「選手・コーチ・経営者」橋本英郎に学ぶ“デュアルキャリア学”
ゲスト:橋本 英郎さん × ナビゲーター:加地 亮さん
おこしやす京都AC 選手兼ヘッドコーチ/株式会社泰賀 代表取締役社長/株式会社BorderLeSS 代表取締役兼CCO/元サッカー日本代表
スポーツ業界で活躍する「人」を通じて、“スポーツ業界の今とこれから”を考える対談企画『SPORT LIGHTクロストーク』。サッカー元日本代表・加地亮さんがナビゲーターとなる今回のゲストは、同じくサッカー元日本代表で、現在は関西サッカーリーグ1部・おこしやす京都ACで選手兼ヘッドコーチを務める橋本英郎さん。
現役プロサッカー選手と指導者を兼任し、さらに複数の事業を手がける経営者としての顔も持つ橋本さんの“デュアルキャリア”へのリアルな思いを、ガンバ大阪時代のチームメートでもある加地さんが引き出します。
Index
現在43歳、プロ25年目のシーズンを迎えた橋本さん。2022年から加入したおこしやす京都ACでは「選手兼ヘッドコーチ」として指導者のキャリアにも挑戦している[写真提供]おこしやす京都AC
起業のきっかけは「引退後の不安」
加地 久しぶり! ってか真っ黒やな!
橋本 人工芝のグラウンドって土や芝のグラウンドとは照り返しが違うみたいで、ぼく自身も例年とは黒さが違う気がする(笑)。
加地 今日は同級生との対談だからすごく気楽(笑)。よろしくお願いします。さて、現在所属しているおこしやす京都ACは、期限付き移籍で在籍したAC長野パルセイロを含めて7チーム目になるけど、選手兼コーチは初めてよね? 自分から希望したの?
橋本 いや、本当は選手一本で行きたかったけど、クラブ側からのオファーはヘッドコーチ兼任を前提とした契約だったから。2017年に東京ヴェルディに移籍して以降は5年間単身赴任だったこともあって、今回は家族と暮らせる関西圏のチームを探していたから、条件的に合うチームも限られていたしさ。それに今、並行して取り組んでいる事業も正直、そこまで売り上げのメドが立っているわけではなかっただけに、基本的にはサッカーで生活ができる年俸を確保できるチームを探そうと思っていた。
2021シーズン限りでJ3・FC今治を退団後、新天地に選んだおこしやす京都AC。サッカーキャリアで初となる地域リーグに参戦しJFL昇格を目指す[写真]清水真央
加地 コーチ兼任は大変そう!
橋本 思っていた以上に大変やった。選手ってチームでの活動以外にも個人トレーニングをしたり、体のケアをしたり、自分を整える時間が必要やん? なのに、それがびっくりするくらい削られたから。最初はそのストレスがすごかったけど、3〜4カ月経っていろんなことが整理されて、ようやくバランスを取れるようになってきた。
加地 今、ハッシーはサッカーと並行して事業にも取り組んでいると思うけど、具体的に何をしているの? 確かスタートはサッカースクール事業だったよね?
橋本 ガンバ大阪時代の2006年に、資産管理とマネジメント業務を目的に株式会社泰賀を設立したけど、軸になる事業という意味では、ヴィッセル神戸時代の2012年に立ち上げた小学生対象のサッカースクール・プエンテFCが最初の事業になる。でも正直、それだけでは将来、食べていくのは難しいなと感じていたこともあり、FC今治に移籍した2020年ごろからいろんな事業を広げ始めた。
2012年に開講したサッカースクールは現在、神戸市を中心に7拠点で展開。ジュニアユースチームの運営を含むサッカー事業をはじめ、放課後等デイサービス事業、訪問看護事業など、多角的に事業を展開している[写真]本人提供
加地 それはどんな内容の事業なの?
