を教えてください。
私が入社したのは2001年です。現在はクラウド型業務用アプリケーション「kintone(キントーン)」のヒットなどを経て、従業員数1000名を超える大所帯となりましたが、入社当時は50名ほどのベンチャー企業でした。社員は少なくても、全員が本気で「ITで世界を豊かにしたい」と思っている組織風土に心を動かされ、入社を決めました。
その後、10年ほど知財法務部門に在籍し、知財管理、M&A、事業法務、機関法務など、事業発展のための基盤づくりとなる業務を手がけました。二人目の子どもを出産して復職した際に声がかかり、2010年から人事・経理業務を担当することになりました。2014年には事業支援本部長に就任し、会社の経営管理部門全般に関わるように。現在は執行役員として、人事本部長と法務統制本部長を兼任しています。
———法務から人事、そして組織づくりへと活躍のフィールドを広げていったのですね。
私にとっても驚きの挑戦でした。法務と人事の性質は大きく異なりますから。法務は法律をロジカルに使うことで一定の正しい答えを導いていく仕事ですが、人事は組織や人によって変わるため正しい答えがなく、大勢の意見を聞きながら最適解を探っていくような仕事です。正直「大変そうだ」と思って、一度はお断りしたぐらいです。
転機が訪れたのは、復職後しばらく経ってからのこと。復職後に利用していた短時間勤務の働き方では、成果に見合った評価を受けられる制度がなかったんです。そこで、経営陣に「勤務形態にかかわらず、成果を反映した評価制度を整えてほしい」と提案したら、すんなり理解を得られました。
制度が変わってしばらくして、自分の仕事に対するモチベーションがすごく上がっていることに気づいたんです。制度ひとつが変わるだけで、こんなに意識が変わるんだ! と驚きましたね。今まではどこか他人事だった労働環境整備を“自分ゴト”として捉えたとき、人事の仕事に興味が湧いてきました。
さらに当時のサイボウズは、事業規模は拡大しているものの、離職もあり、採用やリテンションが難しい状態でした。経営陣も大きな覚悟をして組織改革を始めており、私自身も「このままではだめだ。いい仲間を集めるためには人事制度を整えていく必要性がある」と強く感じ、人事という仕事に挑戦することにしました。
———今までとは違う「答えがない」業務に挑戦してみて、いかがでしたか。
いざ取り組んでみると、これがとても面白くて! この組織にとっての最適解を出すためには、どんな工夫をすればいいだろうか——と問いかけ、考え、実行し、唯一無二のチームの形を探っていく。そのプロセスにどんどん魅力を感じるようになりました。
最初は人事への異動を断ったという中根さん。しかしいざ挑戦してみると、奥深さに引き込まれていったという[写真]渡邉彰太
スポーツ業界は、想像よりもずっとビジネスに近かった
———Bリーグの理事に着任した経緯と、当時の思いを教えてください。
前任の理事を務めていた方から声をかけていただきました。その方は人事のコミュニティで知り合い、懇意にさせていただいていました。「組織づくりは、型に当てはめるのではなく、そのチームにフィットした形を追求していくべきだ」という考え方も似ており、尊敬している方でしたので、ぜひお受けしたいと思いました。2019年から外部理事に着任し、現在6年目に入りました。
お話をいただいたときの率直な感想は「ワクワク」でした。Bリーグは複雑な経緯と苦労の末に2015年設立されました。私が就任させていただいた当時は設立4年目とまだ歴史が浅く、これからリーグの在り方を考えていくフェーズにありました。これはまさにベンチャー企業における第二成長フェーズであり、私が経験してきたサイボウズの状況と似ていると感じたのです。であれば、私は貢献できるかもしれない。「バスケットボール界において大切にしたい世界観を踏まえた組織づくりをすすめる」という過程に関われること自体も、非常に魅力的だと感じました。
———スポーツ業界やバスケットボールのバックグラウンドをお持ちでないことから、不安に感じた点もあったのではないでしょうか。
確かに、バスケットボールの競技知識がない私が果たして貢献できるだろうか、という不安はありました。ですので、理事をお引き受けする前に、当時のチェアマンであった大河正明さんと直接お会いし、その場で不安を率直に伝えたんです。すると、返ってきたのは「むしろ業界を知らないのは強みです」という言葉でした。さらに「働き方や人材定着といった点に課題を抱えているから、ぜひ力になってほしい」と、今まで培ってきたビジネス経験そのものが必要だと伝えていただけました。おかげで、役に立てることがありそうだ、と安心感を持ってジョインできました。
———企業勤めが長い中根さんの目に、スポーツ業界はどのように映りましたか。
思っていたよりもずっと“ビジネス”な場所です。Bリーグは公益社団法人ですので、「会社とまったく同じ」とは言い切れません。ですが、仕事の進め方や組織のつくり方——例えば、各々が自分の得意分野を活かして事業を進める、一過性ではなく中長期の成長を見据えた経営、チーム運営をする、などは同じです。 Bリーグで言えば、理事会はオンライン開催で効率的ですし、資料もとてもロジカルで分かりやすいです。スタッフの皆さんは本当に優秀です。「ビジネスを経験してきた人材が、スポーツ業界に業務効率化を持ち込んでいる」、そのような流れを感じますね。
「コンサル、金融、広告など、多種多様なバックグラウンドを持った方がBリーグに集まっています」[写真]渡邉彰太
