「女子プロボクサー職員」がいるって本当? 日本バレーボール協会の中を覗いてみた
鵜川 菜央さん 紀伊 良文さん
日本バレーボール協会
スポーツ庁が掲げる「スポーツを通じた女性の社会参画・活躍」の推進に向けて、スポーツ界で輝く女性の「リアル」に迫る本企画。スポーツ団体の内側を取材し、日本のスポーツ界で女性が活躍するためのヒントを探ります。
今回取材したのは、2022年に川合俊一さんが会長に就任したことでも大きな話題を呼んだ、公益財団法人日本バレーボール協会(Japan Volleyball Association、以下・JVA)。なんでも、JVAでは女性理事・職員がいきいきと働いていて、職員の中には、「現役女子プロボクサー」がいるという情報も——
その実態に迫るべく、元スキージャンプ女子日本代表選手の山田優梨菜さんがインタビュアーとなり、取材を行いました。
Index
バレーボールの聖地・東京体育館を背に、JVAに向かうONGROUND取材班の山田。どんな話が聞けるのか、やや緊張の面持ち[写真]山内優輝
まずはJVAについて聞いてみた
最初にお話を伺ったのは、JVAで人事を務める、紀伊 良文さん。
JVAの取り組みや、働き方について聞きました。
お話を伺った人
紀伊 良文(きい・よしふみ)さん
公益財団法人日本バレーボール協会 業務推進室 室長 総務部 部長
2017年に出向でJVAへ入られたという紀伊さん。それまでは一般企業の海外営業部員としてアメリカや上海などで勤めていたそう[写真]山内優輝
———本日はよろしくお願いします。現在、JVAは何名ぐらいの方が働かれているのでしょうか?
現在JVAでは、職員が46名在籍しています(2023年3月1日現在)。そのうち中途採用がおよそ7割、新卒採用が3割程度で、スポーツ団体としては新卒の割合は比較的高いほうかなと思います。男女比は全体のうち59%が男性、41%が女性といった比率になっています。
———スポーツ団体というと、なんとなく男性が多いイメージを持っていましたが、女性も4割以上いらっしゃるんですね。年齢層はいかがですか?
平均年齢は41歳ですが、年齢構成は男性・女性ともにあまり偏りはないですね。2022年度の新卒4名を含めて、この2年で新卒・中途合わせて10名を採用したのですが、全体で見ると年齢は比較的バランスよく構成されていると思います。
「女性役員比率40%を目指します」
———2021年に元日本代表の益子直美さんらが理事に就任されるなど、女性役員も多く活躍されていますね。
そうですね。スポーツ庁が2019年に制定した「スポーツ団体ガバナンスコード」では、スポーツ団体の女性理事の目標割合を40%とされているんですが、JVAの女性理事は現在18名中7名。割合でいうと39%で、あと一歩のところまで来ているんです。さらなる女性役員の登用と活躍に向けて取り組んでいるところです。
———女性役員拡大に向けて、具体的にどのように取り組まれているのですか?
基本的に役員の任期は2年で、更新時期に合わせて新しい候補者の中から理事候補を選定委員会で選び、理事会、評議委員会という手続きを経て、新しい理事会ができる流れなのですが、その役員の選定規定の中に、はっきりと「私たちは女性理事の割合を40%にすることを目指す」という旨を明記しています。また、各地域の都道府県協会や全国連盟などの加盟団体との連携の中でも、スポーツ団体のガバナンスコードに沿って女性役員の育成・登用を積極的に行うことを、川合俊一会長を中心に発信し続けています。
———明確な目標を掲げて発信を続けるということですね。
はい。ただ、加盟団体に対する強制力や直接的な権限などはありませんから、あくまで「いっしょに取り組んでいきましょう」と呼びかけて意識していただくことや、私たち自身が統括団体としてそういった姿勢を形で示していくことが大事だと考えています。また、役員だけでなく、競技の運営などにボランティアで支えていただいている委員会でも女性を積極的に登用してほしいという方針を示していますし、今後は女性コーチの育成も重要なテーマだと考えています。
———女性コーチの育成にも課題が?
