最後は「自分らしさ」という“本質”。WEリーグ理事・海堀あゆみが見る、女性活躍と女子サッカーの未来
海堀 あゆみさん
WEリーグ理事/元サッカー女子日本代表
2024年に設立4年目のシーズンを迎えた女子プロサッカーリーグ『WEリーグ』。現在同リーグの理事を務めるのは、サッカー日本女子代表として日本を初めてのワールドカップ優勝に導いた海堀あゆみさんだ。
2011年のワールドカップ開催当時、先の見えない不安に覆われていた日本。“スポーツの力”で燦然(さんぜん)とした光を届けた彼女が、「日本女子サッカーをさらに盛り上げる」というミッションにこれからどう向き合っていくのか。そして、“女性理事”にかけられる期待を受けて思う、「自分らしさ」とは。率直な思いを聞いた。
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2011年ワールドカップドイツ大会決勝ではPKを2本ストップし、プレーヤー・オブ・ザ・マッチに選出され優勝の立役者となった[写真] Kevin C. Cox - FIFA/Getty Images
「女の子がサッカーなんて」の時代から
———24年9月に理事就任。まずは現在までの率直な感想をお願いします。
「日本女子サッカーをもっともっと盛り上げたい」。その思いでWEリーグには2021年開幕前から関わっていました。今回理事になり、意思決定の責任が大きくなったことや見られる立場の変化は感じています。でも思いは今も同じなので、当然これまでだって何も決断せずに来たわけではありません。女子サッカーの未来を考え、行動を積み重ねてきた延長に今があると感じています。
———「日本女子サッカーを盛り上げたい」。目指している将来像はどのようなものでしょう。
まずは、“女の子がサッカーを続けられる環境が当たり前に存在する未来”ですね。その先に、“女の子の将来の夢にWEリーガー(プロサッカー選手)になりたい”と言う子が増え、女の子が当たり前にサッカーをし、その姿を周りの人たちが応援しているような世界を目指したいです。私が子どものころは周りに女の子だけのクラブはなく、男の子と混じってサッカーをしていました。仲間外れにされたこともありましたが、好きでサッカーをしていたのでそんなことはあまり気にしていませんでした(笑)! 結局はみんな、サッカーが好きで集まった仲間。気づけば仲間外れもなくなっていました。でも、中学生以上になると女子サッカー部やクラブが無かったり、男女の体格に差が出はじめることで混合プレーが難しくなるなど、現実的な壁にぶつかってサッカーを諦める女性もいます。
———サッカーがしたいという気持ちだけでは続けられない実情があるのですね。
そうですね。だからこそWEリーグが担う役割は大きいと感じます。女子スポーツとして「日本初のプロリーグ」ということは、ならうべき成功例がない代わりに、実績がそのまま女子サッカーやほかの女子スポーツの盛り上がりに直結するということ。JリーグやBリーグなどからも学びながら成長し、たくさんの方々に興味を持っていただき、女子サッカーを根付かせていくことで女性がスポーツを続けられる未来につなげていければと思います。その未来に向けて、今ある課題をまずは発信する重要性を感じています。
2024年の小学生を対象としたイベント「海堀あゆみと一緒にゴールキーパー体験&夢について考えよう!」にて[写真]WE LEAGUE
———直近では、『2024-25 WEリーグ クラシエカップ』決勝の入場者数が活況だったと聞きました。
ありがたいことに、21,524人の方々にご来場いただきました。これは、WEリーグの最多入場者数を更新した人数となります。みなさんと準備し、たくさんの方にスタジアムに足を運んでもらえたことは大きな一歩でないかと思います。3月1日からリーグ戦が再開しますが、ひとまずは2024年を良い形で締めくくることができてホッとしています。WEリーグの今後に自信が持てる結果になったので、ファン・サポーターのみなさんはもちろん、リーグ・クラブ、パートナーやサッカーファミリーを含む、関係者の方々に感謝ですね。
「24年末を良い形で終われて、少しほっとしました。次は後半戦に向けて切り替えのため年末年始は“完全オフ”にしてしっかり休みました!」と海堀さん[写真]ワンダースリー木村周平
サッカーを通じて人がつながる、世界がつながる
———プレーヤーとして第一線を退いてなお、サッカーの世界で活動を続けていますね。改めて、サッカーに対する思いを聞かせてください。
年齢も、性別も、国籍や言語も関係なく、ボール1つで世界中の人がつながることができるサッカーは、誰もが関わり、輝けるスポーツだと思っています。「多様性」が謳われる現代において、女子サッカーだから発信できるメッセージがあると感じています。サッカーは競技でみなさんに希望や感動、ポジティブなエネルギーを届けることはもちろんですが、それ以外にも社会に必要とされる存在になることもできると思っています。
