女子サッカーの先駆者が臨む「スポーツ界の女性活躍」

茨城県初の女子サッカーチーム創設

———まずは、小林さんが女子サッカーと出会ったきっかけを教えてください。

中学・高校はバスケットボールをやっていて、大学に入っても何かスポーツがやりたいなと思っていました。そんなときに、隣の寮にいた友人が「サッカー部に入ろうと思って入学したら、女子はなかった」と話しているのを聞いて、「じゃあ、一緒にやろうか」と。

そんなきっかけでサッカーを始めることになり、まずは男子の同好会に入れてもらいました。ただ、私自身まったくサッカーの経験がなかったので、できることといえばせいぜいコートの端でボールを蹴るくらいでしたね。

———最初は男子の同好会に入ったのですね。

大学4年のときにやっと女子の頭数が11人になったので、女子チームを立ち上げたのですが、大学側と大もめしましてね。筑波大学は体育科があるので、女子サッカー部があるとそこを目指して入学してくる子が出てきて、そうなると授業もつくらないといけなくなるわけで。初心者ばかりでボールもまともに蹴れないような私たちの女子サッカー部は大学からすればいい迷惑だったわけです。

結局、正式な部ではなく、「筑波大学女子サッカークラブ」という形に落ち着きました。ただ、発足したはよいのですがコートもなければコーチもいない。決していい環境とはいえませんでした。

———その後はどのようにサッカーを続けていったのですか？

もともと英語の先生になろうと思っていたので、交換留学でアメリカに行きました。そこで女子サッカーチームに入ったのですが、衝撃を受けましたね。

当時すでに多くの大学が女子サッカー部を持ち、専属の女性コーチがいました。私のチームは3部所属でしたが、試合会場までバスの送迎があって、食事も付いて、試合後はユニホームのクリーニングまでしてくれる。もちろんすべて無料です。こんなに恵まれた環境もあるのかと。「日本ではサッカーやっているだけで女じゃないって言われる」とチームメイトに話したら、すごく驚かれました。

アメリカで受けた衝撃

———交換留学の後、またアメリカに行かれたとか？

大学卒業後は筑波大学大学院に進み、関東6大学を集めて「関東大学女子サッカーリーグ」を創設し、プレーを続けていました。その後、将来は英語で身を立てようと思っていたことから、大学院を休学してアラバマ州の大学院に2年間通い、日本語の先生をしながらスポーツ心理学の修士を取得しました。

アラバマでも女子サッカーサークルに入ってサッカーを続けていたのですが、あるとき、同じサークルの子が大学をタイトル・ナイン（Title Ⅸ）で訴えるという出来事が起きたのです。

———タイトル・ナインとは？

タイトル・ナインは、アメリカの公的な高等教育機関における「性別による差別」を禁止した法律の通称です。本来、大学はクラブ活動などに対しても、生徒の男女比に合わせて予算を使わないといけないのですが、当時は女子のクラブ自体が少なく、そうなっていなかった。「これは法律違反だ」と、彼女たちは大学を訴えました。

その訴えが実り、翌年には奨学金10人分の確保、スタジアムの使用、全米ナンバーワンになった監督の招聘が実現した。こんなにすぐ変わるのかと衝撃を受けましたね。タイトル・ナインによって大学などの競技環境が充実し、その後のアメリカの女子スポーツの発展につながったともいわれています。

———当時のアメリカでは、女子サッカーの人気はあったのでしょうか？

はい、女子スポーツのなかでもトップクラスの人気でした。1991年に開催されたFIFA女子ワールドカップ第1回でアメリカが優勝したことで、その人気はさらに加速しました。FIFA女子ワールドカップには第1回大会から毎回現地に行っていますが、特に1999年にアメリカで開催された第3回のFIFA女子ワールドカップは、熱狂的な盛り上がりでしたね。

決勝戦は6万人の観客席から人が溢れるほど。私はボランティアとして参加していたのですが、初代日本女子代表の選手も一緒でした。当時、彼女たちはFIFA主催の試合でも自費参加、観客もいないアジア大会で試合をしているような状況だったことから、会場の盛り上がりを体感して大号泣していました。私も一緒に涙しながらこの感動を日本に持ち帰って伝えなくてはならない、そう強く決意しました。

女性がいつまでも輝ける場所を

———小林さんはこれまでいくつのチームを立ち上げましたか？

「筑波大学女子サッカークラブ」と、地元クラブチームの「つくばFC」、あとは35歳を過ぎてつくった「オール茨城」の３つですね。つくばFCは、大学院生時代に友人とつくったチームです。地元で女子サッカーをしていた小学6年生から「中1になると部活がなくてやる場所がない」という相談を受けてクラブチームとしてつくりました。

もともと教員志望だったので、子どもたちにサッカーを教えるのも楽しかったですね。「大人でもちゃんとしてなくていいんだね」なんて言われるくらいフランクな関係を築いていました（笑）。