バレーボールは女性の競技人口が多いスポーツですが、トップレベルの指導者は男性が中心になっているのが現状です。そこで、2019年からスポーツ庁が推進する「女性エリートコーチ育成プログラム」に参加し、バレーボールの女性コーチ育成に取り組んでいます。例を挙げると、2020年からプログラムに参加した元ビーチバレーボール選手の白鳥歩さんは、現在はビーチバレーボールの強化スタッフとして、若年層のビーチバレーボールプレーヤーのコーチの責任者を務めるなど、エリートコーチと呼ばれる存在になっています。そうした活動やロールモデルを継続的に発信し伝えていくことが、女性コーチ育成につながっていくと考えています。
JVAに入った当初は「ハイパフォーマンス事業本部」で強化に携わっていたという紀伊さん。女性エリートコーチ育成への思いを語ってくれた[写真]山内優輝
スポーツ団体にはどんな人がいる?
———組織の概要や取り組みについてお伺いしましたが、協会内の雰囲気や、どんな方が働かれているかについて教えてください。
年齢、性別、キャリアも人それぞれで、本当に多様な方がいるので、カテゴライズは難しいですね。ただやはり、「バレーボールが好き」、「スポーツが好き」ということは共通していることかなと思います。今でも働きながら趣味で地域のバレーボールチームでプレーされている方もいますし、熱狂的なバスケットボールファン、野球ファンの方もいます。ついこの前も、ひいきのプロ野球チームのキャンプを見るために沖縄に遠征した職員がいましたね(笑)。
———エネルギッシュすぎる! やはりスポーツ好きの方が多いんですね。
私自身も中学生時代はバレーボール部員ではありました。でも最初から熱心なバレーボールファンというわけではなくとも、「スポーツが好きだ」という気持ちを持った方は多いですね。というのも、これはJVAに限らないことではありますが、正直なところスポーツ団体は一般企業と比較して給与レベルが特別高いわけではないので、「好きなことを仕事にしたい」という気持ちを持った方のほうが結果的に長く活躍していけるのかなと思います。
———今後、バレーボール界で働きたいと考えられている方に向けて、どんなことを期待しますか?
私たちは以前から“つなぐ”ということをキーワードにしているのですが、川合会長就任後に、その自分たちの目指すべき方向を形にしようと、「“つなぐ力”を世界に育む」をテーマとする『JAPANバレーボール宣言』と、クレド(行動規範)をまとめた『JAPANバレーボールWAY』を制定しました。
スポーツは競技力が高ければいいのか、勝てばいいのかというと、スポーツの意義はそこだけではないと考えます。誠実に行動することや、相手への思いやりなど、人間力が大事な世界。私たちは、この宣言や行動規範を共通の価値観として、いっしょに働いてくれる方を求めています。ぜひそういった方に来ていただきたいですね。
2023年の年初に川合俊一会長から発表された『JAPANバレーボール宣言』と『JAPANバレーボールWAY』。クレドはJVA職員、役員、加盟団体などさまざまな関係者の意見を吸い上げて作られたという[写真]山内優輝
噂の「女子プロボクサー職員」を発見!
