「サーフファン以外も巻き込みたい」“現役プロサーファー理事”の強い思い
大村 奈央さん
日本サーフィン連盟(NSA)理事/女子プロサーファー
2020年、日本サーフィン連盟(以下NSA)の理事に就任した、現役プロサーファーの大村さん。「最初は理事の役割が何なのか、まったく分からなかった」と正直に答えてくれた。まっすぐな彼女が起こしたアクションによって、日本のアマチュアサーフィンに少しずつ変化が起き始めている。
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NSA理事でありながら、現役女子プロサーファーとして国内外で活動する大村さん。2023年の国内プロツアーでも数々のトロフィーを獲得した[写真]本人提供
サーフィンと無縁の家庭で育つ
———まずは、サーフィンとの出会いを教えてください。
親や兄弟の影響でサーフィンを始める人が多いと思うのですが、私の場合は家族の誰もサーフィンをやらないという環境でした。初めてサーフィンをしたのは10歳のとき。家族旅行で行ったハワイで、体験教室に参加してみたんです。それがもうすごく楽しくて…! 日本に帰ってからもずっと「サーフィンがやりたい」と言っていましたね。でも周りでサーフィンをやっている人がいなかったので、すぐには始められませんでした。
———そうだったのですね。ではどのようにサーフィンを始めたのでしょう?
ラッキーなことに湘南の鵠沼(くげぬま)海岸の近くに住んでいたので、サーフショップがあって。店員さんに「どんな風に始めたらいいですか」と質問してみたり、砂浜で両親が見守るなか一人で海に入ったりしながら少しずつ始めていきました。鵠沼海岸は地元の人が多いので、「サーフィン始めたの?」と気さくに声をかけてもらえたのは大きかったですね。そこからだんだんとコミュニティが広がっていきました。
大村さんのホームポイントである鵠沼海岸。右手には富士山、左手には江の島がよく見える [写真]中野賢太
———地元の方がサポートしてくれたのですね!
そうです。初めて大会に出たのも、地元の方に声をかけてもらったことがきっかけです。当時は大会があることすら知らなかったのですが、スポーツは好きだったので出場してみることにしました。そこから競うことが楽しいと思うようになりましたね。大会に出るようになって1年ちょっとでジュニアの代表に選ばれたり、そこからはトントン拍子でした。
「やりたいことをやればいい、嫌になったらやめればいい」。本人の気持ちを一番に考えてくれる家族に囲まれたからこそ、楽しみながらサーフィンに打ち込めたという[写真]中野賢太
世界の波を追いながら役員に就任
———プロ選手になった経緯を教えてください。
13歳のときにジュニアの代表になって、世界を見て世界で戦うことがすごく楽しいと思いました。サーフィンで世界のいろいろな大会に出たいという思いが強く、いつかは海外へ行くと決めていました。世界を回るためには特に資格は必要ないのですが、ひとつの区切りとして高校3年生のときに日本のプロ資格を取得しました。高校卒業後は、海外の大会に出場し続けて、1年のうち3カ月しか日本にいないような生活になりました。
サーフボードには友人のイラストレーション。サーフィン業界以外の交流も多いそう[写真]Yuji Sugiyama
———NSAの理事になったきっかけは何だったのでしょう?
海外で過ごす生活を10年ほど続けていたのですが、新型コロナウイルスの流行で日本に帰国することになったんです。日本にいることで、コーチの依頼などいろいろと声をかけてもらう機会が増えていきました。NSAの理事もそのころに打診をいただきました。現役のプロ選手でありながら、団体の理事に就くというのは珍しいことで、戸惑いもありました。私にとって一番大事なことは選手として競技に取り組むことなので、「(理事に)100パーセント打ち込むのは難しい」と正直にお伝えしました。
———戸惑いもあったということですが、どうして理事を引き受けたのですか?
NSAの理事とアスリート委員長を兼任するというかたちでお引き受けしたのは、選手とNSAの連携をもっと強くしたいという思いがあったからです。選手と対等な目線で話せる人がなかなかいなかったので、NSAとしても、選手側としてそういう立場に立てる人が必要だったのだと思います。理事会だけでは議題の背景を知ることができないので、運営会議にも出させてほしいとお願いしました。
「選手とNSAの連携をもっと強くしたい」という思いから、大村さんの提案で理事も運営会議に出席できるようになった[写真]中野賢太
選手と対等な目線で話せる役員に
———就任後、どんなことに取り組みましたか?
