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内村航平は引退後も初志を貫く「体操の面白さを届けたい」

ゲスト:内村 航平さん × ナビゲーター:播戸 竜二さん

元体操日本代表

スポーツ業界で活躍する「人」を通じて、“スポーツ業界の今とこれから”を考える対談企画『SPORT LIGHTクロストーク』。サッカー元日本代表・播戸竜二さんがナビゲーターとなる今回のゲストは、2022年3月12日の引退試合を最後に現役生活に幕を下ろした、元プロ体操競技選手の内村航平さん。

内村さんはこれまでオリンピック4大会に出場し、個人総合2連覇を含む7個のメダル(金メダル3、銀メダル4)を獲得。世界体操競技選手権でも個人総合での世界最多の6連覇を含む21個のメダル(金メダル10、銀メダル6、銅メダル5)を獲得し、国内大会ではNHK杯個人総合10連覇、全日本選手権個人総合でも10連覇を果たすなど、世界から「史上最高の体操選手」と称されたレジェンド。

2022年に惜しまれつつ現役を引退した内村さんに、引退直後の胸中や、競技人生を経て今後チャレンジしようとしていることなど、同じ元プロアスリートの視点で播戸さんがインタビューしました。

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    2022年3月12日、現役最後の舞台となったイベント『KOHEI UCHIMURA THE FINAL』が行われ、その偉大な足跡に終止符を打った[写真]2021年世界体操競技選手権 Getty Images/Toru Hanai

    日本体操界初「プロ」転向の理由

    播戸 (2022年)1月の引退発表後、3月12日に引退イベント『KOHEI UCHIMURA THE FINAL』が開催されました。まずは30年の現役生活、お疲れさまでした。まだ1週間も経っていませんが、率直に、今はどんな心境ですか?

    内村 正直、大きな気持ちの変化はなく……引退イベントで6種目をやったことで意外と体の状態が良くなって、動きが良くなったんじゃないか、くらいの感覚でいます(笑)。

    播戸 現役最後の舞台に込み上げるものもありましたか?

    内村 いえ、意外となかったです。ぼくを泣かせたいのかな、みたいな演出はいくつかあったんですけど(笑)、自分が全部仕切らなくちゃいけないこともあって、意外と俯瞰して見ていました。実際、自分が演技をしていないときは、お客さんが楽しんでくれているのか、こういう演出をどう思っているのか、などが気になって……。結果的に、イベントが終わっていろんな方に話を伺いましたが、「面白かった」と言ってくださる方が多かったのはすごくうれしかったですし、逆に今後、こうしたイベントを継続していく上での課題が見えたりもして、自分にとってすごくいい時間になりました。

    引退後も変わらず週5日の練習を続けているという内村さん。30年の現役生活を終えても「実感はあまりない」と話す[写真]中野賢太

     

    播戸 4年に1度のオリンピックを目標に定めて戦ってこられた中で、いつか現役生活に終わりがくるということは頭のどこかで考えていたのでしょうか。

    内村 いえ、現役中はとにかく目の前のことをガムシャラに、ということしか考えていなかったです。強いて挙げるなら2016年のリオ五輪の後くらいに「次の東京五輪で終わりかな」とは思うようになりました。

    播戸 リオ五輪では個人総合と団体の両方で金メダルを獲得されましたが、次の開催地が東京だったこともご自身を駆り立てたのでしょうか。

    内村 間違いないです。正直、リオ五輪が終わったときは、やり切った感もあって「ああ、もう体操はいいかな」ってチラッと思った自分もいたんです。なので、正直、次が東京でなければそこで終わっていたと思います。もちろん、年齢的にもリオ五輪のときは27歳で、ギリギリ4年後もいけるんじゃないか、というのもありました。

    播戸 個人と団体では、喜びや感動の大きさは違うものですか?

    内村 正直、ぼくは団体のほうが喜びが大きいです。個人総合なら、自分のミスは自分にしか跳ね返ってこないですけど、団体だと、自分のミスがチームとしての点数や結果に影響してしまいますから。また、みんなでやり切ったときの達成感も団体のほうが大きい気がします。ぼくの場合、散々、個人で優勝してきたから、というのもあるかもしれないですけど。

    播戸 それを言える人はなかなかいない!

    内村 実際、ぼくは個人総合では世界で8連覇をしているんですが、団体で優勝したのって2015年の世界体操選手権大会(グラスゴー)と2016年のリオ五輪の2回だけなんです。そのことも団体で優勝するのがいかに難しいかを示していると思います。

    2016年リオ五輪ではキャプテンとして日本代表チームを牽引し、団体総合で悲願の金メダルを獲得。個人総合2連覇の偉業も「個人より団体のほうが喜びは大きい」と語る[写真]Getty Images/Alex Livesey

     

    播戸 一人の結果がいいだけでは勝てないというか、チーム全体として底上げができないと優勝には手が届かない、と。

    内村 そうなんです。みんなが同じところを見て、同じ意識で進んでいかなければ勝つことはできない。そのことをぼく自身も過去の経験で感じ取っていたからこそ、リオ五輪ではぼく自身もキャプテンとして、みんなにしっかり歩み寄って同じ意識で進んでいけたし、それが結果にもつながったんじゃないかと思います。

