元JリーガーYouTuber・那須大亮「サッカー界への貢献はブレない」
ゲスト:那須 大亮さん × ナビゲーター:播戸 竜二さん
株式会社ZENRYOKU代表/YouTuber/元サッカー日本代表
スポーツ業界で活躍する「人」を通じて、“スポーツ業界の今とこれから”を考える対談企画『SPORT LIGHTクロストーク』。サッカー元日本代表・播戸竜二さんがナビゲーターとなる今回のゲストは、元JリーガーのYouTuberとして八面六臂の活躍を見せる那須大亮さん。サッカー選手としての自身のキャリアからYouTube配信を始めた理由、そして今後の展望まで、播戸さんが現役時代のマッチアップさながらに、真正面からインタビューしました。
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選手時代はプロ通算549試合・38得点を記録し、2019年をもって18年間のプロキャリアを終えた那須さん。現役時代からYouTuberとして活動を始めた当時は異色の存在だった[写真]Getty Images/Etsuo Hara
イニエスタ、ビジャに見たプロ意識
播戸 同じ元Jリーガーの那須さんにビジネスのお話を伺えるということで、大変うれしく思います。最近、『那須大亮YouTubeチャンネル』の登録者数が40万人を突破したそうで、おめでとうございます。
那須 ありがとうございます。40.2万人になりました。(2022年6月取材時点)
播戸 ちなみに、『播戸竜二のおばんざい屋』(YouTubeチャンネル)は、319万人……割る100、の3.19万人(笑)。ホント、すごいですね。まずは、YouTubeを始めたきっかけを聞いてもいいですか。
那須 きっかけは浦和レッズ時代です。ぼくは横浜F・マリノスからJリーグ6クラブを渡り歩き、18年間、プロとしてプレーさせてもらったんですけど、サポーターに「頑張ってください」と言われることが多かった。でも浦和では「いっしょに戦いましょう!」と声をかけられた。「え、それってどういうこと?」と最初は違和感を覚えました。でも、試合で彼らの声を聞くたびに、本当にいっしょに戦ってくれているんだなと痛感した。自分が多くの人に支えられていることに初めて気づけたんです。
同時に「自分は表現者なんだ」とも分かった。だったら周りに還元しなければいけない。自分に何ができるのかを36、37歳のころ、真剣に考えました。そこで出合ったのが、YouTube。「サッカー選手をマネジメントしたい」という話がYouTube運営会社から来たんです。
浦和レッズ時代、ファン、サポーターやスポンサー、チーム関係者など「周囲で支えてくれる存在の大きさを知った」という[写真]冨田峻矢
播戸 そのYouTubeの話が出たのはいつごろですか?
那須 2018年ですね。YouTubeが盛り上がり始めたころでしたけど、当時の動画は過激なものが多くて、サッカーとの相性がいいとはされていなかった。でも、ぼくはだからこそ「めちゃくちゃチャンスだ」と思いました。
播戸 なるほど。うまくいっている人がいないからこそ逆にチャンスだと。
那須 拡散力が高く、若年層の視聴者が多いこのプラットフォームをどう活かすか。それ次第でサッカー界をいい方向に持っていけると感じたんです。ネガティブな見られ方をしているところにすごく可能性を感じて、チャレンジしてみようと思いましたね。
播戸 最初は何から着手したんですか?
