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スポーツ界に、フェンシングから良いモデルを届けたい

米田 惠美さん

米田公認会計士事務所 代表/日本フェンシング協会常務理事/日本ハンドボールリーグ理事

スポーツ業界で活躍する著名な方をお招きし、“スポーツ×ビジネス”で成功する秘訣に迫る「SPORT LIGHT Academy」。2022年3月22日に行われた第24回のゲストは、日本フェンシング協会常務理事の米田恵美さん。

本業である公認会計士としてだけでなく、さまざまな領域で社会課題に向き合ってきた米田さんに、スポーツ界に身を投じることになったきっかけや日本フェンシング界の現状、フェンシングを「知らなかった」人だからこそ貢献できることなど、たっぷりと語ってもらった。

Index

    スポーツを「触媒」に、社会課題に向き合う

    長く日本フェンシング界の顔として活躍してきた太田雄貴氏が日本フェンシング協会会長を退任し、新会長にタレントの武井壮氏が就任したことはメディアでも大きな注目を集めた。しかし、組織改革を進める日本フェンシング協会にはもう一人の新たなキーパーソンがいる。太田前会長の誘いを受け、2021年に理事に就任した米田恵美さんがその人だ。

    公認会計士として監査法人に勤務した後、人材コンサルティング会社の共同創業、在宅診療所の立ち上げへの参加など、さまざまな角度から社会課題の解決へ向き合ってきた米田さんは、Jリーグの社外フェローとして初めてスポーツの世界に足を踏み入れた。理事を務めた2年間では、Jリーグ社会連携プロジェクト「シャレン!」(※)を立ち上げ、スポーツと地域社会の新しい関わり方を探るとともに、組織開発に従事した。

    監査法人から人材・組織開発、地域医療、そしてスポーツ界。一見すると、共通項のない多様な分野を歩んできたように思える米田さんのキャリアだが、そこには一貫して、社会課題に自ら向き合っていく姿勢がある。

    (※)「シャレン!」:社会課題や共通のテーマ(教育、ダイバーシティ、まちづくり、健康、世代間交流など)に、地域の人・企業や団体(営利・非営利問わず)・自治体・学校などとJリーグ・Jクラブが連携して、取り組む活動。(JリーグHPから引用)

    いくつもの活動を並行してキャリアを歩んできた米田さん。現在も日本フェンシング協会のほか、日本ハンドボールリーグでも理事を務めている[写真]本人提供

     

    「“女性が働きにくい”といわれる社会について、『なんでこういう社会構造なんだっけ?』と考えたことが、キャリアにおける最初の問いでした。社会構造を知ろうとしたとき、『お金の流れが分からないと、世の中の流れは分からない』と思ったことが、会計士を職業に選んだきっかけです。監査法人での仕事は充実していたものの、うまく機能していないと感じられる組織の多くが『人』の面で問題を抱えていることに気付きました。人に関わる領域で貢献できないと、役に立てないと感じ始め、人材コンサルティング会社を知人と立ち上げて、組織改革を手掛けてきました」

    「その傍らで、地域でのフィールドワークも行うようになりました。キャリアの原点で抱いた社会構造への疑問について、仕事を通じて頭では理解できるようになってきたものの、『実態は、やっぱり現場に行かないと分からない』という思いがあったためです。大きく捉えれば、女性の働く環境のベースを作っているのは、保育園への補助や医療などの社会保障システムだと考えられます。その辺りをちゃんと知ろうと思い、保育士資格を取ったり、在宅診療所の立ち上げに参加したりしました。そんな私の取り組みを知ったJリーグの前チェアマンである村井満さんから、『人材開発・組織開発と地域で得た知見を活かして、Jリーグの風土改革を手伝ってほしい』と誘いをいただいて、スポーツ界に関わることになりました」

    もともとスポーツ好きではあったものの、以前は「スポーツは、スポーツ好きの人のための産業」だと考えていたという米田さん。しかし、Jリーグに関わるようになって、社会と、人々の社会への関心を変える「変革の装置」にスポーツはなれるかもしれないと期待を抱くようになる。

