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J1・清水エスパルス復権を担う“元銀行員社長”の経営哲学
ゲスト:山室 晋也さん × ナビゲーター:播戸 竜二さん
株式会社エスパルス代表取締役社長
スポーツ業界で活躍する「人」を通じて、“スポーツ業界の今とこれから”を考える対談企画『SPORT LIGHTクロストーク』。サッカー元日本代表・播戸竜二さんがナビゲーターとなる今回のゲストは、Jリーグ・清水エスパルスの運営会社である株式会社エスパルス代表取締役社長の山室晋也さん。
山室さんはかつて、みずほ銀行の執行役員からプロ野球・千葉ロッテマリーンズの社長に転身し、球団史上初の単体黒字を達成した敏腕経営者。2020年に清水エスパルスの社長に就任し、サッカー界で新たな船出を切った背景や思いについて、播戸さんが鋭くインタビューしました。
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2022年7月2日に国立競技場で開催された30周年記念マッチでは、ホームゲームの最多入場者数となる56,131人を動員した清水エスパルス。山室さんの「サッカー王国復活」に懸ける思いについて聞いた[写真]Getty Images/Hiroki Watanabe
抵抗勢力との戦い
播戸 山室さんは現在、清水エスパルスの社長を務められていますが、まずはこれまでのキャリアについて少しお話しをしていただけますか。
山室 大学卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)へ入行しました。法人営業を中心に業務にあたり、約30年の勤務の中で、4店の支店長、執行役員を経て、子会社(みずほマーケティングエキスパーツ)の社長も務めました。ただ、銀行の子会社は安定している一方で、銀行法の規制に縛られて自由が利かないことが多いんです。これじゃつまらない。給料が下がってもいいからチャレンジできる仕事、エキサイティングな仕事をしたい。そう思っていたときにいただいたのが、千葉ロッテマリーンズからのオファーでした。
山室さんは銀行員時代に4店の支店長を経験し、在任17期中15期で総合成績優秀賞を受賞。執行役員、子会社社長を歴任し、その経歴と手腕から「リアル半沢直樹」と呼ばれた[写真]清水真央
播戸 銀行からプロ野球の球団社長って異色の流れですよね。当時のマリーンズは山室さんが求めていたチャレンジができる状況だったんでしょうか。
山室 いえ、私が入った2014年のマリーンズは、毎年30億円近い赤字が出ていましたね(苦笑)。最初は右も左も分からずでしたが、順番として、ファンを増やすなど収益を上げる仕組みをつくり、その後にチームの強化に着手しようと考えていました。滑ったり、転んだりを繰り返しながらやり続けたら5年目に球団創設以来初の単体黒字になり、6年目も黒字になった。お金を使って強化できるようになって、ある意味そこからが球団経営の楽しいところではあるんですが、球団社長は親会社でそれなりの実績を重ねてきた人のポストでもあります。黒字化してきれいな形で退くことができるので、ここで自分のミッションは終わりにしようと思い、半分ふざけて選手のように“FA宣言”(笑)をしたんです。そうしたらエスパルスから話があって、今に至るという感じですね。
播戸 赤字経営のマリーンズを黒字化させたということですが、そこに至るまでは山室さんが思うようなかじ取りができていたんですか?
山室 最初の1年は現状を把握するだけで精いっぱいでした。しかも野球界では新参者の私の意見はほとんど否定されましたね。社長は来たばかりだからご存じないと思います、それはダメです。それは違います、ばかりで(笑)。それからプロ野球球団のこれまでのやり方を吸収していくんですが、なにかが違うなと感じていました。会社で面談をしたとき、昔からのやり方を続けていくという人と、これからは変えていかないといけないという考えの人がいたんですが、その昔ながらの人の意識やマインドを変えるのはかなり大変でしたね。
播戸 課題意識がありながらも過去のやり方に固執するというのは、なぜそうなってしまうんでしょう。
元Jリーガーで、現在は経営者としてスポーツマネジメント事業を運営する播戸さん。プロスポーツクラブの経営にも強い関心を寄せる[写真]清水真央
山室 例えば、もともとマリーンズが大好きで、チームに来てもう20~30年いる古参の社員がいるとします。その人たちの多くは基本的に「コアなファン」の発想なんです。新しいファンを獲得していくことよりもコアのファン目線で彼らが喜ぶことが第一で、他チームのマネはしないとか、そういうことだけにこだわってしまう。