那須 当時所属していたヴィッセル神戸の広報に話をして、強化部の三浦アツ(淳寛)さん、栗原圭介さんにも相談しました。そしたら「いいんじゃないの」と。スポンサーの楽天もOKということでスタートに踏み切りました。
播戸 今は多くの選手がSNSを使って発信しているけど、当時YouTubeに関しては賛否両論があったよね。ほかのクラブだったらダメだったかもしれないですね。
播戸さん自身も公式YouTubeチャンネル『播戸竜二のおばんざい屋』をはじめ、さまざまな媒体で発信を行っている[写真]冨田峻矢
那須 おそらくダメだったでしょう。許容してくれたことにものすごく感謝しています。シーズン中にほかのクラブへ行くことも許してくれた。ヴィッセル神戸の選手である自分が、前所属の浦和レッズへ行って撮影するなんて、普通に考えたらムリじゃないですか。でもぼくには「サッカー界をよくしたい」という理想があって、他クラブと横断的に企画を進めるというのは外せなかった。そこを理解していただいたうえで、前進しました。
播戸 そういう過程の中で、イニエスタやビジャ、ポドルスキという世界的ビッグネームが出演してくれたんですね。
那須 いやあ、あれはホントにビックリしました。登録者何千人のときにイニエスタ選手が移籍してきて、ダメもとで「アンドレス、出てくれない?」と声を掛けたら、まさかの「いいよ」と(笑)。クラブも「本人がいいんだったらOK」で、うれしさは半端なかったですね。
彼はスペインでは自由に外を歩けないほどのスーパースター。インスタグラムのフォロワーが3,000万~4,000万人というのも考えられないじゃないですか。そんな偉大な選手が誰に対しても嫌な顔ひとつせずにサインをしていますし、自分のYouTubeにも出てくれる。もちろんチームメートだったことも大きいですが、彼が自分の影響力を理解したうえで行動してくれたことに感銘を受けました。
2018年にFCバルセロナからヴィッセル神戸に移籍したイニエスタ選手との対談企画が実現。世界的スーパースターのYouTube出演は大きな話題を呼んだ[動画]那須大亮YouTubeチャンネルより
播戸 日本のアスリートもそういう姿勢を学んで、自ら発信したり行動する意味を自覚していく必要がありますね。
那須 そうですね。イニエスタ選手やビジャ選手は自らの振る舞いや言動でどれだけの人を幸せにできるかをよく理解している。仕事の本質を分かっている方々だと心底、感じました。プロスポーツがどう成り立っているかを知れば、選手のアクションの起こし方も変わるし、見る人の視点も変わると思うんです。
ぼくも駒沢大学を出て、プロになった20代前半のころは、そんなことまでまったく考えられなかった。目の前の試合に出られるか、勝利給を稼いで洋服を買いたいとか、そういう欲求ばっかりでした。むしろ若手のうちは、自分本位じゃなければ選手としての価値を最大化させられないのかもしれない。年齢を重ねていくうちにいろんなことに気づいていく。それでいいんだと思います。
引退後の迷いはなかった
播戸 チャンネルのほうは、イニエスタ選手らが出たことで登録者数が急増したんですか?
那須 いきなり万単位とはいきませんでしたけど、周りやクラブの認知度は確実に上がりました。協力体制が強まったり、出そうにない方にオファーして受けていただけたりね。
播戸 最初は逆風も受けたんですか?
那須 鼻で笑われたり、「なんだお前」と言われたり、ホント、もういろいろ(苦笑)。誹謗中傷を受けることもありました。そこでぼくが考えたのは、「そのネガティブな言葉をこっちから拾いに行こう」ということ。自分の言動次第で見方を変えられると思ったから。最終目的は単にYouTubeの登録者数を増やすことじゃなくて、サッカー界に貢献することだったので、決してブレることはなかったですね。
播戸 まさに信念ですね。その後の流れは?
那須 現役引退時点で「登録者数10万人超え」という目標を設定しました。2018年夏に始めて2019年限りで選手を引退しましたけど、なんとか数字は達成できました。
ヴィッセルは2019年夏以降にチーム状態が急激によくなり、天皇杯も優勝したんですけど、上昇気流に乗って、ぼくも最後の2カ月間は毎日投稿しました。ポドルスキや酒井高徳といった有名選手に加え、インフルエンサーと呼ばれるサッカー以外の方にも出ていただいた結果、1カ月で3万人増となり、YouTube内の「急上昇」のランキングで第1位に躍り出たこともありましたね。
那須さんの現役最後のシーズンとなった2019年、スター選手をそろえるヴィッセル神戸は第99回天皇杯で優勝し、クラブ史上初タイトルを獲得。那須さんも登録者数10万人を達成した[写真]Getty Images/Masashi Hara
播戸 1カ月で『おばんざい屋』くらい増えたってことやね(笑)。2019年末の現役引退は事前に決めていたんですか?
那須 いや、9~10月までは決めかねていました。その直前にビジャ選手とYouTube対談をさせてもらったときに、「自分はメッシやイニエスタという本当の天才を見てきたから、100%じゃダメなんだ。いかなる状況でも120%でやらないと自分は勝てない」という言葉を聞いたとき、自分には無理だなと感じました。潔く区切りをつけたほうがいいと思い、決断しました。
播戸 なるほど。引退後はYouTube一本でやっていこうと?
那須 YouTubeでお金を稼ぐことを軸にしようとは思ってはいませんでした。YouTubeを起点に、マネタイズの軸を何個かつくろうと考えていましたね。最初はYouTubeがメインになりましたけど、やっていて純粋に楽しかった。年代関係なく喜ばれて、多くの人々と触れ合えるから。セカンドキャリアをあまり考えないまま、普通に移行していった感じです。
播戸 引退した後、次に何がしたいのか分からないアスリートはたくさんいるよね。
那須 ぼくはそういうのがなかった。むしろYouTubeの活動量を増やして、そこから派生するものをどう作るかに目が行っていました。ただ、現役時代に本業と別の活動に熱量が偏るのは違う。ぼくらはサッカーあってのビジネス。海外の選手もその本質をしっかり理解しているし、サポーターも応援してくれる。サッカー選手という価値を最大化することを忘れてはいけないと思います。
播戸 そうですね。引退から2年半が経過しましたが、ここまでの歩みを振り返ると?
