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「選手全員が副業」異色のプロチームでアイスホッケー界の課題に挑む

ゲスト:臼井 亮人さん × ナビゲーター:播戸 竜二さん

GRITSスポーツイノベーターズ株式会社 代表取締役CEO

スポーツ業界で活躍する「人」を通じて、“スポーツ業界の今とこれから”を考える対談企画『SPORT LIGHTクロストーク』。サッカー元日本代表・播戸竜二さんがナビゲーターとなる今回のゲストは、2019年、横浜にアイスホッケーのプロチーム『横浜GRITS(グリッツ)』を立ち上げた臼井亮人さん。競技と仕事を両立させる“デュアルキャリア”をチームに浸透させてきたリーダーに播戸さんがインタビューしました。

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    2019年に発足したアイスホッケーチーム・横浜GRITS。選手全員が仕事と競技活動を両立する「デュアルキャリア」制度を採用している[写真提供]横浜GRITS

    アイスホッケーとの出合い

    播戸 今日はアイスホッケーとの出合いから横浜GRITSを立ち上げた経緯、そしてデュアルキャリアのことなどいろいろと聞かせてもらえればと思います。臼井さんはアイスホッケーが盛んな北海道のご出身ですよね?

    臼井 札幌で生まれてその後、父の転勤で苫小牧に移りました。ちなみに、私は播戸さんと同学年の1980年2月生まれでして、中学のときには苫小牧にJリーグのチームが合宿などでよく来ていたので練習試合を見に行ったこともありました。

    播戸 ぼくたちが中学2年のときにJリーグがちょうど開幕しましたからね。でもぼくの記憶だとアイスホッケーの日本リーグもかなり盛り上がっていて、王子製紙や国土計画が強かったですよね。

    臼井 そうです、まさにその王子製紙のアイスホッケー部の本拠地が苫小牧でした。一番盛り上がっていたころは試合のチケットもなかなか取れなかったし、立ち見も出ていたほどでした。

    北海道・苫小牧で生まれ育ち、高校・大学ともにアイスホッケー部で主将も務めた臼井さん。学生時代はアイスホッケーに明け暮れたという[写真]野口知里

    播戸 臼井さんがアイスホッケーをやるのも自然な流れではあったんですね。

    臼井 学校が終わったらサッカーやろうぜ、野球やろうぜってなるじゃないですか。その感覚で苫小牧はアイスホッケーやろうぜって、当たり前で。

    播戸 そうなんですね。

    臼井 冬になると公園にリンクができて、苫小牧は体育の授業でもスケートをやっていたくらい。スキーよりも盛んでした。

    播戸 大学までアイスホッケーを続けたんですよね?

    臼井 そうです。慶応義塾大学でも部に入ってアイスホッケーを続けましたけど、将来どうしようかとは考えましたね。

    播戸 社会人になっても続けようか、それとも競技をやめて就職しようか、と。

    臼井 高校までは将来はアイスホッケーでメシを食おうって思っていたんですよ。でも大学に入って世の中もだんだんと見えるようになってきたら、アイスホッケーでメシを食うのは難しいんじゃないか、と。

    播戸 就職する道を選択されたわけですね。

    臼井 総合商社の伊藤忠商事に入社しました。いろんな業種、職種があり、勉強にもなりましたし、仕事自体は面白かった。ただ当時は明け方まで働くことも少なくなかったし、夜中の3時に上司が机に顔をうずめて寝ている姿を見て、40代、50代になった自分には無理だなと思って独立しようと思いましたね。

    播戸 退職して、すぐに起業を?

    臼井 いや、すぐに独立しようと思ったんですけど、やっぱりいろいろと難しいな、と思って一度ベンチャー企業に入りました。ベンチャーではどうやってビジネスが回っていくのかとかいろいろと勉強させてもらって、3年ほど経ってそこにいた人たちといっしょに起業したという形です。

    播戸 起業したいという思いは心のどこかにずっとあったんですか?

    臼井さんとは同学年の播戸さん。同じスポーツビジネスに携わる経営者の視点から、そのルーツをたどっていく[写真]野口知里

     

    臼井 それこそ子どものころの夢じゃないですけど、アイスホッケーの選手か、会社の社長か、どちらかになりたいと思っていました(笑)。

    播戸 起業してどんなビジネスをやろうと?