橋本 大きな軸は2つあって、1つは発達特性を持つ子どもたち向けの放課後等デイサービス。これは、サッカーや運動を通して身体や五感に刺激を与え、成長を促すといった「サッカースクール×学童」のような事業で、もう1つは、訪問看護ステーションのフランチャイズ事業。それ以外にも、2020年には中学生を対象にしたジュニアユースチームを発足させたし、同じ年から株式会社BorderLeSSの代表取締役兼CCOもやっている。
橋本 これは、代表取締役兼CEOを務める筒井香が天王寺高校の後輩だった縁もあり、「アスリートの包括的なキャリア形成をサポートする会社を立ち上げるので、デュアルキャリア実践者として協働してもらえませんか?」と声をかけてもらって始めた。アスリートが自分の新たな可能性や自分らしい生き方を見つけることや、キャリアを自分の理想に近づけていくことを目的としてメンタル面をサポートしたり、デザインしていく方法をキャリア講座などで伝えていくことが事業の軸になる。
加地 アスリートの考え方やメンタルをサポートする部分は、ハッシーがやっているほかの事業にも共通項が多そうね。
橋本 まさにそのとおりで、プエンテFCのジュニアユースチームや、放課後等デイサービスの社員研修としてもメンタルケアは取り入れているし、そうやって自分がしている事業同士が絡んでいくのは理想的でもある。各事業のリーダー、部長を任せている人たちは「サッカー」をキーワードにつながりができた人たちなんやけど、それぞれの事業の親和性が深まれば、相乗効果がもっと出るんじゃないか、とも思うしね。
加地 ハッシーの中でセカンドキャリアを考えるきっかけってあったの?
橋本さんとは2006年から2011年までガンバ大阪でともにプレーした加地さん。2017年に現役を引退し、現在は夫妻でカフェを経営しながらサッカー解説、メディア・イベント出演などの活動を行っている[写真]清水真央
橋本 そもそもぼくは引退後の生活がめちゃめちゃ不安だったんよね。家族を含めて生活をしていくために必要な収入を確保することにも自信がなかった。指導者になりたいとは思っているけど、引退してすぐに仕事があるとは限らないやん? それに、Jリーグクラブのアカデミーやスクールで指導者をしている周りの仲間に話を聞いても、思い描くような収入は得られなさそうだなともうすうす感じていた。それもあって2012年にサッカースクールを始めたんやけど、それ一本で食べていくには難しいかもな、と思い始め……。
橋本 なら、どうするかと考えたときに、もう少し違うチャレンジをしていきたいと思うようになった。いつか指導者になるときに不安なく向かっていくためにもね。そんなタイミングで、いろんな人との出会いもあり、その輪が大きくなっていく中で新たな事業が展開していった感じかな。
加地 それだけ事業を展開していても、指導者になりたいという気持ちは揺らがない?
橋本 そうね。プロになる前は学校の先生になって部活動の顧問をしようと思っていたくらいだから、そもそも誰かに何かを教えるのが好きなんだと思うし、だから指導者というのはある。そういえば、さっきの事業の話で漏れたけど、放課後等デイサービスをやり始めたら、「学童×サッカー」だけではなく「学童×勉強」もサポートできたらいいなって思うようになり、最近は小中高校生を対象にした学習塾『個別指導塾シュート』も始めたよ。
加地 まだあるん?! そんなにタイミング良く次から次へと人に出会って、仕事って始まるもんなの?!