那須 よく「トライ・アンド・エラー」と言いますけど、最初は「エラー・エラー・エラー」(笑)。自分で起業して人を雇うことの大変さ、経営の難しさを肌で知ったし、うまくいかないことのほうが多かった。ビジネスのビの字も分からなくて、経営者の方とお話ししている最中に「費用対効果」という言葉をググることもありましたよ(苦笑)。最近になってようやく「トライ・アンド・エラー」になってきたのかな。マインドセットも先を見据えたものに変わってきましたね。
播戸 引退後の那須さんに会うたびに「この人、いつ寝てるんやろな」「50歳まで生きられへんのちゃうか」と心配してました(笑)。
「いつ会っても睡眠不足に見えた」現役引退後の那須さんのハードワークぶりを案じていたという播戸さん[写真]冨田峻矢
那須 そうですか(苦笑)。確かにぼくのYouTube活動は経費と労力をかなり投じていますね。現役時代から採算度外視で行っていたところはあります。投稿は平均週2回、多いときで週4回行うんですが、その間にもオンラインミーティングやサッカー指導・イベントが1日多くて4~5件入ることもある。それが続くとめちゃめちゃしんどくなりますね。
キャスティングのためのテレアポも多いんで、複数のスケジュール待ちをしていると頭がパニック状態になりがち。とはいえ、やはりぼくの人脈や信頼関係でやってもらえる部分も大だし、いろんな恩返しもしたいので、地道な作業を怠ってはいけないと考えて、自分でできる限りやろうとしていたのは確かです。
播戸 自分たちが元選手だから、受け入れてくれるクラブも正直、多いよね。
那須 そうですね。基本的には相談したら前向きに考えてくれるところがほとんどです。
播戸 YouTubeを始めたころのイメージとはだいぶ変わりました。「サッカー界のためにやりたい」っていう那須さんの意思が伝わったのも大きいと思いますね。
那須 数字的にはもっと伸ばさなきゃいけないんですけどね。ただ、企業とコラボするケースも増えて、多少なりともメリットを生み出せる形にはなってきたかなとは思います。
YouTubeはマネタイズの軸ではなく「あくまでサッカー界に還元するための手段」と那須さんは語った[写真]冨田峻矢
アスリート支援に向け新会社を発足
播戸 こうした中、6月22日にチャンネルの中で「重大発表」をされました。
那須 はい。アスリートのセカンドキャリア支援など、YouTube以外の活動をするための会社「株式会社ZENRYOKU(ゼンリョク)」の立ち上げを発表しました。もともとYouTube事業は有限会社DYNAS(ダイナス)で行っていたんですが、元サッカー選手がビジネスのほうでもしっかりと結果を残せるようにしたいと思って、新会社を発足させたんです。
その第1弾として、NUMERALS(ヌメラルズ=株式会社アダストリアのブランド名)とのコラボTシャツ販売を手掛けました。もちろん第2弾、第3弾も計画していますよ。
2022年6月、自身が代表を務める「株式会社ZENRYOKU」のオフィシャルサイトを公開。アスリートのセカンドキャリア支援や、アスリート・タレントのブランディング、マーケティングが主な事業だという[写真提供]ZENRYOKU
播戸 なぜこのタイミングで起業を?
那須 起業については以前から考えていましたけど、ぼく一人の力では難しかった。誰かに頼るにしても、ぼくがメリットを提供できなければ、単なるお飾りになってしまう。そういう危惧がありました。ここへきて、ようやく何かを提供できる状態になったんで、昨年夏くらいから準備して会社設立に踏み切りました。セカンドキャリア支援、企業と選手のコラボによる新たな価値創造など、実績をつくっていかないといけないと思っています。
播戸 那須さんの会社を含めて、これからスポーツ業界で働く人にはどんな能力が必要ですかね?