    「スポーツ界に入って、たくさんの感動やエネルギーをもらう機会を得ました。Jリーグのホームタウン活動などに触れて、競技性やエンターテインメント性など華やかなイメージとは違う、スポーツの新たな一面に気付きました」

    米田さんが中心となって立ち上げた「シャレン!」では、感覚過敏などの症状が理由でスタジアムでの観戦が難しい発達障害の子どもたちに対して、センサリールーム(大きな音や周囲の視線を避けて観戦できる部屋)での観戦体験などにも触れてきた。後日、参加した子どもたちやその保護者からの手紙には、体験をきっかけに「翌日から病院通いがなくなった」「ウチの子はスポーツが嫌いだと思っていたけど、スポーツの楽しさを知って、部活に入ることを決めた」といった感謝の声が書かれていたそう。

    「スポーツに触れて人の人生が変わっていくことを知ったときに、スポーツ界が世の中に対してポジティブなアプローチをしている業界なのだと実感しました。社会課題に向き合ってきた私の活動の根底には、『世の中の無関心を変えたい』『オーナーシップのある社会を作りたい』という思いがありました。Jリーグに出会って、スポーツは社会課題と向き合う触媒として『変革の装置』になれるのではないか、と感じるようになりました」

    スポーツの秘めた可能性に魅了された米田さんが、Jリーグ理事の任期を終えて、次の活躍の舞台に選んだのがフェンシング協会だった。

    「持続可能な協会運営」をフェンシングから始める

    「理事になったのは、前会長の太田雄貴さんから声をかけられたことがきっかけでした。“キャリアはご縁”だと思っているので、ご縁は大切にしているんです。ただ、Jリーグの理事を退任してすぐに再びスポーツ界に関わることを決めた背景には、スポーツ界でやり残したことがある、という思いがありました。スポーツ界が抱える課題は、大小どんな組織であっても『ガバナンス』(健全な組織運営のための、組織自身による管理体制)に関するものだといわれています。一口にガバナンスといっても幅広いテーマがあるため、パラダイムシフトを起こすためには、一つのモデルを作り上げてスポーツ界に示すことが効果的だと考えました。その点、フェンシング協会は新しいモデルを最初に作るのに適した規模でした」

    フェンシングの存在は知っていても、試合を見たことがない人は多いのではないだろうか。米田さんはそんな人たちへ向けて、まずフェンシングという競技とフェンシング協会の現在地について説明してくれた。

    日本では太田雄貴氏の存在もあり、「フルーレ」がもっともポピュラーな種目だったが、近年は「エペ」「サーブル」の選手たちも目覚ましい活躍を見せている[写真]公益社団法人日本フェンシング協会

     

    「フェンシングには、『エペ』『フルーレ』『サーブル』の3つの種目があります。太田さんがやっていた種目がフルーレで、日本では一番浸透しています。一方、東京2020オリンピックでは、男子エペ団体が金メダルを取って注目を集めました」

    フェンシングには、剣での“突き”や“切り”を当てることで得点になる部分を定めた「有効面」、攻撃することで得点が加算されるターンを示す「攻撃権」といったルールが、種目ごとに定められている。3種目それぞれに見どころがあるが、エペは足先まで含めた全身が有効面となり、攻撃権のない明快なルールと、世界的な競技人口の多さから、「キング・オブ・フェンシング」と呼ばれる種目だ。男子エペ団体の快挙は、日本フェンシング界にとって大きな成果だったと、米田さんは語る。

    「2021年のワールドカップでも、吉田健人選手がサーブルでメダルを獲得するなど、日本フェンシング界全体の競技力は上がってきています。世界に目を向けると、母国といわれるフランスやイタリアなどが強く、アジアでは韓国が実業団リーグの発足によって底上げが進んでいます。韓国では、最近フェンシング選手が登場するドラマも放映されているそうです」

    現在、国内大会で唯一チケット販売を行う「全日本フェンシング選手権大会」の様子[写真]公益社団法人日本フェンシング協会

     