橋本 自分が常に、何かできることはないか、面白い仕事はないかとアンテナを立てていたから、というのもあると思うけどね。特に東京ヴェルディ時代は、東京という土地柄もあって、それまで出会えなかった職種の人にもたくさん出会えたし、IT業界につながりができたり、ベンチャー企業の社長を紹介されることも多かったから、すごく人脈が広がった感じはある。
現役選手でありながら事業家としても多忙な日々を送る橋本さんだが、「ビジネスは目的ではなく手段」「あくまで目指すのは指導者のキャリア」と語った[写真]清水真央
“掛け持ち”に支えられたサッカー人生
加地 話を聞いていてすごいなって思うのは、とりあえず何に関しても一度はやってみようとトライすること。ぼくには絶対にまねできない。
橋本 人生は一度きりだし、人生の選択はいろいろあっていいと思っているから。ただ、どの仕事に関しても常に“出口”は考えているし、自分の向き、不向きもあると思うから、そこはしっかり見極めていかないといけないなとも思う。
加地 これまでのサッカー界は、指導者を目指す人は現場でサッカーや指導者としての勉強をするのが当たり前だったけど、ハッシーみたいに違う業種、仕事を経験しながら指導者を目指すのは新しい形よね。
橋本 ライセンス講習は受けているし、今のコーチ業も含めてサッカーの現場でしか学べないこともたくさんあるけどね。ただ、事業におけるチームマネジメント、組織マネジメントの方法を学んだことで、これまでとは違う視点でチームを組み立てるとか、指導に活かせることもあるかもな、とは思ってる。
加地 逆にほかの事業をすることが、サッカーに支障をきたすことはない? 選手が現役中にセカンドキャリアをスタートさせるときに足踏みするのも、そこのバランスがうまく取れないからって理由が多い気がする。
引退後にカフェでの仕事を始めた際は、あまりの環境の変化に「全身にじんましんが出た」という加地さん。アスリートのセカンドキャリアへの移行の難しさを体験している[写真]清水真央
橋本 ぼくは基本、サッカーをやっているときはほかの事業のことは一切忘れるから。事業でどんな大変なことが起きていても、サッカーのときはサッカーのことしか頭にない。それに基本的には事業を理由に、サッカーに費やす時間を削ることもないしね。サッカー選手って練習場でやることがすべてではなく、それこそぼくもいまだにパーソナルトレーニングとか体のケアは続けているけど、そういう時間を含めて事業のためには一切削らない。だからサッカーに支障をきたしているって感覚にはならないのかも。
加地 ぼくはそうは考えられなかったなあ。というかほとんどの選手がそんなふうに頭を切り替えられない気がするけど、ハッシーはなんでそのスイッチの切り替えがうまくいくの?
橋本 自分のキャリアが常にサッカーと何かを掛け持ちしながら進んできたからじゃないかな。中学生のときからサッカーをしながら塾に通うとか、サッカーしながら受験勉強をするとか。プロになってからも最初は大学に通いながらサッカーをしていたしね。サッカー一本で生活していたのは24〜32歳の間だけで、33歳でスクール事業を始めてからはまた掛け持ち生活が始まったしさ。ただ、ぼくはそれが、むしろ良かったと思っている。というのも、ぼくは常に、サッカーでうまくいかないときの逃げ場をほかの場所につくることでサッカーを頑張れてきたところもあるから。
橋本さんは大阪府内屈指の進学校・天王寺高校に通いながらガンバ大阪ユースでプレーし、トップチーム昇格と同時に一般入試で大阪市立大学へ進学。文武両道を貫いてきた[写真提供]おこしやす京都AC
加地 逃げ場をほかの場所につくるというのは、どういうふうに?
橋本 例えば、中学生になってガンバに加入したときも、あまりにも周りのレベルが高く、それまでエースだった自分が急に下っ端になり、周りから文句を言われる立場になって、自分を過大評価していたことに気がついて……。でも、そこでサッカーをしている自分と、もう一人の学校に行っている自分を分けて考えられたことで自分を肯定できたし、救われたこともあった。プロになって数年、思うように試合に絡めなかったときも、大学に行くことで自分のマインドをリセットできてまたサッカーが頑張れたしね。
橋本 そもそも、サッカーって自分で解決できない悩みも多いやん? 例えば、どれだけ頑張っても試合に起用してもらえない、という悩みがあっても、メンバーを決めるのは監督だから、自分では悩みを解決できない。そういうときに、サッカーから離れて違うことを考えることで気持ちがスッキリすることも多かったから。そんなふうにサッカーをしている自分と、サッカー以外のことをしている自分を常に両立させてきたからこそ、今の生活もまったく大変とは思わないし、むしろそのほうが自分らしくいられる気がする。
加地 自分自身のプレーが不調に陥ったときはどう? うまくいかないときほどそこに向き合いたくならない? 少なくともぼくはそのタイプやけど。
橋本 加地は、確かにとことんダメな理由を突き詰めて自分を追い込んでいくタイプよね。でもぼくは逆に、そこで逃げられるというか。客観的に自分を見る生き方をしてきたぶん、いろんなことを割り切って考えられるんやと思う。だから、将来に大きな夢や目標を描くこともしないしね。遠い目標を描いたら現実の自分があまりに物足りなさすぎてしんどくなるから、常に現実的に目の前のことだけを見て、判断していく。これもある種、自己コントロールをするための手段の一つなんだと思うよ。
多忙な中でもサッカー以外のことを掛け持ちしているほうが「むしろ自分らしくいられる」と語った[写真]清水真央
動機は「やりたいから」じゃなくてもいい
加地 ちなみに今、いろんな事業を展開していく上で、こういう人材がいたらいいな、こんなスキルを持った人がいたらいいなって思うことはある?
