スポーツ経営を変えるデジタル力でB1・滋賀を日本一のクラブへ
ゲスト:上原 仁さん × ナビゲーター:播戸 竜二さん
株式会社マイネット 代表取締役社長/滋賀レイクスターズ 代表取締役会長
スポーツ業界で活躍する「人」を通じて、“スポーツ業界の今とこれから”を考える対談企画『SPORT LIGHTクロストーク』。サッカー元日本代表・播戸竜二さんがナビゲーターとなる今回のゲストは、株式会社マイネットの代表取締役社長であり、Bリーグ・滋賀レイクスターズの代表取締役会長を務める上原仁さん。これまでのキャリアからスポーツビジネスに参画した理由、そして今後の展望など、播戸さんがじっくりとインタビューしました。
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2021年9月、株式会社マイネットはB1・滋賀レイクスターズへの経営参画を発表。マイネット代表取締役社長の上原さん(写真右)がレイクスの代表取締役会長に就任し、新B1に向けて新たな船出を切った[写真]株式会社マイネット
「マイネット」に込めた思い
播戸 本日はよろしくお願いします。ではまず最初に、上原さんのここまでのキャリアをあらためて教えていただきたいと思います。
上原 はい、まずは上原仁と申します(笑)。私は滋賀県守山市出身で、1998年に神戸大学経営学部を卒業し、NTTに入りました。当時から「人にとって一番大事なのは人との繋がりだ」という信念があり、つながりを生む道具やサービスをつくりたいと考えていました。それに一番近かったのが電話。NTTは1996・1997年の時点で来たるべきインターネット時代に向けてのインフラ整備を掲げていたので、飛び込んだんです。それから8年が経過した2006年。自分たちの発想力でサービスを構築しようと決意し、起業しました。30歳のときです。
播戸 上原さんがNTTから独立された2006年は、ちょうどぼくがイビチャ・オシム監督の下で日本代表デビューを飾ったころですね(笑)。創業後、どのように事業を展開されていったのでしょうか。
上原 創業後は、ソーシャルニュースメディアの提供や、飲食店向けのSaaS(Software as a Service)事業などを展開してきました。そして創業から16年が経過した現在は、ゲームサービス事業やスポーツDX事業に注力しています。われわれのコンセプトは社名に表れていて、マイネットとは「My=私の」「Net=繋がり」の意味なんです。世界中の人たち一人ひとりの大切な人とのつながりを豊かにしていくこと。ゲームやスポーツは人の興味や熱狂を生み出せるコンテンツです。それをベースに生まれる人々のつながりをより豊かに、長く、深いものにする。それがわれわれの持つ事業への思いです。
2006年7月、初期メンバー6人で株式会社マイネット・ジャパン(現株式会社マイネット)を創業。DX技能を強みにゲーム領域、スポーツ領域など多角的に事業を展開している[写真]山内優輝
播戸 マイネットは近年スポーツDX事業に注力されていますが、上原さんご自身のスポーツへの関わりはいかがですか?
上原 私は3歳のころから「竹刀が友達」という剣道マンなんです。小学生のころは学校が終わったらその足で道場に向かう毎日を過ごしていました。私が生まれた滋賀県守山市は、剣道とサッカーが盛んな地域でしたね。
播戸 剣道をされていたんですね。守山は高校サッカーの強豪校も多くサッカーも有名ですよね。
上原 ちょうど私が中高生のころには守山高校出身の井原正巳さん(現柏レイソルヘッドコーチ)が活躍されていたり、後には乾貴士選手らがいた野洲高校が高校サッカー選手権で優勝したり、サッカーは盛り上がっていましたね。私自身は観戦者として、Jリーグが始まったころからスタジアムに足を運んでいましたが、特にハマったのは、J2・FC琉球のサポーターになってからです。沖縄に移り住み、ゴール裏に毎試合通ってはアウェイ戦も見て回るという生活をしていた時期があった。2018年ラストから2019年にかけてですね。
播戸 ちょうどぼくがFC琉球を退団した後のタイミングですね(笑)。
2018年、大宮アルディージャからFC琉球へ移籍しシーズンを戦った播戸さん。J3リーグで優勝を果たし、クラブのJ2初昇格の一翼を担った[写真]山内優輝
上原 バン(播戸)さんの残した熱量を受け取って琉球に送り届けましたよ(笑)。最初は長年の友人であるFC琉球会長の倉林(啓士郎)さんに誘われて行ったのが始まりでした。行ってみると「これはとてつもない価値を秘めている」と。
ゴール裏のサポーターとも波長が合って毎試合ゴール裏で声を出すようになりました。共に跳ねたりチャントを叫んだりしているうちに、強固なつながりやとてつもない一体感を感じました。それはサポーターにとってかけがえのないもので、試合で一喜一憂した後の1週間はその余韻で生きているといっても過言ではないくらいです。
上原 実際、試合中のアドレナリンと、勝った後に出るセロトニンは科学的にも心と体の健康に寄与しているんです。少子高齢化が進む日本にとって、スポーツを応援することは健康な国づくりをするうえですごく大事。地域のサステナブルな健康社会につながると思い、今はスポーツクラブ経営に関わっています。
播戸 2021年にマイネットがFC琉球の株式を一部取得し、上原さんも監査役に就かれたわけですが、サポーターが入り口だった上原さんが経営に携わるようになった経緯は?