———オール茨城はどんなチームなのですか？

地元の女性たちに向けて「経験がなくてもいいからどうぞ」とつくったローカルチームです。県のリーグがなかったので、「茨城県女子サッカーリーグ」を創設して出場したのですが、ある試合で2-3で負けてしまった。

私は「3回しか練習してなかったのに2点も入れてすごい」と思ったのですが、ママさんたちは泣いていました。「自分のことでこんなに悔しかったのは久しぶりだ」「○○のお母さんとか、○○の奥さんじゃなくて下の名前で呼び合えてうれしい」という言葉を聞いて、すごく感動しましたね。

———素敵なエピソードですね。同時に、チームだけでなくリーグも立ち上げてしまう実行力に驚かされます。

要は自分がやりたいのですけどね（笑）。私がつくったというよりは、みんなと一緒にやっている感覚です。オール茨城は、私が行けなくなってしまった時期があって、「解散しようと思う」って言ったことがありました。そうしたら、私がいなくてもやると言ってくれて、かれこれ20年以上も続いています。

筑波大学もそうだけど、ゼロからイチにはできるけど、それを続けてくれる人がいるということは、本当にありがたいことです。筑波大学女子サッカークラブは設立から10年経って大学の公式のサッカー部となり、来年度には体育科の推薦枠として女子サッカーができるようです。とても感慨深いですね。

———これまでの日本の女子サッカーの歩みを振り返っていかがですか。

女子サッカーでプレーする彼女たちは、多かれ少なかれ「男の子にパスをされなかった」といったような原体験を持っています。そういった悔しい経験を経た女の子たちが、男子がメインだったサッカーというスポーツで輝けることに喜びを感じますね。

WEリーグが誕生して、日本にも「女子プロサッカー選手」という職業が生まれ、女子がサッカーで食べていけるようになった。それは選手だけでなく、今後の日本のスポーツ界にとっても重要な意味があると感じています。

女性リーダーの活躍に必要なこと

———現在のWEリーグの状況について教えてください。

2011年のFIFA女子ワールドカップでは日本女子代表が優勝しましたが、まだ国内でのWEリーグの認知度が高くないということと、女性リーダーの定着に課題があります。

WEリーグはコーチや監督、役職者の50％を女性に、ということを目標に掲げていますが、アマチュアも含めた女子サッカー界全体に目を向ければ、まだそういう土壌が育っていない。本来は女性も男性も関係なくリーダーをやってもらいたいのですが、やはり現実には女性のキャリアの問題が横たわっていると思います。

———女性リーダーの定着において何が課題になっているのでしょうか？

日本には、「リーダーはこうあるべき」というような固定化された考え方が根強くあります。そういった固定概念に捉われず、いろいろなタイプのリーダーが増えていくことが大事だと考えています。現実問題として、女性の監督がなかなか定着しないという現状がある。

それを打破するためにも、「私生活を顧みずサッカーにすべてを注げる人しか指導者になれない」という世界ではなくて、結婚していても子どもがいても指導者を継続できる環境やカルチャーを育てていかなければならないと思っています。

———最後に、未来の女性リーダーの背中を押すメッセージをお願いします。

まあ、私も好んでなったわけではないですけど（笑）、ジェフユナイテッド市原・千葉レディースの統括責任者になったときに、「人事ができる立場になったんだな」と自覚したんです。もちろん、苦しい決断をしないといけないときもあって責任は重いですが、組織を動かすこともできる。だからやっぱりリーダーになる意義はあるなと。

昨今、日本で女性リーダーの必要性がさけばれている中で、「自分は女性だからリーダーに指名されたのでは」と懐疑的になってしまったり、「私は性差に関係なく実力でリーダーになりたい」という人もいるのですが、声がかかっている時点で実力があるわけですし、どんなきっかけであってもその機会を活かしてチャレンジしてほしいなと思いますね。大事なのはポジションではなく、自分自身がそこで何をするか、ではないでしょうか。

Profile

小林 美由紀（こばやし・みゆき）さん

1964年10月20日生　神奈川県出身
1997年７月筑波大学大学院博士課程体育科学研究科　体育科学修士号取得
1986年、筑波大学在学時に女子サッカー部を自ら創設し、サッカーを始める。翌87年6月には関東大学女子サッカー連盟を発足。以降、様々な女子サッカーチームや大会、組織の創設に奔走。2000年には日本女子代表チーム総務、2002年には日韓ワールドカップの大会運営や通訳業務を経て、2011年から2021年1月までジェフユナイテッド市原・千葉レディースのコーチ、統括責任者を務めた。2021年2月より、日本初の女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」の理事。WEリーグが理念に掲げる多様性社会の実現に向けて、社会事業の中核となる「WE ACTION」を立ち上げ、Women Empowermentをサッカー界から発信している。
（一社）全日本大学女子サッカー連盟会長、（公財）日本サッカー協会評議員、早稲田大学スポーツ科学部非常勤講師。