大山加奈の決意「誰もがスポーツを楽しめる未来のために」
大山 加奈さん
元バレーボール女子日本代表/日本車いすラグビー連盟理事/WEリーグ理事
バレーボール女子日本代表のスター選手だった大山さん。現役引退後の現在は子育てに奮闘しながら多方面で活躍している。女子サッカー、車いすラグビーなどバレーボール以外の競技への貢献にも積極的だ。「バレーボール界だけでなく、スポーツ界を変えていきたい」と話す大山さんに、その決意の裏側を聞いた。
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講演活動やバレーボール教室、試合解説、メディア出演のほか、競技団体理事としての活動も行う大山さん。現在の思いを語ってもらった[写真]渡邉彰太
現役引退後に残った思い
———現役を引退されてから現在の活動に至るまでの経緯を教えてください。
引退後は、東レに籍を置きながら、Vリーグ機構に1年ほど出向し、主に事務の仕事をしていました。その後は東レの広報室に籍を置いて、バレーボール教室や講演、広報活動などを中心に活動していました。ありがたいことにたくさんお声をいただきまして、社員のままだと活動に制限があったこともあり、独立しました。「バレーボール界に恩返しがしたい」という思いを尊重してくれた東レにはとても感謝しています。
2010年に26歳の若さで現役を引退。11年間在籍した東レ退社後もバレーボールの発展・普及に向けた活動を続けている[写真]本人提供
———現在はバレーボール教室や講演のほかにも、企業向けの研修や試合の解説など多方面で活動されていますが、特に注力したいことはありますか?
一番は子どもたちが「バレーボールを選んでよかった」と思ってもらえるように普及活動を行うことです。でも今はバレーボールにこだわらず、「スポーツ」という広いカテゴリで見ていますね。
スポーツって本来は心も体も健康にしてくれて、人生を豊かにしてくれるはずなのに、現状はむしろスポーツによって不幸になってしまっている子どもたちがたくさんいます。環境や指導方法によって子どもたちが追い込まれてしまうことは本当に許しがたいですし、何とかしたいという思いがあります。
———育成年代の課題に目を向けられたきっかけはあるのでしょうか。
バレーボール教室などで全国各地を巡った際に、「これはおかしいのではないか」と思うシーンを目にすること、耳にすることが多くなりました。指導現場が私たちの世代から10年経ってもまだ変わっていないことに、とてもショックを受けたのです。
私自身、いきいきとプレーしていた期間と苦しい期間との両方を経験しています。厳しい練習やけがで苦しんだ時期は本当に必要だったのかと疑問に思いますし、さかのぼってみると、小学生時代のオーバーユース(過度の筋使用によるスポーツ障害)など、勝利至上主義による弊害が大きかったのではないかと考えています。
「子どもたちにバレーボールの本当の楽しさを感じてほしい」と全国の小中学校を行脚し、バレーボール教室を行っている[写真]本人提供
女子サッカーをさらに盛り上げていくために
———2020年から女子サッカー・WEリーグの理事を務められるようになったのはどのような経緯からでしょうか。
私にお声がけいただいた理由のひとつは、女子のスポーツなかでバレーボールは人気が高いからということでした。確かに野球やサッカーはどうしても男女で比べられてしまって、面白くないと言われてしまうことがあります。
でも女子バレーは常に人気があり、男女で比べられることもない。その違いを念頭に置きつつ、バレーボール界をモデルにさまざまな話をさせていただいています。制度や文化、組織の規模など違いはありますが、参考になる事例もあるかと思います。
———確かに女子サッカーは男子と比較されがちな印象もあります。その要因はどこにあるのでしょうか。
競技の特性ももちろんあると思うのですが、それ以外にも選手たち自身がそう思ってしまっているのかなと感じます。子どものころは男子のなかにひとりで入ってプレーしていた、という人が圧倒的に多いと思います。プレーしてきた環境によっては、劣等感のような感情を持ってしまうのは仕方ないのかなと。そこの意識を変えたいなと思っているのですが、正直まだ何もできていない状態で、もどかしいですね。
———日本の女子サッカーをさらに盛り上げていくためにはどんなことが必要でしょうか?
世界では今、女子サッカーがとても盛り上がっていますが、それと同時に、競技の質を高めるために実験的なトライもたくさん行われています。例えば、ピッチのサイズを狭くしたり、人数を増やしたりといった事例もあって、日本でも検討してもいいのではという意見も挙がっています。
先日の分科会で「PKを必ず実施する大会をしてみたらどうか」と提案したところ、とても好感触でした。「無理だと思わずいろいろな発想や意見を聞かせてほしい」とリクエストをいただいています。
「WEリーグカップ決勝のPK戦を見ていてすごくドキドキして…! PKが必ずある大会があったら面白いのではないかとアイデアが浮かびました」[写真]渡邉彰太
車いすラグビーに魅了されて
———2022年には日本車いすラグビー連盟の理事に就任されました。障害者スポーツへの関心は以前からあったのですか?
