パナソニック スポーツが描く「企業とスポーツ」の新たなシナジー
ゲスト:久保田 剛さん × ナビゲーター:加地 亮さん
パナソニック スポーツ株式会社 代表取締役 社長執行役員(CEO)
スポーツ業界で活躍する「人」を通じて、“スポーツ業界の今とこれから”を考える対談企画『SPORT LIGHTクロストーク』。サッカー元日本代表・加地亮さんがナビゲーターとなる今回のゲストは、パナソニック スポーツ株式会社代表取締役の久保田剛さん。長年にわたりスポーツ業界で活躍してきた久保田さんのキャリアの話や、パナソニック スポーツがスポーツマネジメント事業を通じて目指す姿など、たっぷりと語っていただきました。
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パナソニック スポーツは、事業化されているガンバ大阪(サッカー)、埼玉パナソニックワイルドナイツ(ラグビー)、パナソニック パンサーズ(男子バレーボール)に加え、パナソニック野球部、パナソニック エンジェルス(女子陸上競技部)の強化・運営を行っている[写真提供]パナソニック スポーツ
スポーツ業界との出会い
加地 今回は『スポーツ×はたらく』をテーマに、久保田さんご自身のキャリアに触れつつ、パナソニック スポーツ株式会社の事業についてもお話を聞かせていただければと思います。スポーツ界でさまざまな仕事を経験されてきた久保田さんですが、学生時代は何かご自身もスポーツをされていたのですか?
久保田 いえ、何もしていません。これだけスポーツに関わりのある仕事をしてきたので意外に思われることも多いのですが、実は私自身のスポーツとの関わりはビジネスだけなんです。
加地 では、どういった経緯でスポーツの世界に入ってこられたのでしょうか。
久保田 大学在学中からスポーツ関連のアルバイトをしていたことがスポーツ界に興味を抱くきっかけでした。当時、フジテレビがゴールデンウィークを活用して、毎年、『国際スポーツフェア』という大々的なスポーツイベントを開催していたんです。バレーボールやサッカー、F1など、ありとあらゆるスポーツをまとめたお祭りみたいなイベントでした。そこでアルバイトをした経験によってスポーツの面白さに惹かれると同時に、テレビの仕事に興味を持ったので、卒業後はテレビ番組の制作会社に就職したんです。ですが、結果的には「やっぱりスポーツの仕事をしたい」と思い直し、株式会社NTTアドに転職し、主にスポーツイベントに携わるようになりました。
久保田さんはパナソニック入社以前、Jリーグ・大宮アルディージャの取締役事業本部長として約9年間にわたって経営に携わった[写真]フォトレイド
加地 以来、スポーツの魅力に取りつかれたと?
久保田 そうですね。もともとお祭り好きな性格もあって、スポーツが性に合っていたんだと思います。アスリートの皆さんにも魅力を感じますし、単純にスポーツに関わること自体がすごく楽しい。スポーツって国や場所に関係なく人をドキドキ、ワクワクさせるものじゃないですか? 実際、私もこれまで仕事を通していろんな場所を訪れましたが、どんな場所に行っても、サッカーボールを蹴っている人がいる。そうした光景を見ると、やっぱりスポーツってすごいなって思います。それに勝敗によって喜びを爆発させたり、ときに人目をはばからずに涙したり…感情の共有によって人と人を結びつけたり、動かす力を持っているコンテンツってそうあるものじゃない。それに惹かれ続けて今に至ります。
加地 御社のHPや会社案内の表紙に書かれてある「スポーツと生きていく。スポーツで生きていく。」というキャッチフレーズは、まさに久保田さんの人生そのものですね!
「スポーツと生きていく。スポーツで生きていく。」のキャッチフレーズにはパナソニック スポーツの姿勢が表されているという[写真]フォトレイド
久保田 確かに遠からずですが(笑)、このキャッチフレーズは弊社の一番根っこにある覚悟を言葉に変えたものです。この流れで少し弊社について紹介させていただこうと思いますが、そもそも、加地さんは「パナソニックって何の会社ですか?」と聞かれたらどう答えられますか?