那須 絶対的にアクションできる方。これはマストだと思います。バン(播戸)さんもアクションの塊じゃないですか(笑)。
播戸 動かんときは全然、動かへんよ(笑)。
那須 先日、(YouTubeの企画で)バンさんの密着をさせていただいて、起業家の方と交流しながら今の仕事につなげていることがよく分かりました。すさまじい活動量とアクション、パッション、シンパシーで「いっしょにやっていこう」と思わせている。「この人はスゴイな」と痛感しましたね。
播戸 3万人やで。俺のYouTube(笑)。
那須 いやいや、アクションを起こせるだけじゃなくて、サッカー以外の畑に行ったときのマインドセットも持ち合わせています。ぼくらサッカー選手は現役のころは相手側から足を運んでいただけましたけど、違うフェーズに移行した今、選手としての価値は落ちていく。だからこそ、自ら足を運んで、自分が何者か、何をしてきたか、これから何をしたいかを明確に伝える必要がある。バンさんはそれができるからすごいんですよ。
那須さんは自身のチャンネル内で播戸さんに一日密着し、「その行動力と情熱に驚いた」と話した[写真]冨田峻矢
播戸 YouTube配信をやることで、人への伝え方を学べるのは大きいよね。
那須 めちゃめちゃ大きい。言葉や考え方の引き出しなどをインプットし、アウトプットもできる。世代も幅広く、ジャンルも多様なんで、本当に勉強させてもらえます。言語化することってすごく大事ですよね。
播戸 今は『プロフェッショナル 仕事の流儀』『情熱大陸』『那須大亮YouTubeチャンネル』が三大ドキュメンタリーコンテンツやとぼくは思ってるけど、そこに出させてもらったのはホントにありがたいです(笑)。
Jリーグは発足から30年が経過し、競技としてはすごく成長してるけど、エンタメ的な部分もないと人々を魅了できないよね。ライト層といわれる人を取り込むためには、そういう要素が重要。引退した選手がYouTubeをやり始めている今はまさに変革期。そういう意味でも、この先が楽しみですね。
那須 特に今の若い世代は趣味嗜好がすぐ移り変わる感性を持っていますよね。だからこそ、既存の考え方やアプローチ方法だけではサッカー界は発展しない。新たな層を開拓し、コアファンになってもらうためにも、現場の外で活動しているぼくらのような人間が率先して盛り上げていかないといけない。現場の方々はチームを勝たせることで価値を最大化すればいいし、みんなが融合して業界全体がつながっていければいいとぼくは思っています。
播戸 ホントそうやね。ZENRYOKUを含めて、那須大亮は今後、どうしていきたいですか?
那須 先ほどバンさんが「50まで持つのか」と疑問を呈されていましたけど、今のままではそこまで持たない(苦笑)。ゆくゆくは人を育て、仕事を任せながら、自分の活動を最大化させたい。ぼく自身が離れてもいいようなプラットフォームをつくりたいんです。その後は、現場サイドとかサッカー界に戻るのもひとつの選択肢だと考えています。
いずれにしても、ぼくは情熱と対価が同等に与えられるサッカー界にしたいんです。それは前々から言い続けていること。情熱を持っている人はたくさんいるので、対価がついてくる形を自分が提供できれば最高だと思っています。
播戸 ぼくも那須さんの活動をサポートできるようになっていきたいですね。自分自身も2019年9月に引退を発表して3年弱が経ち、Jリーグや日本サッカー協会、それ以外のスポーツ業界などなんとなく全体像が見えてきたところかな。大事なのはここから先。それをいっしょにやっていける仲間の一人が那須さんだと思っています。
カテゴリーを問わずさまざまな業界との関わりを持つ播戸さん。「サッカー界だけでなく、スポーツ界全体で連携していくことにチャレンジしたい」と話す[写真]冨田峻矢
那須 ホントにそうなれればいいですよね。YouTubeの世界を見渡すと、インフルエンサーと呼ばれる方はたくさんいる。ぼくのチャンネルは登録者40万に到達しましたけど、もっと上の層に参入しないといけない。サッカー選手出身の人が価値を最大化させられれば、相当な影響力になりますからね。
播戸 確かに。6月のブラジル代表戦のときにサッカー界全体が湧いたのを感じて、スポーツにはそれだけの力があるなと。グローバルスポーツのサッカーは特にそうだと思います。その素晴らしさを理解してもらい、足を運んでもらえたら、お金もついてくる。それによって業界全体がよりよくなる。そんな循環を目指したいですね。
那須 ぼくも、今まで見たことのない素晴らしい景色を周りの方々に見てもらいたい。そんな思いを胸に必死に走っています。しんどいと感じても、常にいっしょに戦ってくれる人々がいる。そういう力強い存在に背中を押されながら、この先も「表現者」として頑張り続けていくつもりです。
元Jリーガーの事業家としてビジネスの世界で活躍する二人。それぞれのスタイルでスポーツ界の発展に寄与していく[写真]冨田峻矢
text:元川悦子
photo:冨田峻矢
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