橋本 めちゃめちゃある! さっき、「それぞれの事業の親和性が深まれば、相乗効果がもっと出るんじゃないか」って話をしたけど、むしろ、それをどんどん可能にしていくために、今は泰賀で行っている事業全体を統括してくれる人を大募集中。
加地 スキルとして求めるものは?
橋本 ぼくの意図をくみ取った上でパワーを持って動ける人。自分で何かを仕掛けよう、新しいこと、面白いことにチャレンジしてみよう、という意欲のある人。あとは人と人の関係性で成り立っている事業ばかりだからこそ、人間関係のところでうまく周りと調和しながら仕事をできる人が理想かな。
加地 どちらかというと人間性やマインド重視やね。
橋本 そうね。あとは……できればぼくと異なる性格、タイプが理想。そのほうがぼくの足りないところ、至らないところを補ってくれるはずだから。あとは年齢、性別も問わないし、なんならダブルワークでも全然構わんけど……誰かおらん?(笑)
現在、株式会社泰賀の事業統括を任せられる人材を求めていると話した[写真]清水真央
加地 この記事が掲載されたら、応募が来るかもな(笑)。そんなふうにサッカー界以外の世界にも関わりを持ちながらも、将来は指導者になることを目指す身として、サッカー界にこういう人材が増えていけばもっと発展していくんじゃないか、って思うことはある?
橋本 ぼくは違う業界で成功している人の知見、知識がもっと入ってきたらいいなって思う。Jリーグ発足から30年が経った中で、今のやり方を否定するわけではないけど、もっと異業界の成功モデルを取り入れていけば、サッカー界も今以上に広がりを持てたり、新しいイベントのつくり方ができたり、それがもしかしたらサッカー人口、人気を増やすことにもつながっていくんじゃないか、とも思うから。最近はそういうJクラブも少しずつ増えてきたけど、もっと増えていっても面白いんじゃないかな。
加地 ここまでの話を聞いていても、とにかくハッシーは、やりたいと思ってからやるまでの行動が早いというか。躊躇なく新しい世界に飛び込んでいっている気がする。そこで臆する人も多いと思うけど……。
橋本さんの行動力や実行力に終始感心しきりだった加地さん。「アスリートの新しいモデルとしていろんな人に知ってほしい」と話した[写真]清水真央
橋本 何ごとも、やってみないと分からないから。面白いのか、自分に合っているのかも分からないしさ。これって別に「やりたいからやってみる」じゃなくてもいいと思うんだよね。興味がない分野のことでも、お金なのか、知識なのか、自分に何か得られるものがあると思えた時点で飛び込んでみるのは、仕事を広げていく上ですごく大事だと思う。それは自分を知ることにもつながるから。
加地 ハッシーらしいわ。現役時代から、サッカーでも常に頭を動かしているタイプだったけど、それがそのまま事業にも活かされている気がする。きっと次に会ったときにはさらに事業が増えて、もはや何をやっている人か分からなくなっているやろうけど(笑)、それが橋本英郎だと思うので、今後もさらなる活躍を楽しみにしています。
橋本 (笑)。ただ、何度も言うように、一番なりたいのは指導者やから。事業だけではなくそっちも実現に向かうように頑張ります。
時間を忘れるほど語り尽くされた同学年コンビのクロストーク。それぞれの個性が表れたキャリアは次世代のアスリートの可能性を広げていくはずだ[写真]清水真央
text:高村美砂
photo:清水真央
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