紀伊さんにお話を伺ったあと、JVA職員として働きながら現役のプロボクサーとして活動しているという、鵜川 菜央さんと対面することに。
お話を伺った人
鵜川 菜央(うがわ・なお)さん
公益財団法人日本バレーボール協会 国内業務部
JVA職員の鵜川さん。やわらかい雰囲気で、とてもボクサーには見えない……[写真]山内優輝
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インタビュアー:山田 優梨菜(やまだ・ゆりな)
dodaSPORTS取材班
元女子スキージャンプ選手。2014年ソチオリンピック日本代表。現役引退後、パーソルキャリアに入社。スポーツ関連企業・団体の採用支援や、アスリートのセカンドキャリア支援などに取り組む。
山田 今日はよろしくお願いします。鵜川さんは現役ボクサーとのことですが、これまでのスポーツとの関わりについて教えてください。
鵜川 実は、始まりはバレーボールなんです。小学校2年のときにバレーボールを始めて、そこから小中高とずっとバレー部でした。
山田 最初はバレーボールだったんですね! それは縁を感じますね。
鵜川 大学ではスポーツ新聞部に入って、アスリートのインタビューをしていました。記者としてバレーボールを担当したかったんですけど、なぜかぜんぜん知らないボクシングの担当になって。
山田 それがボクシングとの出会いになるわけですね。
鵜川 取材に行ったときに雰囲気が恐くて、最初は「野蛮なスポーツだな」と思っていました(笑)。そこから、取材の情報収集のためにYouTubeでプロの試合を見たり、『はじめの一歩』を読んだりしているうちにだんだんハマっちゃったんです。
山田 でも、いくらボクシングが好きになっても、自分がリングに立とうと普通はなかなか思わないですよね……。
鵜川 そのころは、新聞部の記者の仕事が本当にしんどくて。今より働いてたぐらいで(笑)。選手の取材をしているうちに、「自分も表舞台に立ちたいな」と思うようになったんです。
高校時代はバレーボール部のキャプテンだったという鵜川さん。大学のスポーツ記者をきっかけにボクシングの世界へ[写真]山内優輝
山田 そこから本格的にボクシングを始めたわけですか。
鵜川 就職活動中にボクシングジムに通い始めたんですが、最初は戦うつもりはなくて、フィットネスボクシングをしていたんです。始めて半年ほど経ったときに、「鵜川さんちょっとスパーの相手して」と、プロを目指している選手といきなりスパーリングをやらされて……。階級も上の選手だったので、案の定ボコボコにされて。終わってからシャワールームで涙が止まらなかったですね。
山田 恐い……。
鵜川 そしたら、次もまたスパーが組まれて(笑)。もうやるしかないって腹をくくって、意識することを1個か2個徹底してやってみたんです。そうしたらけっこう戦えて、「楽しい!」と思えた。ボクシングは一つずつ改善していくと明確に上達していく感じがあって、それが楽しいなと。そこから火がつきましたね。
山田 私がやっていたスキージャンプも個人競技なので、その感覚はすごく分かります。そこからプロへの道がつながっていったんですね。
スパーリングで火がついた鵜川さんは、そこからプロボクサーへの階段を駆け上がっていった[写真]本人提供
「デュアルキャリア、おすすめですよ」
山田 JVAには、どういう経緯で入職されたんですか?
鵜川 就活で、何かスポーツに関わる仕事がしたいと思って、ネットで検索していたらたまたま募集を見つけて。「あ、日本バレーボール協会が募集してる」って。そこから選考を受けて、採用していただきました。
山田 いろいろ選択肢があったと思いますが、JVAを選んだ理由は?
鵜川 内定をいただいたとき、「これは、バレーボールで恩を返していけってことかな」って思ったんです。バレーボールを小学校からやっていて、人として成長できたと思うし、これもきっと何かの縁だなって。
山田 素敵なお話ですね! 現在はどんなお仕事をされているんですか?
鵜川 JVAが主催するバレーボールの全国大会の準備や運営に携わっています。大会は小学生から社会人まであって、審判規則委員会や競技委員会の方々と連携をしながら大会を運営していくことが主な仕事です。
関係各所との連携はコミュニケーションが欠かせない。「大会に関わる方々への感謝の気持ちを常に忘れないようにしています」と話した[写真]山内優輝
山田 お仕事をされていて、どんなことを感じますか。
鵜川 運営はこんなに難しいことなのか、と日々痛感します。バレーボールでもボクシングでも、自分が選手のときはあたりまえのように参加していた大会も、その裏側では運営の人が何カ月も前からチケットを発売したり会場の準備をしたりしていて、そういった苦労が身にしみて分かるようになりました。
山田 仕事でやりがいを感じるのはどんなときですか?