でも、コアなファンと話をしていくと彼らも自分たちさえよければいいとは思っていなくて、むしろ新しい仲間を増やしていきたいという考えの人が多かったんです。そういう人たちと一緒にファンを増やすために、どんなことをしたらいいのか。球団と応援団は敵対するイメージを持っていた人もいたけれど、そうじゃない。自分たちは仲間で、同じ船に乗っている。事実、「マリーンズの応援は日本一」といわれ、ひとつのコンテンツだったんです。このチームを盛り上げるために一緒にやっていこうということになり、それからはお互いに協力してやっていけるようになりました。
佐々木朗希の獲得
播戸 球団に入って、健全な経営をするにあたり何が一番、大きな壁になっていましたか。
山室 会社が赤字になっても親会社が損失分を補填してくれるので、そこに甘えて自立ができていないということです。親会社から来る人は、会社の一部門としての意識が強すぎて、どうしてもそっちの方向ばかりに気が向いて、現場をあまり見ようとしない方が多いのではないでしょうか。
播戸 それは、相当にキツいですね。いつごろから会社の空気や社員のマインドの変化を感じられたのですか。
山室 3年目ぐらいです。チームは弱いし、来場者数も12球団で11位ぐらい。でも、いろんなことにチャレンジして徐々にファンが増えてくることで、その成功体験をベースに、また一つ前を越えればいいんだ、こういうことをやりたいという声がどんどん出てくるようになったんです。4年目からは細かく指示しなくても自主的にやっていくマインドに変わりました。
2014年に千葉ロッテマリーンズ社長に就任した山室さんは、在籍6年間で「球団史上初の単体黒字」「最多観客数」「売り上げ1.8倍」を達成するなど経営手腕を発揮した[写真]清水真央
播戸 マインドが変わり、収益が上がった。その次は強化にお金を投入していこうと考えられていたとのことですが、具体的にどんな強化策をとられたんですか。
山室 一番大きいのはドラフトの方針を変えたことですね。慣習的に、ドラフトはわりと監督任せにしがちなんですよ。監督は現場を一番分かっている一方で、自分が使いたい選手、欲しい選手を優先し、短期的な編成が主になってしまうんです。私は選手を育てるということを重視して、監督に任せすぎないこと、そして経営としての視点を入れる、この2つの方針を明確にしました。経営の視点とはどういうことかというと、中長期の選手の育成と将来のスター選手を獲得するということです。
播戸 ドラフトは競合するとくじ引きになるので、必ずしも欲しい選手、狙った選手が取れるわけではないですよね。
山室 そうですね。スター候補選手をドラフトで指名しても3、4チームの競合で取れないケースも出てくる。取れないと責任問題になるというサラリーマン的な発想になってしまい、一番人気の選手をやめて手堅くいこうとしがちなんです。でも、それでいいのかってことです。ナンバーワンを取るためにはリスクを負うのは当然で、その責任は自分が負う。だから、「マリーンズといえば〇〇」と言われる選手を取ろうということにしたんです。そうしたら運よく佐々木朗希を獲得できた。完全試合できるようなスーパースターがチームにはいなかったので、そういう選手を獲得できて、大きく育ってくれたのは本当にうれしかったですね。
2019年、千葉ロッテマリーンズは最速163キロの「令和の怪物」・佐々木朗希選手をドラフト1位指名で獲得。2022年に日本プロ野球史上最年少の完全試合達成者となるなど主軸として活躍している[写真]Getty Images/Koji Watanabe
プロ野球とサッカーの経営の違い
播戸 2020年に清水エスパルスの社長に就任されたわけですが、プロ野球の球団経営とサッカークラブの経営に何か違いを感じましたか。
山室 プロスポーツビジネスという観点からは同じですが、経済的な規模もテイストも違います。ビジネス環境でいえばサッカーは試合数が少ないので、売り上げもビジネスチャンスもプロ野球の1/3ですし、放映権もないのでプロ野球のように自由に仕掛けることが難しい。テイストでいえば、プロ野球は“ビッグボス”のような存在が出てくるじゃないですか。あれは面白いチャレンジですし、新たな可能性を広げていると思うんですが、サッカーからはなかなかあんなキャラクターが出てこない。サッカーはよりストイックなテイストですね。あと、個人的に一番違うのは、負けたときのダメージですね。サッカーは野球の5倍は落ち込みます(苦笑)。
プロ野球と比較して年間試合数が少ないJリーグは「負けたときの精神的ダメージが大きい」という話に播戸さんも苦笑い[写真]清水真央
播戸 (笑)。ファン、サポーターの雰囲気も、野球とはかなり違いますか。
山室 プロ野球では、ゲートなどに行けばかなり厳しいことを言われましたし、クレームで心が折れそうになることもありました(苦笑)。清水はサッカーどころだし、同じように厳しい声を覚悟していたんですが、逆に慰められることが多いんですよ。私たちは試合に負けて気分が落ち込んでいるときでも、ファンには努めて明るく対応するようにしているんですが、逆に「大変ですね。でも、がんばってください」と言われることが多くて、こちらが勇気や元気をもらっています。