———「楽しむ」ことを超えたサッカーの価値をつくるということですね。
そうですね。競技以外の社会的価値をつくることも可能だと思います。それがWEリーグの中では『WE ACTION』だと思っています。WEリーグは『女子サッカー・スポーツを通じて夢や生き方の多様性にあふれ、一人ひとりが輝く社会の実現に貢献する。』という理念を掲げています。この理念実現のためにクラブ・選手そしてパートナー企業をはじめとするさまざまな人が関わり行動するアクションのことを『WE ACTION』として行っています。
世の中に対して、サッカーに何ができるのか? サッカーを通じてアクションできないか? さまざまな方を巻き込みながら、自分たちにできることを考え取り組み、課題解決という切り口で社会とつながりを持つ機会をつくっています。2月1日に行われた『ALL WE ACTION DAY』では、『女子サッカーにおける「する」「見る」「関わる」機会を増やし、多様性の枠を広げる』をテーマに、1部では『女性や障がい者サッカーへのアクセスについて』、2部では『選手が語る「多様性」とWE ACTION DAY』として各クラブが行った取り組みを共有してもらいました。
2025年2月にWEリーグと全クラブで、『ALL WE ACTION DAY』を実施。『女子サッカーにおける「する」「見る」「関わる」機会を増やし、多様性の枠を広げる』をテーマにしたトークイベントなどが行われたをテーマにしたトークイベントなどが行われた[写真]WE LEAGUE
———具体的な取り組みを1つご紹介いただけますか?
JICAを通して交流のあるウガンダの難民女子サッカーチームにユニフォームをプレゼントしたことがありました。同じユニフォームを着てプレーすることで、“1つのチーム”としての一体感やつながりが生まれる。言葉にすると簡単に聞こえるかもしれませんが、大きな意義があったと思います。
文化や宗教的な制約によって、まだまだ女性が表舞台でスポーツを楽しめる環境にない国もたくさんある中、日本の女性がサッカーでイキイキと輝く姿を見ることで勇気づけられることもあるのではないかと。選手やクラブが輝くことが、日本国内のみならず、世界中で女性のスポーツを盛り上げる一翼を担えたらうれしいですね。
———まさに、国籍も言語も超えたつながりですね。
もちろん、大きな規模のつながりだけではなく、身近なつながりも大切です。競技だけに着目すれば、ピッチに立っている選手・コーチ・監督だけが主役のように見えるかもしれません。しかし実際は、広報やクラブチーム運営を担うクラブ職員、試合を一緒に盛り上げてくださるファン・サポーター、メディアやスポンサーの方々をはじめ、本当に多種多様な人たちが関わって初めて成り立っています。それぞれの役割の中に「生きがい」を見つけてくださる方もきっといるはずなので、女子サッカーを“特別な人だけの閉ざされた世界”にせず、たくさんの方々に飛び込んでもらえるものにしたいですね。やはり、そのためにもWEリーグが社会と積極的なつながりを持ち続けることが重要だと感じています。
「女性・男性」という性別より、「自分らしさ」という本質
———「誰もが輝けるスポーツ」というキーワードがありました。一方で、“女性”理事として周囲からの期待を感じる点はありますか?
期待を感じる一方で、“女性だから”という点について期待がかけられているとしたら、それに応えられるかどうかは不安に思うことがあります。今までサッカー選手という形で活躍し、そこは性別というよりサッカー選手としての「本質」の世界で戦ってきました。理事に任命されたのは、「元選手であること」と「設立当初からWEリーグに携わってきたこと」という2点が大きいと思っています。先ほどお話しした通り、これまでの経験や取り組んできたことの延長上に理事の仕事があると感じているので、もし私が何の積み重ねもない状態で、「女性を登用したいから」という理由だけで任命をされていたら戸惑っていたと思います。
2024年9月に発足したWEリーグの新体制の中で理事に就任。「選手がより良い環境で自分らしく輝ける場を提供したい」と語った[写真]©WE LEAGUE
———「女性らしさ」を発揮しなければならない、というプレッシャーも出てきてしまいますね。
そうですね。女性を増やさないといけない! という雰囲気が生まれると、本質を見失いプレッシャーを感じる女性も私のようにいるかもしれません。
女性が積極的に役職に登用される時代になりました。女性の役職者は日本では少ないというデータがありますが、役職についたときに戦える準備は誰でも必要ですよね。
———登用するには、能力に加えて本人の希望と心の準備期間も必要ということ?