    播戸 リオ五輪の2016年には所属企業を退社し、プロに転向されました。日本体操界では前例のない新たなチャレンジでしたが、そこにはどんな思いがあったのでしょうか。

    内村 ぼく自身、選手としてこれだけ世界で結果を残してきてもなお、体操が、サッカーや野球のように認知されないことに危機感を覚えたというか。実際、4年に1度の五輪くらいしか注目されないし、影響力もないな、と。それを肌身で感じたことで、プロになっていろんな普及活動などに取り組みながら結果を残していけば、少しは体操の認知度や見られ方が変わるんじゃないかと考えました。

    また、後輩たちのためにプロという新しい道があるんだよということを示したかったのもあります。ただ、体操の世界には当然ながら体操の関係者しかいませんからね。認知度を上げたくても、いまひとつやり方が分からないな、と。それもあってプロ転向を機に、あえてプロサッカー選手がたくさん所属するマネジメント事務所に籍を置いて、成功している違うスポーツの世界からノウハウを学ぼうと考えました。

    播戸 違う視点から体操界を見るということだと思いますが、前例がないことへのチャレンジに怖さはなかったですか?

    18歳でガンバ大阪の練習生として加入し、アマチュアからプロ契約をつかみ取った過去を持つ播戸さん。プロの重みや責任を知り尽くしている[写真]中野賢太

     

    内村 怖さより「やってみたい!」という気持ちが勝っていました。基本的にぼくは何をするのも、自分に変な自信があるのかあまり後先を考えないんです。実際、高校生になるにあたって東京に行くと決めたときも、「行きたい!」という一心で、うまくいかなかったらどうしようなんて一切考えなかったですしね。そんなふうに進んできた体操人生だったと考えても、これも自分の持ち味のひとつなのかなと思っています。

    播戸 結果的にプロになってみてどうでしたか?

    内村 正直、思っていたより大変でした(笑)。プロになったときは体操の普及活動などもやっていきたいと思っていたんですが、いろんな課題が多すぎて……「これはすごいものを背負ってしまったな」と思った時期もありました。ただ、自分がやろう、やりたいと思って選んだ道だからこそ最後までやり切ろうという責任感はあったし、そういった活動を競技の言い訳にしたくないという考えを最後まで貫けたのは良かったと思っています。

    体の“感覚”を言語化する

    播戸 冒頭で少し触れられていましたが、今後の活動について描いていることがあれば教えてください。

    内村 まず、引退はしますが、今後も基本的にはこれまでどおり、週5日の練習を続けていこうと思っています。ただ、休みの日は……これまでは体操のために体を休めることを徹底してきましたが、今後は試合に出ることはなくなるので、もう少しうまく活用して動きたいと思っています。

    播戸 ご自身の体を使って動作解析などをしたいと考えているという話を記事で読みました。引退後もこれまでどおりに体を動かすのはそのためですか?

    内村 そうです。これはもう研究に近い感じですね。体操が体にいいということは、子どものころから誰の頭にもなんとなく刷り込まれていると思うんです。ただ、なぜいいのか、が明確になっていない。その部分を数字として示すことができれば、子どもからご高齢の方まで幅広く楽しんでもらえるようになって、認知度も上がるんじゃないか、と。

    また競技者にとっても、例えば、感覚的に覚えている動作や技がデータ解析やアプリなんかで一目で分かるようになれば、もっと競技全体の質も向上すると思うんです。そのあたりも、実際に自分の体を使って計測し、明らかにしていきたいと思っています。

    幼いころから自分の体の感覚を「他人に理解されなかった」と話す内村さん。動きをデータで分析することで感覚を言語化していきたいと語る[写真]中野賢太

     

    播戸 内村さんは着地にすごくこだわっていらっしゃいましたが、例えば、その際に体のどこに力を入れているか、膝の角度はどうか、お尻の筋力はどうなっているのか、などを計測するということですか?

    内村 そうです。要するに自分の体の動きの、自分にしか分からないような感覚というか、言語化できない部分を数字で示してもらうことで「なるほど、こういうことだったのか!」みたいに分かるようになればいいな、と。それによって、これまでは常識だと思っていたことが実は意外とそうでもなかった、とか、これまでやっていた動きがもっと簡単な方法でできた、なんてことが明らかになるかもしれないですしね。

    例えば、昨年6月に引退した白井健三くんが床運動のときにどのくらいの強さで床を蹴っていたのかが分かれば「この筋力を鍛えれば、同じように強く蹴れるようになるかも」って考えに行き着くかもしれない。

    播戸 面白い! 今の時代はどのスポーツもITを使った分析や解析が進んでいますしね。それによって、内村さんにしか見えていなかった景色が見える選手も出てくるかもしれませんね。

