生まれ育った街のために、元銀行員は「館長」になった
木村将司さん
クロススポーツマーケティング株式会社/FLAT HACHINOHE 館長
40代を目前にして「後悔のない人生」を考えたとき、長年勤めてきた銀行を離れる決心がついたという。2020年4月に八戸駅西口に誕生した“地域共生拠点”『FLAT HACHINOHE(フラット八戸)』の二代目館長として、木村将司さんは生まれ育った青森県八戸市の活性化にチャレンジする。
前回、FLAT HACHINOHEの案内役を買って出てくれた木村さんに、今回はご自身の異色のキャリアとスポーツ施設の館長という仕事について話を伺った。
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2023年1月にクロススポーツマーケティング株式会社に入社し、4月1日からFLAT HACHINOHE館長に就任した[写真]冨田峻矢
第二のキャリアでは、地元に貢献したい
———FLAT HACHINOHEにくる前は、銀行ひと筋だったそうですね。
そうですね、新卒で入社した青森の銀行に昨年末まで約14年間勤めました。大学時代は埼玉で過ごしましたが、八戸で働きたいと思っていたので地元の銀行に就職し、それ以来は営業や支店長代理として法人融資を中心とした仕事をしてきました。今回が38歳にして初めての転職です。
———長く勤めた銀行を離れることにした理由は何だったのでしょうか?
決断したのは最近ですが、30歳ごろからぼんやりとは考えていました。近年は銀行業務のあり方も大きく変わりつつあります。以前は融資や金融資産を主に扱っていましたが、最近ではコンサル事業まで手掛けるようになっています。
長年勤めてきた銀行に対する思い入れはありましたが、銀行業全体に変化が訪れる中で自分の将来を想像したとき、「ほかの業界ならどんなことができるだろう?」と考えるようになりました。そうした中で常に頭にあったのが、「八戸を盛り上げる仕事をしたいな」という思いです。
———「八戸を盛り上げる仕事」ですか。
ええ、地元である八戸には愛着があって、自分の生まれ育った土地に何か貢献したいなと。子どもが生まれたことも、その思いを強めたきっかけでした。八戸って、大人になって仙台や東京に移っていく人が多いんですよ。それは私の世代からずっと。子どもたちが将来も残りたいと思ってくれるような魅力ある地元にできたらいいなと考えるようになりました。そうして地域に貢献できる仕事を探していた時期に、たまたまdodaで見つけたのが、クロススポーツマーケティングが出していたFLAT HACHINOHE館長候補の求人でした。アリーナを核として地域や社会の活性化をめざしていることを知り、こんな挑戦ができる機会はほかにないと感じました。
———スポーツ業界で転職先を探していたわけではなかったんですね。
そうですね、地域に貢献できる仕事を探しているうちに、この業界にたどり着いた感じです。館長はスポンサーへの営業活動も担当するので、地元企業のさまざまな方々と商談してきた経験も生かせることも魅力的でしたね。
また、面接で社長からいわれた「正解がないからこそ、チャレンジ精神が一番のキーポイントだよ」という言葉が印象的でした。銀行業ではまずルールの遵守が大事。自分の考えを自由に形にする機会は少なかったので、チャレンジを後押ししてくれて、失敗しても次に生かせばいいという、クロススポーツマーケティングの風土に感銘を受けました。
———とはいえ、前職とはまったく異なる業界ですよね。不安はありませんでしたか?
さすがに最初は悩みましたよ。家族を支えていくことを考えると、年功序列で給与や役職が上がることを見込める前職にとどまる選択肢もありました。でもたった一回の人生ですし、この先新しい仕事に挑戦できる機会も何回あるか分からない。「自分にとって“後悔のない人生”って、どんな人生だろう?」と考えました。家族に相談したところ、“子どもに誇りに思ってもらえる仕事”を選んだらいいんじゃないか、と背中を押してもらえました。
2020年4月に青森県八戸市JR八戸駅西口に開業したFLAT HACHINOHE[写真]冨田峻矢
八戸とFLAT HACHINOHE、地域と企業の新しいつながり方
———現在、館長としてどんな仕事をされているのでしょうか?