加地 家電の会社、ですね。
久保田 まさに、ほとんどの方がそう答えられると思います。それに対し、われわれが今年(2022年)4月に設立したパナソニック スポーツ株式会社は、その名のとおりスポーツの会社で、「本気でスポーツに向き合い、スポーツの持続的な発展にコミットする」ことを理念としています。もっとも、だからといってパナソニックがこれまでスポーツと縁遠い会社だったのかといえばそうではありません。
加地 ぼくが所属していたガンバ大阪もパナソニックさんにお世話になっていますし、前身は松下電器サッカー部だと考えても、ぼくの中では長くスポーツと深く関わってこられた印象もあります。
加地さんは現役時代、ガンバ大阪の選手として8年半にわたって活躍した[写真]フォトレイド
久保田 そうなんです。つまり弊社の設立は今年の4月ですが、われわれの源流はそこにあります。パナソニックとスポーツとの関わりは、創業者の松下幸之助が、社内のみんなを元気づけるための福利厚生の一環として、また一体感醸成のために親睦会を結成したころから始まります。
そして1950年、社員の士気向上と社名を高めることも必要と、「スポーツ奨励の件」という通達を出し野球部を創部したことから本格化していきました。翌年には男子バレーボール部を、1980年にはサッカー部を創部。他にもいくつかの競技チームをおこしました。つまり、パナソニックは総合電機メーカーでありながら、70年もの長い間、スポーツと深い関わりを持ってきたことになります。
久保田 もっとも、すべての活動がうまくいったわけではなく、バスケットボールや女子卓球、女子バドミントン、女子サッカーのチームは会社の業績が悪化した時期に廃部にせざるを得ず、悔しい挫折を味わったこともあります。そうした経験を活かし、かつ時代の流れとともに企業がスポーツに求める役割も変化してきた中で、われわれも「企業スポーツ」というイメージから脱却し「スポーツ企業」として、本気でスポーツに向き合っていこうと弊社を設立する運びに至りました。
パナソニックとスポーツの関わりは、創業2年後の1920年に結成した社員の親睦会から始まった。写真は1934年、野球大会で優勝したチームと松下幸之助氏(2列目中央)の記念写真[写真提供]パナソニック スポーツ
「企業スポーツ」の進化に挑む
加地 「企業スポーツ」と聞くと、ぼく自身は社内の福利厚生の一環とか、会社のイメージアップのための広告塔といったイメージがあります。ですが、ぼくが所属したガンバを含め、パナソニックさんが支援するクラブ、チーム規模を考えると、もはや福利厚生とか、企業スポーツの域はゆうに超えている気もします。
久保田 おっしゃるとおりです。昔も今も日本のスポーツが企業に支えられてきたことは紛れもない事実で、だからこそ日本のスポーツ文化が発展してきたところも大いにある。Jリーグやラグビーなどプロリーグの発足とともにさまざまな発展、進化を遂げてきたことは間違いないですが、今も日本のスポーツの大半は企業に支えられなければ成立しないというのが現実だと思います。もっとも、私自身はそのことを決して悪いとは思っていません。裏を返せば、われわれ企業もスポーツの持つ力を変わらずに信じてきたから、この形態が崩れずにスポーツが発展してきたとも言えます。
久保田 私はスポーツが、心身の健康を育むだけではなく、見る人に驚きと感動を与え、ときには生きる力を奮い立たせるといった想像以上の可能性を秘めたコンテンツだと信じて疑いません。であればこそ、弊社もスポーツの可能性を信じ、スポーツに真正面から向き合いながら、チームの事業化を軸としたスポーツを中心とした街づくり、教育支援、パナソニックの技術との連携など、さまざまな取り組みによってスポーツの価値を高めていくことに尽力していきたいと思っています。
加地 現在、御社が事業化しているチームはいくつあるんですか?