播戸 山室さんが社長に就任された2020年はコロナ禍でJリーグのチームは収益的に大きなダメージを負いました。エスパルスの経営も大変だったと思います。
山室 厳しい状態でしたね。2020年は、決算書だけ見ればクラブの収益が増えているように見えますが、内訳を見ればコロナ対策での補助金などによる一時的な増加で、実際はチケット収入、グッズ、飲食などファンやサポーターからいただく収益は大幅に落ちています。このベースの収益の部分がすごく大事で、ここを増やしていくために、今はミーティングを重ねながらアイデアをどんどん出し合っています。
サッカー王国の復活
播戸 スポーツビジネスはこれから大きくなる可能性を含んでいると思います。山室さんが考える野球、サッカーを含めてスポーツビジネスの世界に必要される人材とは。
山室 会社のためになることと自分のやりたいことを一致させ、自発的に動いて、どんどんチャレンジする人ですね。基本的にスポーツビジネスの世界に来る人は、新しいこととか、面白いことをやろうという意欲的な人が向いていると思うんです。
「チャレンジ」というワードを強調した山室さん。自身も野球、サッカーともに経験はなく、“門外漢”の立場で社長に就任したからこそ、フラットな目線で経営に向き合えていると話す[写真]清水真央
播戸 人材の採用をする際、実際にそういう人が来られますか。
山室 まだまだ少ないですね。応募される人の中には、ファン気質で来る人も多いんです。「こんなことをやりたい」はあっても、それはクラブのため、サポーターのためになるのか? その手段は? そのリターンは? という肝心の部分が抜けている人が多いんです。それを落とし込んだ上でプランを提案できる人じゃないと失敗します。指示待ちの人もしかりで、スポーツの世界ではうまくいかない。なんでもチャレンジしてやろうという強い意志を持つことが大事ですし、そういう人たちにスポーツビジネスに関わってほしいですね。
播戸 Jリーグは、プロ野球と違って制約がある中で、全体の規模も野球に比べると小さい。そういう中でクラブを経営していく面白さは、どういうところにあるのでしょうか。
山室 私は利益だけを追求しようとは思っていないんです。スポーツビジネスで自立するには、極端にいえば赤字でなければいいんです。だから利益は全部強化費に回したい。そういう点からいうとサッカークラブの経営の面白さは、10万円などミニマムの黒字を確保して最強のチームをつくるということですね。
播戸 エスパルスは昨年(2021年)も残留争いに陥るなど低迷が続いています。これから山室さんが考えるチームのビジョンはどういうものなのでしょうか。
2022年までJリーグ特任理事を務めた播戸さん。リーグ、クラブの発展を願う立場として、古豪エスパルスの動向に注目する[写真]清水真央
山室 昨年も残留争いになったんですが、FC東京戦(2021年11月3日・J1第34節)の前に納得いかなくて「このままでいいのか、自分の夢のために戦え」とゲキを飛ばしたんです。結果的になんとか残留はできたのですが、清水はそんな残留争いをするチームじゃないと思うんですよ。私たちがこれからすべきことは、サッカー王国、静岡・清水の復活です。
最近は伝統ばかり強調されて強くないですが、サッカー王国ならば強さをしっかりと取り戻さないといけない。正直、今はまだ苦しい状況ですが、トップの私が10位でいいとか、優勝をあきらめたらダメだと思うんです。タイトルを取れるチームにして、「静岡といえばエスパルス」というブランドをしっかりと確立していきたいですね。
播戸 そのプロセスの中で山室さんが果たす役割は、どういうことになりますか。
山室 元銀行員でサッカーの素人の私が、選手の評価や強化に口を出してしまうと「社長の言うとおり」と周囲が忖度して、本当の評価がゆがんでしまう可能性があります。自分がすべきことは、スポーツビジネスとして自立した会社経営を実現すること。その中で、中長期的なスタジアム構想やエスパルスのブランド強化など、ビジネスサイドで力を発揮していきたいと思っています。そうしてタイトルを取れるチームにするのが私の夢です。
播戸 山室さんのお話を聞いていると、エスパルスが今後、どう変化し、強くなっていくのか、すごく楽しみです。ぼく自身、クラブ経営に興味を持っているので、そういう面でもすごくためになるお話でした。今日は、ありがとうございました!
日本サッカー界のレジェンド・播戸さんが、“プロ経営者”・山室さんにインタビューし、スポーツビジネスの内側に迫った本対談。サッカー王国の復活に向けてチャレンジは続いていく[写真]清水真央
text:佐藤俊
photo:清水真央
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