求められる役割を果たしながら、リーグのこれからを考える
———Bリーグの外部理事として、どのような活動をされていますか。
定期的に開催される理事会に出席し、議論や意思決定を行います。また、Bリーグの組織づくりを担う方々と、課題やこれからの方針について話し合ったりもしますね。
———理事会で意見を出すにあたり、心がけていることを教えてください。
プロセスに思考の漏れがないか、という観点で物事を見ることです。私は社外理事であり直接執行を行うわけではありません。一方、普段はサイボウズで執行側に立っていることもあり、意思決定の過程では思い込みが強くなったり、視野が狭くなったり、盲目的になったりしてしまうことがあることを経験します。Bリーグはステークホルダーが実に多様なため、あらゆる視点から物事を見なければいけません。「どのような意見を聞いてこの案にたどり着いたのか、その意見に対してどう考えたのか、他の選択肢はあったのか、当初の目的は達成できるのか」といった意見を投げかけ、プロセスを確認するのが、外部理事としての役割のひとつだと思っています。
事業分野の具体的内容については担当者や執行側の方が誰よりもその事業について考え抜いているはずなので、リスペクトする気持ちを持ちつつ、責任をもって確認するようにしています。
———理事として活動するにあたり、モチベーションになっているものはなんですか。
私は「各々の役割は違っても、同じ景色を見るために進んでいる」という状態の組織に魅力を感じます。Bリーグは成長余地が大きく、これからもあらゆる課題に対応し変化していくでしょう。その「変化する組織」の一員となり、リーグの皆さんと一緒に未来のBリーグをつくるサポートができる、この状態そのものがモチベーションになっています。
———変化の真っただ中にある分、「組織の形」の正解を見つけるのが難しそうですね。
そうですね。ただ一つ言えるのは、「変わらないこと」が最も失敗するだろうということです。Bリーグは、チケットやグッズの販売といったファン向けの活動、アプリやSNSを活用したデジタルマーケティング、さらに地域活性化やスポーツ振興など、さまざまな分野で多様な関係者とつながる組織です。これらの多様なステークホルダーとの関係を考慮し、常にバランスを取りながら成長し続け、魅力ある世界をつくっていく必要があります。今後、果たしてどのような仕組みづくりが必要なのか。挑戦が多い組織であり、私自身の学びや気づきも非常に大きいです。
「Bリーグは変化し成長し続ける組織。ステークホルダーと協力しながら未来を創造する魅力がある」と話した[写真]Getty Images
業界をサステナブルにし、スポーツという文化を守りたい
———スポーツ業界に関わって、どのような気づきを得ましたか。
スポーツはかけがえのない文化である、ということです。私が理事に就任した直後にコロナショックがあり、無観客、もしくは観客数制限をかけた状態での試合を余儀なくされました。当時は見えないトンネルを走っているような苦しさがあり、執行メンバーはもちろん、私も苦しかったです。ですが、その期間があったからこそ、スポーツの必要性や魅力を再確認できたと思っています。例えば、ワクワク感、生きる活力、仲間と共感できる喜びなど。それらの価値は何物にも代えがたく、改めてその価値を実感しました。この文化を守っていくために、スポーツ業界をサステナブルな状態にしていきたいですね。
———スポーツ業界をサステナブルな状態にするためは、どのような変化が求められるでしょうか。
タスクを分散するワークシェアリングの工夫やテクノロジーの活用など、業界を支える人たちがもっと働きやすい環境をつくることができると考えています。プロスポーツ競技が行われる時間帯は平日の夜や土日が主。この時間は家族団らんの時間とされていることが多く、「スポーツに関わりたいのにプライベートとの両立が困難」というケースもあると聞きます。トップレベルのアスリート対応になれば、仕事とプライベートの切れ目がほぼなく、終業時間という概念がない場合もあるでしょう。ただこれも長く続くことで支える側には負担が生じてしまいます。この需要・供給のバランス問題を解決する可能性を秘めているのが、ワークシェアリングやテクノロジーの活用だと考えます。
ワークシェアリングが上手くいけば、労働時間削減だけでなく、新たな雇用が創出されるというメリットもあります。テクノロジーの活用によってより効率的に業務が進めば創造的な業務、人材育成や新たな魅力創出の時間も確保できます。それらはスポーツ業界全体のマネタイズに繋がり、スポーツに携わる人たちの報酬の向上にもつながり、このすばらしい文化をさらに発展させていけるはず。それこそがサステナブルな状態であり、そんな世界を日本全体でつくられていけるといいなと思います。
Profile
中根 弓佳(なかね・ゆみか)さん
慶応義塾大学法学部法律学科卒業。大手エネルギー会社を経て、2001年にサイボウズ株式会社に入社。知財法務部門にて知財管理、M&A、事業法務、機関法務などに約10年間携わったのち、人事・経理を担当。その後、企業の経営管理全般を担当し、2019年には執行役員に。同年、知人の勧めでBリーグの外部理事に就任。より良い組織づくりに向けてのサポート・アドバイスを行っている。現在は3期6年目となる。
interview & text:中居加奈/dodaSPORTS編集部
photo:渡邉彰太
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