久保田 まずはサッカーのガンバ大阪。プロ化して30年の歴史があります。ここに、ラグビーの埼玉パナソニックワイルドナイツ、バレーボールのパナソニック パンサーズの事業化を目論んでいます。事業化を指定するチームとして3つという考えです。
久保田 ガンバは加地さんがいらっしゃった時代にも数々のタイトルを獲得したJリーグきってのビッグクラブですし、先日、リーグワンの初代王者に輝いたワイルドナイツは、元オーストラリア代表監督で、ラグビー界では名の知れたロビー・ディーンズ監督のもと、ラグビーワールドカップで人気を博した稲垣啓太選手や堀江翔太選手ら、個性豊かなトップクラスの選手が顔をそろえています。日本代表候補選手が12名も在籍しているのも目を引くところではないでしょうか。
また、昨年の東京五輪で、フランスを金メダルに導いた元フランス代表監督、ティリ・ロラン監督がパナソニック パンサーズを率いており、人気の清水邦広選手をはじめ、キャプテンの山内晶大選手ら日本代表候補選手が5名以上在籍しています。
リーグワン初代王者となったワイルドナイツと、V.LEAGUE初代王者のパンサーズ[写真提供]パナソニック スポーツ
加地 ガンバは近年こそ少し元気がないですが、ワイルドナイツ、パンサーズの2チームは、各競技の先頭を走る強豪チームだということも目を引きます。
久保田 ありがとうございます。その事実も弊社の「価値」だと考えています。またこの3チーム以外にも、われわれの親会社にあたるパナソニックホールディングスからの業務委託という形で、パナソニック野球部やパナソニック女子陸上部を運営しています。こうしたチーム運営やマネジメントに関しても、70年という歴史で培ったノウハウがありますので、それを武器により突き詰めていきたいと思っていますし、今後はeスポーツやBMX、スケートボードといったアーバンスポーツへの事業拡大も視野に入れています。
また、スポーツ文化を根付かせるには、スポーツへの直接的な関わりだけではなく、スポーツを通じた次世代育成、スポーツ関連の産学連携、地元企業や地方行政機関とのコラボレーションも不可欠だと思いますので、地域活性化を目的とした社会貢献活動も推進していきたいと考えています。
加地 本社は東京ですが、主要拠点は他に熊谷、大泉、横浜、門真、枚方、吹田と多岐にわたります。それぞれ先に名前が挙がったチームのホームタウンだと思いますが、拠点が1つに絞られていないのも新しいですね!
久保田 将来的に各リーグや協会とも多角的にビジネスを展開したいという考えから本社は東京に置いていますが、おっしゃる通り、拠点を1つに絞っていないのはすごく珍しいことだと思います。総合型スポーツクラブの場合、活動拠点を1カ所にすることがほとんどですが、われわれはそれぞれの地域の特性に合わせて、それぞれの地域で大切にされ、愛され、支えられて、輝くことを目指しているため、拠点を1つに絞る必要はないと考えています。これは「スポーツで繋がるコミュニティをつくり、人々に生きる喜びと感動、勇気に満ち溢れた暮らしを提供する」というわれわれに課せられたミッションともリンクしている考え方です。
「各チームがそれぞれのホームタウンで地域と連携・交流していく状態を目指したい」と語った[写真]フォトレイド
スポーツの街づくりを目指して
加地 事業化に指定されている3チームについて今後、始めようとしている、あるいはすでに始めている新たな取り組みはありますか?
久保田 それぞれの競技でいろんな試みを始めています。例えばワイルドナイツなら、ホームスタジアム・熊谷ラグビー場の横にあるクラブハウスと練習場の目の前の宿泊施設に泊まれば、選手が練習している姿を部屋から楽しめる、というのも一つです。
加地 アメリカのメジャーリーグみたいですね!