    臼井 当時はWebやアプリをつくれば、お客さんもいるだろうなと思ってまずその分野を。一つやりだすと、ほかのものもやりたくなって、その一つにアイスホッケーのチームがありました。

    播戸 プロのアイスホッケーチームを設立することになったきっかけを教えてください。

    臼井 5、6年前にたまたまアイスホッケーの関係者と食事をする機会があって「このままだと日本のアイスホッケーがダメになる」と聞いて、アイスホッケーに関わってみようと思ったのがきっかけです。

    デュアルキャリア導入の思い

    播戸 2019年5月に横浜GRITSを立ち上げます。そこで、選手が競技と仕事を両立するデュアルキャリアを導入されました。その背景について教えてください。

    臼井 もともと、私はアイスホッケーを続けたくても将来の不安から競技をやめたクチ。引退したら職がないって相当なリスクじゃないですか。だったら仕事もちゃんとやりつつ、プロのアイスホッケー選手としても活動できていれば、引退してからの不安というものがなくなる。それでGRITSをつくって、デュアルキャリアをやっていこう、と。

    2019年5月、横浜市を拠点に発足した横浜GRITS。選手はプロとして競技活動をしながら普段は企業で仕事をする「デュアルキャリア」を採用する異色のチームだ[写真提供]横浜GRITS

     

    播戸 昔、日本リーグが盛り上がっていたころは企業チームだから、選手は社員だったわけですよね。

    臼井 現役を引退してもそこで働けるという形でした。ただ、時代の流れで、契約社員のような形になって引退したら契約も終わりというようなケースもありました。

    播戸 廃部になるところも出てきましたよね。

    臼井 そうです。日本のアイスホッケー自体が盛り上がりに欠けるようになって、企業がチームを持つよりも違うところに目を向けるようになっていきましたよね。

    播戸 そのデュアルキャリアですが、選手たちはどのようなスケジュールになっているんですか?

    臼井 シーズン中は土、日が試合。月曜日はチームがオフなので、それぞれの勤務先でフルで働きます。火、水、木は朝に練習した後、それぞれ会社に行ったり、リモートで仕事をしたり。金曜日は(試合の)移動日になりますから、リモートで仕事をすることになります。朝一番の飛行機で現地に入って、そこでリモートで仕事をする選手もいますね。

    播戸 すごいスケジュール。しっかりと仕事をされているんですね。

    臼井 仕事できちんと結果を出していかないと周りの目も厳しくなっていきますから、選手たちに「仕事も結果を出していこう」という話はさせてもらっています。あるメーカーで働いている選手がいるんですが、彼は営業目標を毎月達成していて、会社でも高く評価されています。彼のような例が出てくると、将来、アイスホッケーの選手を続けたいという学生や子どもたちにも希望になると思うんです。自分もこういうふうにやればいいんじゃないかって。

    デュアルキャリア導入の背景には、臼井さん自身が選手時代に感じていた引退後、セカンドキャリアの不安を払拭する目的があると話す[写真]野口知里

     

    播戸 なるほど、よく分かります。選手がデュアルキャリアをやっていくにあたって、どういったメンタルが大事だと思いますか?

    臼井 先を見る、先を考えるということかなと思います。もちろん選手なのだから競技だけに集中するという考えはあると思います。ただ、デュアルキャリアをやっていくには、アイスホッケーを離れた後の危機感といいますか、そこを見ようとする選手のほうがやはりフィットする感じがありますね。

    播戸 続いて、チームの経営やアイスホッケー全体についても聞きたいと思います。横浜GRITSは「アジアリーグアイスホッケー」に加盟されていますが、どういった形で開催されているのでしょうか。

    臼井 2020-21年シーズンから参入を承認されて加盟しています。日本から5チーム、韓国から2チーム、ロシアから1チームの計8チームが参加して戦う予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で、2020-21年、2021-22年シーズンはいずれも国内5チームによる「アジアリーグ・ジャパンカップ」という形式で開催されています。

    播戸 参加チームやリーグのレギュレーションが変更になったとのことですが、ほかにもコロナ禍の影響はありましたか?

    臼井 参入したときに想定していたプランとはまったく違っているのが実態です。新型コロナウイルス感染対策による観客入場制限でチケット収入は頭打ちになりました。

    横浜GRITSが新規参入した2020-21年シーズンは新型コロナウイルスが猛威をふるい、試合の中止などアイスホッケー界全体に大きな影響を及ぼした[写真]野口知里

     

    播戸 全体の売り上げとしても厳しいですか?

    臼井 1年目はコロナ禍で試合が中止になったこともあり、売り上げとしては2年目のほうが上がっています。収益は主にスポンサー収入、チケット収入、スクール収入、グッズ収入。スクールやグッズで収入は上がっていますが、安泰とはいいがたいですね。

    播戸 スクールがあるとのことですが、GRITSは育成組織を持っているんですか?