    「国内の登録競技人口は、コロナの影響もありますが少し減って4千~5千人程度。数百万人もの競技人口がいるサッカー界にいた身からすると最初は驚きました。『会費収入はどうしよう…これは、大変な仕事を引き受けてしまった』と、すぐに気付きました(笑)。フェンシング協会全体の収入は協賛金や会費収入、ふるさと納税などによる2億円程度の自主財源と、補助金を合わせ6億~7億円程度です」

    競技力が着実に伸びていく一方で、選手や競技環境を支えるフェンシング協会は、自主財源の確保を中心とする運営の面で課題を抱えていた。その課題意識が、現在のフェンシング協会の体制へとつながった。

    「武井壮さんが会長に就任したほか、理事にも業界外から多くのメンバーが入り、協会は今かなりフレッシュな状態です。前会長の太田さんは、フェンシング協会の財政的自立に向けたさまざまな改革をリードされてきました。次のステップとして、太田さんから伝えられたのは『属人的ではない、持続可能な運営体制にしてほしい』という要望でした。改革をするために作られた組織なので、しがらみもなく、いろいろな改革が進んでいます」

    スポーツ産業の財源といえば、まず観客収入が思い浮かぶが、実は現在チケットを販売して一般向けに公開しているフェンシングの試合は、「全日本フェンシング選手権大会」のみだという。競技人口の少なさや普及にかかるコストを考慮すると、協会が補助金に依存しない運営体制への移行を目指す上では、企業からの協賛金を集めることが最も重要なテーマとなる。

    スポーツと企業の理想的なパートナーシップを目指して

    持続可能な運営体制の実現へ向けて、現在フェンシング協会は「事業・マーケティング本部」メンバーを募集している。新しいスポンサーの獲得からマーケティングやPRまで幅広く手掛け、財政基盤の強化を担うポジションだ。法人営業や営業企画などの経験を持つ方が望ましいとしつつも、フェンシングに関する知識やスポーツ業界における経験は不問。米田さん自身も理事として声をかけられるまで、フェンシングのことはほとんど知らなかったそう。

    「もともとは、少しハイソな“騎士道”のスポーツといった印象を持っていました。最初は試合を見ても、どっちが剣を突いたのか見分けもつきませんでした。“どんな面白さがあるんだろう”と、まずは太田さんの本を買うところから始めましたね。ただ、私は分からないことにも価値があると思っているんです。協会の仕事では、まだフェンシングのことを知らない人に、フェンシングのことを好きになってもらう必要があります。自分自身がフェンシングという競技を好きになって、のめり込んでいくときの気持ちの変容が、フェンシングのファンを増やすプロセス設計のヒントになると考えています」

    スポンサー企業へ提案するものは、試合会場で掲示する看板のようなあらかじめ形式の決まった広告枠だけでなく、「アクティベーション」と呼ばれる、選手やクライアントとともに作り上げていくマーケティング施策まで幅広い。

    NTT西日本との遠隔観戦体験アクティベーションの様子。先進性のある競技イメージを活かして、いかに選手と企業双方にとって魅力的なプロモーションを行えるかが重要だ[写真]公益社団法人日本フェンシング協会

     

    メジャースポーツと違い、競技人口や視聴者数といった分かりやすい影響力を持たないフェンシングでは「企画力」がスポンサー獲得のカギを握る。目指すのは、選手たちの魅力を引き出すとともに、スポンサー企業の価値も高められるようなパートナーシップだと米田さんは話す。スポーツ界と聞くと、特別な世界をイメージするかもしれないが、そこで求められるのは普遍的なビジネスパーソンとしてのスキルだ。

    米田さんはビジネスパーソンとしての自身のキャリアに、スポーツ界でのキャリアが交わったことについてこう語る。

    「スポーツには財務価値だけでなく、ときには関わる人の人生を変えるような“非財務価値”と呼べる価値があると考えています。あえて会計士が、その非財務価値の大切さを伝えていくことを、私はある種の職業的使命感と重ねています」

    スポーツ界で活躍するチャンスは、自分自身の関心とスポーツ界の課題が重なり合ったところに、見つけ出せるのかもしれない。

    interview & text:川端優斗/dodaSPORTS編集部
    photo:本人提供

    ※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。

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