久保田 ワイルドナイツの飯島均GMは「ラグビー界の旭山動物園だ」と表現しています。まさに行動展示ですよね(笑)。もちろん、サインプレーなど公開できないものは室内練習場で行いますが、それ以外は広く公開することでラグビーの面白さやチーム、選手の魅力を知ってもらう機会になりますし、選手のいい刺激にもなっているようです。また、熊谷ラグビー場のある熊谷スポーツ文化公園は、陸上競技場やドームなど、いろんなスポーツができる環境が整っていますので、それもうまく活用しながら、ゆくゆくは“スポーツの街”をつくり、その中心にワイルドナイツがあるという絵を描いています。
それ以外にも、バレーボールは新しいアリーナのあり方を検討しており、行政や地域にある大学、医療施設などとも連携して、パンサーズを中心にわれわれのノウハウが活きる街づくりに取り組んでいきたいと考えています。
ワイルドナイツは2021年にホームタウンを群馬県太田市から埼玉県熊谷市に移転。地域との積極連携により熊谷は「ラグビーの街」としての認知が高まっているという[写真]フォトレイド
加地 まさに「スポーツで繋がるコミュニティ」ですね! ガンバは以前から、パナソニックさんには集客やマーケティングの面でサポートいただいていましたが、ほかに新たな動きもあったりしますか?
久保田 もちろんです。5年後、10年後を見据えて、過去に何度も議題に上がってきたアクセスや交通渋滞の緩和にも取り組んでいかなければいけないと思っていますし、アジアなど海外との連携や、テクノロジーを活かしたスタジアム演出なども多角的に展開していきたいと考えています。
加地 今回、取材にお邪魔するまで、失礼ながらぼく自身は「ガンバの親会社がパナソニック スポーツに替わったことで何が変わるんや? 同じパナソニックじゃないの?」と思っていたんです。ですが久保田さんのお話をお伺いして、ガンバをはじめとする各チームの発展に期待が膨らみましたし、今後の進化がすごく楽しみになりました。ちなみにパナソニック スポーツとしての終着点というか、理想形はどんなふうに描かれているのでしょうか。
今回の対談で「企業とスポーツの関係性の見え方が大きく変わった」と話した加地さん[写真]フォトレイド
久保田 モデルとして、フェンウェイスポーツグループ(FSG)がもっともイメージに近い存在です。FSGは、メジャーリーグのボストンレッドソックス、サッカーのリバプールFCといったチームを保有しながら、フェンウェイ・パークというスタジアムも保有している会社で、スポーツ周辺事業ではなく、スポーツそのものをコンテンツにしているという強みがあります。そこはわれわれにも通ずるところですし、そうして複数チームの親会社になることは、それぞれの競技を安定的にサポートできるというメリットもあると思うんです。
例えば、弊社が事業化している3チームも競技シーズンが違うため、年間を通して常にパナソニック スポーツのチームが活躍しているという構図ができますし、あるチームの成績が多少落ち込んでも、ほかのチームで補えるというように経営的な安定も見込めます。そこもわれわれの強みにしていきたいです。
加地 最後に、さまざまなスポーツ界を見てこられた久保田さんが考える、この業界の発展のために必要だと感じている人材像を教えてください。
久保田 スポーツビジネスに関する知識を持った人はだいぶ増えてきましたが、やっぱり最低限、ビジネスにおける当たり前の知識といいますか……数字が読めるとか、決算書を理解できる能力は必要だし、経営に携わるならマーケティングへの理解も必要だと思います。当然ながら、熱量もあったほうがいいですしね。
また、スポーツ業界は、それこそドリームジョブで、スポーツが好きな人はたくさんいらっしゃるんですが、逆にそこに頼りすぎてきた歴史もあって、新たな人材が増えていかないという課題もあります。そのためにも、われわれ企業が、もっとスポーツ業界自体を“飯が食える状態”にしていかなければいけない。そうなれば逆にこの世界で働く価値も上がり、スポーツの魅力をより広く発信していける体制が整っていくはずだし、必然的に人が増える可能性は大いにある。ひいてはそれがスポーツの発展にも直結していくんじゃないかと思っています。
加地 今後のスポーツ業界の活性化につながる動きを楽しみにしています。本日はありがとうございました!
「企業×スポーツ」によるスポーツビジネスの進化の可能性が感じられる対談となった[写真]フォトレイド
text:高村美砂
photo:フォトレイド
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