アリーナ運営全般に関わっていますが、どちらかというと営業部門に軸足を置いています。アイスリンクの貸し切り利用枠の提案を中心に、イベントの企画や興行誘致、地元企業への協賛のお願いといった営業活動をスタッフといっしょに行っています。また、施設所有者であるXSM FLAT八戸への各種報告業務やスタッフの採用は館長の仕事ですね。
———改めて「FLAT HACHINOHE」とはどんな施設なのか教えてもらえますか。
名前のとおり「フラット」をコンセプトとして、誰にでも開かれた“真の多目的空間”であることを大事にしています。アイスホッケーやアイススケートを中心としたスポーツの競技者はもちろん、小学校の授業で子どもたちに利用してもらったり、地域行事に活用してもらったり、スポーツ施設の枠にとどまらない地域共生型の拠点です。もっとも特徴的なのは運営方法ですね。全国でも前例のない、新しい官民連携のモデルを築いています。
館内を案内してもらった際には、国外から遠征で訪れたアイスホッケーの学生チームが練習を行っていた[写真]冨田峻矢
———一般的な官民連携の取り組みとは、何が違うのでしょうか?
FLAT HACHINOHEは八戸市と深く連携していますが、あくまで「民設民営」の施設です。土地は八戸市から無償提供を受け、施設の建設・所有はXSM FLAT八戸、運営しているのが当社クロススポーツマーケティングという関係性。その上で、八戸市に対して全体の約3分の1にあたる年間2500時間の利用枠を貸し出すことで、行政は施設の必要な機能だけ利活用できる仕組みを築いているのが特徴です。
このような新しい形での官民連携モデルによって、地域の人々が日常的に使える利便性と、大規模なイベントや商業利用を可能にする設備の両立を実現しています。
———具体的にはどのように使い分けされているのでしょうか?
八戸市の利用枠では市のスポーツ振興課によって、学校教育や国体・インターハイといった公的なイベントに活用されています。一方、当社の枠では、ゼビオグループの仲間でもあるプロアイスホッケーチーム『東北フリーブレイズ』の本拠地として試合や練習に使用されるほか、フィギュアスケート・アイスショーなどの興行や、自主企画での地域交流イベントを実施しています。
———FLAT HACHINOHE自体もイベントを主催するんですね。
そうです、それも大切な営業活動の一つですね。特に好評なのは、年4回開催予定の「キッズ無料デー(無料開放)」です。利用者を増やすためにも、すでにスケートをやっている方だけでなく、新たにスケートに触れる人を増やしていきたいと思って開催しています。
ちなみにイベントは私たちだけで企画するものばかりではなく、地域住民による『八戸駅かいわいで盛り上がり隊』という有志グループや、東北フリーブレイズとも連携して企画・運営を行っているんですよ。これまでには、アリーナ前の広場を使ったラジオ体操やプロが教えるスケート教室などの試みもありました。地域交流の場としての活用方法には、さまざまな可能性があると思っています。
エントランスには貸し出し用スケート靴も並ぶ[写真]冨田峻矢
使用用途に応じて最大5000人の収容が可能になるアリーナ[写真]冨田峻矢
アリーナ運営だから味わえる手応え
———多岐にわたる仕事をされていると思いますが、やりがいを感じるのはどんなときですか?
アイスリンクでは、小さな子どもたちが毎日のようにフィギュアスケートやアイスホッケーの練習をしています。単純ですけど、そういう光景を見るだけでもうれしいですよね。頑張っている姿を見て、この場所を提供している身として「自分も営業を頑張らないと」と気を引き締めています(笑)。
自分たちで企画や誘致をしたイベントで地域がにぎわっている様子を目にしたときもうれしいですね。興行の際は、周辺の宿泊業や観光業にも影響があります。地域活性化につながる具体的な手応えを感じられるのは、アリーナ運営ならでの魅力ではないでしょうか。
開業からずっとコロナ禍を歩んできた3年間を経て、「新しい体制の確立がテーマ」と話してくれた木村さん[写真]冨田峻矢
———「スポーツ=特別な業界」というイメージがありましたが、木村さんの話を聞いていると、少し身近に思えてきました。
そうですね、むしろ今の仕事はこれまでの経験の延長線上にあると感じています。私は銀行しか経験していませんが、前職で学んだことを生かせている場面は多々あります。仕事として、まったくの別ジャンルという意識はありませんね。
———最後に、これから挑戦したいことについて教えてください。
待っていても、貸し切り予約や興行コンサートの相談が来るというのは、まだまだ遠い話。まずは認知度を向上させて、一人でも多くの方に来館いただけるようにしたいと思っています。私や家族を含め、地域のすべての人にとってより良い場所になるように考え、私自身も楽しみながら八戸を盛り上げていくつもりです。
あと、仲間集めにも力を入れていきます。私みたいに八戸のために何かをしたいと考えている方にとっては、アイデア次第でどんなことでも挑戦できる魅力的な職場だと思うんです。これからはFLAT HACHINOHEで働く面白さもしっかり伝えていきたいですね。
interview & text:川端優斗/dodaSPORTS編集部
photo:冨田峻矢
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