東京2020オリンピック・パラリンピックで、パラスポーツに触れる機会をいただき、ボッチャや車いすバスケットボール、車いすバドミントンなど実際にプレーしました。ボッチャは、子どもやご高齢の方のほうがうまかったりして、私はみごとに負けてしまいました(笑)。
どんな人も同じフィールドに立っていっしょにプレーできることがスポーツのあるべき姿だなと大切な気づきを得ましたね。一方で、動きの激しい車いすバスケットボールや車いすバドミントンでは、パラスポーツのまた別のすごさを体感しました。
———ずばり、車いすラグビーの魅力について教えてください。
理事になるまでは車いすラグビーのことをよく知らなかったのですが、試合を見て一気に魅了されました! 車いす同士がぶつかる音がすごくて、大迫力で思わず興奮してしまいました。印象に残っている試合は、2023年の6月に行われた車いすラグビー日本代表の韓国戦。
都内の小中学生を招待して行われたのですが、会場全体が大盛り上がりでした。子どもたちが選手の名前を叫びながら力いっぱい応援して、得点が入ると歓喜乱舞! 心からスポーツを楽しんでいる姿に感極まりました。
2022年に日本車いすラグビー連盟の理事に就任した大山さん。写真は連盟主催の大会に出場した日本代表選手と[写真]ABEKEN
———現在、理事としてどのような活動をされているのでしょうか。
私にできることといったら車いすラグビーの魅力を知ってもらうための発信をするくらいで、理事として役に立っているというよりは、むしろ勉強させてもらっているくらい。そんなかたちではあるのですが、「アスリートとしての心構えや自分の経験を現役選手に伝えてほしい」という要望をもらっていて、今後そういった企画を実現できたらいいなと思っています。あとは、私自身も子育て中なので、出産を経て選手復帰する女性アスリートのサポートも積極的にやっていきたいですね。
2021年2月に双子の女児を出産し、現在も子育てに奮闘中。「世の中のママたちを元気にできれば」との思いから育児関連のイベントへの登壇や発信などの活動も行う[写真]本人提供
スポーツの真価を伝えていきたい
———スポーツ団体の理事になったことで、ご自身のなかで生まれた変化はありましたか?
ほかの競技団体がどんな発信しているのかを気にするようになりました。より魅力がある発信をしている団体はどこなのだろう、この競技の何が人を惹きつけるのだろうとか、そういう視点が身についたように思います。
競技によってターゲットが違うので一概には言えないですが、コアなファン以外も楽しめるような工夫の重要性を感じています。例えば会場の演出であったり、飲食であったり、競技以外の要素によって気軽に誰でも参加できるような仕掛けも大事だと考えています。
———選手時代も含めたさまざまな経験を通して、スポーツそのもの見え方はどのように変化しましたか?
私自身、以前は小中高で全国制覇していることなどに誇りを持っていたのですが…現役を引退して数年経ったころに、高校時代からの盟友である荒木絵里香が現役として活躍しているのを見て、「うらやましい」という気持ちがわいたんです。
自分自身が「やりきれた」と思うところまでまっとうできるのが幸せな競技人生だと思いますし、レベルやカテゴリに関係なく「もっとうまくなれる」って思いながらスポーツができることが幸せなことなのだと気がつきました。
———これからのスポーツ界をどうしていきたいですか?
スポーツが持つ大きな価値のひとつに、心身ともに健康になれることがあると思っています。「健康」とは、WHO(世界保健機関)の定義のとおり、けがをしない、病気にならないだけでなく、「肉体的、精神的、社会的に良好な状態」のこと。
芸術や音楽でも、心を豊かにでき、社会的に人とつながることもできますが、「肉体的」にも実現できるのがスポーツの真価だと。だからこそ必要だし、みんながスポーツを通じて健康になってほしい。特に子どもたちがすくすく育つスポーツ環境をつくっていきたいと心から思っています。そのために、特定の競技だけでなく、ほかのスポーツの方と横のつながりを持って、みんなでスポーツ界全体を変えていきたいですね。
Profile
大山 加奈(おおやま・かな)さん
小学校2年生からバレーボールを始め、小中高全ての年代で全国制覇を経験。高校卒業後は東レ・アローズ女子バレーボール部に入部した。日本代表には高校在学中の2001年に初選出され、オリンピック・世界選手権・ワールドカップと三大大会すべての試合に出場。力強いスパイクを武器に「パワフルカナ」の愛称で親しまれ、日本を代表するプレーヤーとして活躍した。2010年6月に現役を引退し、2021年に不妊治療を経て双子の女の子を出産。現在は全国での講演活動やバレーボール教室、解説、メディア出演など多方面で活躍しながら、バレーボールを通してより多くの子どもたちに笑顔を届けたいと活動中。
interview & text:藤岡祐佳/dodaSPORTS編集部
photo:渡邉彰太
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