はい。だからこそ私たちも「いつ・どうなりたいか」という将来像をしっかり形づくっておく必要がありますね。いざチャンスが自分のもとにやって来たときに「やったことがないから」と二の足を踏んでしまわないように。
あまり「女性だから、男性だからこうあるべき」に縛られる必要もないと思います。私も含め、“女性らしさ”を出せるかどうかはわかりませんが、誰しも“自分らしさ”は出せるはずですから。その人にしかない魅力が必ずあると思います。
———なるほど。女性という枠に自分を当てはめなくても良い、と。
結局、最後は“本質”ですからね。女性だから・男性だからと考えるよりも、本質で人と人とが関わるほうがバランスの取れた多様な組織になっていくのではと思います。
サッカーリーグだから役職員にサッカー経験者だけを集める――というアンバランスな状態にはせず、多様性を大切にしているとのこと[写真]ワンダースリー木村周平
スポーツの世界は、すべての人に開かれている
———理事の具体的な仕事についても教えてください。
従来の業務内容だった「女子サッカーにもっと興味を持ってもらうために」という視点でのマーケティングや社会連携活動が多かったのですが、理事になりフットボールの要素が増えました。さまざまな会議に参加したり、どのようにすれば女子サッカーのフットボールとしての魅力を向上できるのかを話し合っています! まさにWEリーグ全体を見渡すポジションです。
———難しさを感じる点については?
本当に日々学びしかないです(笑)! 競技規則一つ含めても知っているようで知らなかったことに気づいたり。みなさんに助けてもらっています。昔の人は何もない中で手探りで開拓してきたと考えると、「今の女子サッカーはすごく恵まれている」ということなのだと思います。
———恵まれている。どういうことでしょうか?
今日まで、「女子サッカーを日本に根付かせるために頑張ってくださった先輩方がたくさんいる」ということです。過去をさかのぼって調べてみたら、私が想像していた以上に日本女子サッカーの歴史は浅いのですよね。今日までの短い期間にさまざまな出来事がぎゅっと詰まっている。パワーをかけて女子サッカーを盛り立ててきた先輩方がいる証です。日本にプロリーグができたこと、それは先輩方が土壌を耕してきてくれたからこそだと思います。
2024-25 WEリーグ クラシエカップ決勝では公式戦での最多入場者数記録を更新。海堀さんは「選手はファンの方々から本当にたくさんの勇気をもらっている」と話す[写真]WE LEAGUE
———これまで築かれてきたものの上にWEリーグがあるんですね。
はい。今まで築き上げてきてくれたみなさんの思いを背負いながら、今シーズンより来シーズン、来シーズンより再来シーズンと良くしていきたいです。WEリーグがこれから何十年何百年と愛されるように。だから、ファン・サポーターを増やすことやWEリーグに関わってくれる仲間づくりをもっと頑張らなきゃ! という気持ちになりますね。それに、上手くいったこともいかなかったことも、WEリーグだけのものにせずに「ヒントを共有し合う」気持ちでスポーツの世界に役立てることができればと思います。
先ほども言いましたが、サッカーを含め、スポーツの世界は“閉ざされた世界”ではありません。性別や年齢、障がいなどは関係なく、さまざまな人が活躍し、サッカーやスポーツを通して社会とのつながりをつくることができます。興味を持てたら、一歩でも良いから小さなアクションをしてみてほしい。試合を見に行くのは少しハードルが高いかもしれないので、選手やクラブのSNSを見て“推し”を見つけるとか。そこから試合やクラブの活動に足を運んでもらえるとうれしいです。選手が活躍する姿を通じて、自分らしく輝くことを後押しできるリーグに、さらに女子サッカーを通じて多彩な意見があふれる多様性豊かな未来につながればと思います。
Profile
海堀 あゆみ(かいほり・あゆみ)さん
1986年生まれ。小学2年生からサッカーを始め、2008年にゴールキーパーとして日本女子代表入りを果たす。2011年にドイツで開催されたFIFA女子ワールドカップでは日本の初優勝に貢献し、同大会の優秀選手21人にも選出。さらに同年、サッカー日本女子代表の一員として国民栄誉賞を授与された。
「趣味はスーパーマーケット巡り」と話すほど、地に足の着いた自炊生活を大切にしており、“食”と“身体”の関係に気を配った丁寧な暮らしを楽しんでいる。2024年にWEリーグの理事に就任。
interview & text:笠井舞子/dodaSPORTS編集部
photo:ワンダースリー木村周平
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