    臼井 ほかのチームはジュニアを持っているところもありますが、うちは月3、4回くらいの単発でのスクール活動をやっています。

    播戸 どのようにビジネスを成り立たせていくか。そこが課題なんでしょうね。

    臼井 やはり企業といかにタイアップしていくかがポイントなのかなと考えています。広告宣伝費という形でお願いするのではなく、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資、SDGsで企業といっしょにやっていければいいですよね。

    播戸 ぼくもJFA(日本サッカー協会)のSDGs推進チームメンバーとして活動していますが、スポーツと企業がいかにタッグを組んでやれるかが大事だと思っています。

    臼井 本当にそうですね。スポーツチームも企業も両方うまくいく状態を実現しなければならない。そこを今、考えているところです。

    スポーツ間の連携を目指す

    播戸 臼井さんから見た、アイスホッケー界全体の課題とはなんでしょうか。

    臼井 まず、今メディアにもほとんど取り上げられることがないように、アイスホッケーの競技としての認知度は課題のひとつ。認知度を上げていくためには、業界全体でスピード感を持ってアクションを起こしていく必要があると考えています。それから、今はアジアリーグという形ですが、国内リーグを組織できたほうが盛り上げていけると個人的には思っています。認知度の向上とリーグ再編が日本アイスホッケー界の課題だと考えています。

    播戸 そのためにはGRITS自体の認知度を上げていかなければならないと思うんですが、今はどのような活動を?

    臼井 地域密着活動ですね。選手が横浜市内の小学校や児童施設を訪問したり、子どもたちを試合に招待したり。まだ2年目なので徐々にではありますが、一足飛びには無理なので地道にやっていくしかないと思っています。ただ1年目より2年目のほうが広がりを持って活動できています。

    播戸 GRITSの拠点となる横浜はスポーツが盛んな地域ですが、ほかのスポーツとの連携はどうでしょうか?

    臼井 横浜市が2020年に立ち上げた「横浜スポーツパートナーズ」に加盟しています。横浜DeNAベイスターズや横浜F・マリノスなど横浜市に本拠地を持つ13のトップスポーツチームが加盟していて、みんなで協力して地域活性化を進めていこうという取り組みです。それぞれ比較的近い場所でホームゲームをやっていますから、例えばバスケやサッカーを見た人が、次はアイスホッケーを見るとか、ゆくゆくはそういうスポーツの一日ツアーなんかやれたら面白いだろうなと思っています。

    地域密着を重視し、地域との交流やファンサービスを積極的に展開する横浜GRITS。今後は横浜のスポーツチームと連携した取り組みにもチャレンジしたいという[写真]野口知里

     

    播戸 Jリーグのサッカークラブでいえば、ある程度認知度もあるし、フットワークも軽い気がします。いっしょにできることがあるように思うんですけどね。

    臼井 ホームリンク(コーセー新横浜スケートセンター)が日産スタジアムの近くなので、横浜F・マリノスさんともお近づきになりたいですね。

    播戸 GRITSを運営しているメンバーは今、何人くらい?

    臼井 12人います。スポーツが好きで、GRITSをなんとかしたいというモチベーションを持っている人たちが集まってくれています。

    播戸 GRITSで働くには、どんなスキルがあったほうがいいんですかね?

    臼井 いや、もうガッツさえあれば(笑)。スキルという点であえて言えば、コミュニケーションスキルですかね。

    播戸 今はコロナ禍の厳しいときではありますが、GRITSをこれからどうしていきたいかなど、その思いを聞かせてください。

    臼井 デュアルキャリアはチームに浸透しつつあって、外部からの評価もいただいています。そこをしっかりと継続しつつ、どんどんと発信もしていきたい。アイスホッケーのようなマイナースポーツはデュアルキャリアがひとつのヒントになると思いますし、ほかのスポーツにも横展開できるような取り組みができれば、スポーツ界全体を盛り上げられるんじゃないかなとも思っています。

    播戸 さきほど、選手がデュアルキャリアで営業目標を毎月達成して会社の評価を得ているという話がありました。これが広がっていけば、もっと外からの見え方も変わっていくんじゃないですかね。

    臼井 選手が仕事でも頑張っていると、その会社から20人、30人と応援に来てくれるんですよ。自分もうれしいし、もっと広がっていってほしいですね。

    播戸 かなり楽しみですね。デュアルキャリアって結局、社会のためでもあると思うんですよね。ぼくもこれから横浜GRITSをしっかり注目していきたいと思っています!

    横浜GRITSのデュアルキャリアを「アイスホッケーだけでなく、ほかのマイナースポーツのモデルにしていきたい」と語る臼井さん。スポーツ・アスリートの新しい在り方を体現する挑戦は続く[写真]野口知里

    text:二宮寿朗
    photo:野口知里

    ※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。

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