まずは選手たちの声を集めることにしました。各カテゴリの選手に大会運営についてのアンケートを実施し、それらをとりまとめて連盟に提出しました。アンケートでは、選手ならではのいろいろな意見が集まりました。
例えば、「コロナ対策の検温場所が遠い」という声。砂浜はとても広いので、試合直前に検温場所まで歩いて往復することが負担になっていました。その声をもとに検温の方法を変更することで、改善することができました。
———積極的なアクションですね! ほかにも課題はありましたか?
ひとつ大きな課題として挙がったのは、選手登録における女子のクラスの分け方についてでした。男子は12歳以下、16歳以下、18歳以下と分かれているのですが、女子の年齢別クラスは18歳以下でしか分かれていない。世界基準は16歳以下と18歳以下になっているので、世界大会の選考では小学生と高校生が戦うことになってしまう。それはどうなのか、という声が挙がっていました。
———女子のクラスは、なぜひとつだったのですか?
経緯を確認すると、女子は男子に比べると競技人数が少なかったためだったそうですが、現状の人数なら分けても問題ないくらいの人数が在籍している状態でした。そこで、この機会に女子は16歳以下と18歳以下の区切りで改定するように推し進めました。来年度からは女子のクラスも2クラスになる予定です。私がアスリート委員長、理事として活動するなかで一番、かたちになったことですね。
世界の舞台で戦うプロサーファーとしての立場から、世界基準に合わせた制度改革にも着手している[写真]中野賢太
日本のサーフィンをもっと広げていくために
———NSAの理事の役割は現役選手としてもプラスに働きますか?
すごくプラスになっていると思います。理事になるまでは、選手として意見を挙げてもなかなか要望が通らないことがありましたが、今はNSAの運営を理解できたので、どう動いたら改善するのかが分かるようになりました。選手として試合に出てみないと分からない部分もたくさんあるので、理事会や運営会議はすごく大事な場ですね。私が現役選手であることがNSA側としてもプラスになっていると思います。
———サーフィンを競技として発展させていく上で、何が重要だと考えられていますか。
テレビや新聞のニュースにしても、まずは競技として強くないと取り上げてもらえません。サーフィンが一般の方の目に入るきっかけをつくるためにも、競技の強化は重要だと考えています。
実は、最初に理事の話をもらったときに、まず頭に浮かんだのはジュニアの育成体制についてでした。世界の強豪チームは強化合宿を行うなどしているので、これから改善できたらと思っている点です。ジュニアの日本代表のコーチとしても、強化に向けて技術指導はもちろん、食事面のサポートや信頼関係の構築も大事にしながら取り組んでいます。
2022年から日本オリンピック委員会のコーチングスタッフを務める大村さん。ジュニア日本代表コーチとして2023年アジア選手権で女子団体優勝を果たすなど、育成年代の強化にも尽力している[写真]本人提供
———最後に、大村さんがこれから取り組んでいきたいことについて聞かせてください。
日本でサーフィンをする人のほとんどが、「サーフィンが好きな家庭で育った人」というのが実情で、興味を持っても最初のコネクションがなかなかできないことが課題です。例えば、試合の解説にしても専門用語ばかり使ってしまうと、一般の人は分からないですよね。
だからこそ私は、サーフィンをしていない人にも話が分かるように伝えていきたい。私自身、サーフィンとは無縁の家庭で育ったので、サーフィンと関わりのない人を巻き込んでいきたいという気持ちは人一倍大きいのだと思います。サーフィンをしている人としていない人をつなぐ、そんな役目を担っていけたらいいですね。
Profile
大村 奈央(おおむら・なお)さん
湘南・鵠沼をホームに、女子プロサーファーとして世界ツアーを中心に活動中。13歳でジュニアの日本代表に選出、数々の大会で実績を残し、17歳でプロ選手のライセンスに合格。JPSA2010年ルーキーオブザイヤー、年間グランドチャンピオンを獲得。第一線で活躍しながら、日本サーフィン連盟初の女性理事に就任。また、ジュニア日本代表のコーチ、試合の解説、講演など幅広く活躍中。
interview & text:藤岡祐佳/dodaSPORTS編集部
photo:中野賢太
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