鵜川 例えば、天皇杯・皇后杯の全日本選手権も一から準備するんですが、トップの選手たちが優勝が決まって泣いて喜んでいる姿を見ると、「ああ、一年間かけて準備してよかった」と思いますね。こういう瞬間は、スポーツならではだなと思います。
山田 それは報われますね。鵜川さんはお仕事もしながらボクシングの活動も行う、いわゆる「デュアルキャリア」ですよね。どのように両立しているのでしょうか。
鵜川 今はフレックスタイム制なので、みなさんより1時間早い8時45分に出勤して、16時45分に退勤しています。そこからジムに行って、練習が18時から21時30分ぐらいまで。練習時間が長いので、ヘロヘロになって家に帰って、洗濯してご飯を食べて寝る、という生活です。
山田 めちゃくちゃ大変じゃないですか……! ストイックですね……。
鵜川 でも、例えば仕事でミスをして落ち込んでも、練習に行けばそんな悩んでいる暇はないので、切り替えられるんですよね。逆に、ボクシングでうまくいかなくても、仕事で気分が変わったり。メンタル的におすすめですよ。山田さんもどうですか?(笑)
山田 いやいやいや、絶対無理です(笑)。でも、私は現役中に「いい成績を出さなきゃ」と常にプレッシャーを感じていたので、そういうお話を聞くとデュアルキャリアの重要性を感じますね。お仕事が競技力にもつながっているんですね。
鵜川 そうなんです。どっちにとってもいいんですよ。
「自分には絶対できない」と話していた山田もしだいに鵜川さんへ共感を寄せていった[写真]山内優輝
「アスリートとしての自分を認めてくれた」
山田 今、鵜川さんはデュアルキャリアを歩まれていますが、社会人になってから始めるのは簡単なことではないと思います。その決断は迷わなかったですか?
鵜川 人生の中で、選手としてやれるチャンスはもう今しかないと思ったときに、後悔したくないなって思ったんです。ただ、正職員は副業ができなかったので、出張や大会があるときは練習ができなくて。実は一度、プロを目指すために仕事を辞めようかなと思ったこともありました。
山田 その気持ち分かります。練習ができないと不安になりますよね。
鵜川 そこで、思い切ってJVAの方に「プロを目指したいんです」と相談したところ、業務委託契約に切り替えて自由に働けるようにしていただいたんです。
山田 すばらしい!
鵜川 本当に、JVAのみなさんには感謝してもしきれないです。試合もよく応援に来てくださるんですよ。ボクシングの試合に、なぜかバレーボール協会の偉い人が客席にずらっと並んでる(笑)。
山田 アスリートとしてのキャリアも応援してくれて、温かい職場ですね!
鵜川 「練習あるので帰ります」とか、「試合あるので有休もらいます」とか、こんなワガママばっかりで大丈夫かなと思いますけど(笑)。
試合にはJVAのみなさんが駆けつけてくれるそう。デュアルキャリアでの競技活動は「職場の理解あってこそ」と語る[写真]本人提供
山田 今、世の中では鵜川さんのようにデュアルキャリアを選択するアスリートも増えています。そういったキャリアを迷われている方にアドバイスするとすれば?
鵜川 スポーツ選手が現役でいられる時間は限られているし、私は競技を引退してからでも、気持ちや行動があれば社会人として追いつけると思うんです。社会人になってからプロを目指した私が言えることは、もし仕事以外で何かやりたいことがあるのであれば、絶対にやったほうがいい。それが失敗しても、必ず何かにはつながると思うので。ぜひ、悔いのない人生を生きましょう!(笑)
山田 その言葉、私に刺さりました(笑)。鵜川さんの今後の目標は?
鵜川 ボクシングは、何かしらのタイトルは取りたいですね。一番近いのは日本チャンピオン。それがもし取れたときに、自分が「もっとできる」と思っていたら続けていくと思います。
山田 日本チャンピオン、応援します。お仕事での展望はありますか?
鵜川 仕事では、「バレーをしていてよかった」と思える人を一人でも多く増やしていきたいです。バレーボールが人を育てていく競技にしていけるような、そんな人材になりたいですね。
それから、一人の女性としては子どもを持ちたいと思っているので、もしそうなったら、子育てをしながらでも仕事は続けていきたいですね。ワガママに生きます(笑)。
山田 鵜川さんならきっとできますね。今日は本当にありがとうございました!
終始和やかな雰囲気で進んだ本取材。JVAは多様な人材が輝く素敵すぎる組織でした![写真]山内優輝
interview & text:芦澤直孝/dodaSPORTS編集部
photo:山内優輝
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