    内村 もちろん、人それぞれ体が違うので、完全なコピーとはいかなくても、違う動作を意識することで同じ技ができるようになるかもしれません。ぼくは体操って才能とかではなく、確固たる技術で成り立っている競技だと思うんです。こう体を動かせば、こうなる、と言語化できる理由が必ずある。だからこそ、果てしなく長い旅になりそうですが、研究する価値はあるんじゃないか、と思っています。

    もっとも、これはあくまで競技者向けの話で、一般人向けとしては……やっぱり先ほどもお話しした、単純に「体操は体にいいスポーツ」だということをしっかり伝えていきたい。それによって、年齢を問わずにいろんな人に楽しんでもらえるスポーツになるのが理想だし、ゆくゆくは、ハンマー投げの室伏広治さんがプロ野球の臨時コーチをされたように、体操がほかの競技にも影響を与えるというか「体操のこの動きは取り入れられるんじゃないか」ってことが増えていけばうれしいです。

    国内外の大会において9年間で個人総合40連勝を果たすなど、前人未到の記録を打ち立ててきた内村さんだが、「体操は才能ではなく技術」と断言。「体操の技術はほかの競技にも活かせるはず」と語った[写真]中野賢太

    体操の面白さを届けたい

    播戸 サッカーでもオーバーヘッドキックやボレーシュートのようなアクロバティックな動作はあるし、ジャンプの踏み込みなどで体操を活用できることもあるかもしれない。実際、ぼくも小学生のころに少しの期間だけ器械体操クラブに入っていたんですけど、その中で自然に体の使い方などを覚えたことが、サッカーにも活かされましたしね。そう考えても、いろんなスポーツに体操の動作を活かせる気がします!

    内村 そうなんです。実際、小学校の体育の授業などで跳び箱やマット運動、鉄棒など「体操」が取り入れられているのもそういうことだと思うんです。ただ、そうやって誰もが触れる機会があったにもかかわらず、なぜかフェードアウトしていってしまう。これは競技者であるぼくらが難しいことをやりすぎているからかもしれないですけど(笑)、実は体操ってそんなに難しいものではなくて、誰にとっても意外と身近なものだと思うんです。

    それに、先ほども言ったように体操は感覚でするものではなく「自分で考えて、動作として理解して、それを体で表現するスポーツ」ですから。つまり頭と体がしっかりつながっていなければ成立しない。その「考えて行動していく」ことって体操に限らず、ほかのスポーツや勉強などにもつなげて考えられる部分でもあると思っています。残念ながら、ぼく自身は体操特化型で勉強にはなかなか落とし込めなかったですけど(笑)。

    播戸 体操の面白さを伝える方法として、こんなことをしてみたい、という具体的なイメージはありますか?

    内村 まず、体操の試合って正直、見ていて面白くないんです(笑)。だからぼくも体操の試合をお客さんとして見るのはあまり好きじゃない。そこをもうちょっと面白くしたいっていうのは……引退イベントを通じてより強く感じた部分です。

    播戸 今回のイベントはある意味、エンターテインメントの要素が含まれていたというか。単に技を見せるだけではなく、あえて演技を止めて解説されたりもしていて……あれは、すごく分かりやすかったし、見る側の人たちの競技への理解を深めるきっかけになるんじゃないかと思いました。

    『KOHEI UCHIMURA THE FINAL』を観賞した播戸さん。「体操の技術的な理解も得られるイベントだった」と話す[写真]中野賢太

     

    内村 ありがとうございます。ああいうイベントは今後も続けていければいいなと思っています。ただ、一方で、試合ではエンターテインメント性を高める演出をするのがすごく難しいというか。実際、ぼくも現役時代は演出をされた試合が嫌いだったんです。照明が目に入って気になってしまう、ということもあったので。

    でも、演出が嫌いだったぼくが主導で考えれば、選手にとっても理想的な演出ができるはずだし、見るのが嫌いなぼくが見て面白いと思える演出はきっと一般の方にも楽しんでもらえるんじゃないかと思っています。

    播戸 最後に、現役時代は頭の先から足の先まで何ミリ、何ミクロンのレベルでこだわって演技をし、それが点数として評価されてきましたが、今後のキャリアはある意味、点数がつきません。だからこそのプレッシャーもあるのかなと思いますが、そのあたりはどのように考えますか?

    内村 確かにこの先の活動はなかなか結果が見えにくくはあるんですけど、逆に見えないからこそ追い求められる部分もあるのかなって思っています。思えば、ぼくは現役時代、あまり点数を気にして演技をしていなかったというか。自分が満足のいく演技をして点数が及ばなければそれまでだと思っていたし、裏を返せば、人の心に響く演技さえできれば結果がついてくると信じていました。

    その「人の心に響く」という部分では今後の活動としても、例えば体操を見て面白かった、と言ってもらうこととか、体操をする子どもたちが増えるというのも、ある意味ひとつの成功の形だと思います。そのことを自分の中でしっかり描きながら、いろんな形で体操の面白さ、奥深さをしっかり届けていきたいと思っています。

    現役時代から一貫して「体操の面白さ、奥深さを伝える」姿勢は変わらない内村さん。引退後も体操の技術を追求する挑戦は続く[写真]中野賢太

    text:高村美砂
    photo:中野賢太

    ※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。

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