上原 倉林さんから株式保有の打診を受け、それを引き受けたところがスタートです。その後、われわれが提供できる経営やデジタル化のノウハウは相当大きいと感じたんです。そこで2020年に胸スポンサーをやりながら、事業にも参画するという提携契約を結んだ。クラブの物販とファンクラブ事業はマイネットが請け負い、われわれのスタッフが企画・設計・運営をすべて手掛けています。
2021年1月、FC琉球はマイネットとのトップパートナー契約締結を発表。その後ユニホームの胸スポンサーとしてのみならず、FC琉球の株式を一部取得し事業提携に乗り出した[写真]株式会社マイネット
データ活用で売り上げを5倍に
播戸 FC琉球の事業への参画後、具体的にどのようなアクションを起こされたのですか?
上原 まず、サポーターの立場と違って冷静にお客さまと向き合わなければいけない。そのマインドを変えるところから始めました。そしてマーケティングの必要性を認識したんです。ホームゲームが年間21試合あるとして、ほぼ皆勤賞のお客さまもいれば、半分くらい参加する方、お祭り騒ぎの2~3試合だけ、という方もいらっしゃる。実際にはS・A・B・C・Dの5層くらいに顧客層が分類できる。それぞれのニーズに合わせた向き合い方をすべきだと考え、商品作りやサービス展開の仮説検証を開始しました。
播戸 なるほど。アウェイ戦まで観戦に行かれていた上原さんのようなコアなサポーターはSということですかね。
上原 おっしゃるとおり、自分自身は完全にSだったんです。でも熱狂的なSの気持ちでAやBの人に向き合ったらかみ合わないですよね。例えば、緩やかなファミリー層にはキッズ向けグッズを程よく展開しないといけない。しかも子育て家庭はそんなにお金をたくさん使えるわけではないので、低単価の商品をご提供する必要もあると思います。
「お客さまは十把一絡げにはできない。冷静に向き合った上でマーケティングが必要」と話す上原さん[写真]山内優輝
播戸 同じサポーターでも、チームへの向き合い方や熱量はそれぞれ違うわけですね。
上原 そうなんです。逆にS層には「推し」の選手がいる個サポ(主に一人の選手を濃く応援するサポーター)さんが多い。近年は「推し活」という言葉がはやっていますが、アイドルを推すのと同じくらいの熱量で向き合っているように感じます。例えば、田中恵太選手のサポーターだったら、「(背番号の)7番が入った琉球グッズは全部身の回りに置きたい」「日常の生活を推しで彩って、毎日を恵太とともに過ごしていたい」と。そういう方々への熱狂商品をご提供していくことが肝心なんです。しっかりとマーケティングして、お客さまの特性と合致したサービスや商品を提供する。それが事業としての向き合い方。やっぱり一熱狂サポーターとしての頭からは切り替えないといけないですね。
播戸 経営に参画されたときに、やはりマーケティングの要素が足りないと感じたのですか?
上原 それはありますね。IT企業はデジタルを使って経営を最適化することに長けています。われわれはインターネットに関わる企業ですから、データを取ることに慣れている。それに基づいた正しい判断を下す作業も日常的に行っています。そんなわれわれから見ると、スポーツクラブなどの企業はデータをあまり見ていないし、分析もしていないケースが目立ちます。FC琉球の顧客区分についてもそうですけど、データから可視化して、重要な因子を抽出することが第一歩なんです。
上原 お客さまが現地に行かれる頻度を把握したうえで、塊ごとにインタビューし、生の声を聞いてニーズを理解する。そして商品を提供すれば、より大きな効果が得られます。データを活用しながらPDCAサイクルを導入していった。このアプローチ方法は、マイネットを起業した2006年からずっとつくり上げてきたもの。ノウハウを活かして取り組みました。
「データを活用したPDCAサイクルはマイネット創業時からのプロセスと同じ」と話す上原さんの言葉にじっくりと耳を傾ける[写真]山内優輝
播戸 その成果はいかがでしたか。FC琉球は、ぼくが在籍した2018年はまだ売り上げが年間3億円程度だったと思いますが。
上原 それが2021年は5億~6億円まで伸びていますね。特に物販事業はわれわれが担った後、2021年の直近四半期で前年の5倍の売り上げを計上することができた。それもデータを活かしたPDCAサイクルの成果だと思います。
播戸 前年の5倍! それはすごいですね。
上原 まだまだ可能性を秘めていると思っていますよ。FC琉球の年間観客動員は10万人くらいですけど、ユニーク来場者って1万人ちょっとなんです。複数回来られるコアな方が多いのはありがたいことですが、沖縄県全体の人口は約140万人。わずか1%しか来場していないのは本当にもったいないんです。スポーツの持つポジティブな力を潜在的に求めている人の比率って、世の中の半分を超えると思うんですよ。なので、1%という数字は少ないし、伸びしろだらけだと感じています。
デジタル経営に“センス”はいらない
播戸 そうしたスポーツの持つ可能性を視野に入れて、B1・滋賀レイクスターズの経営権取得に踏み切られたんですか?
上原 そうですね。FC琉球は倉林会長が頑張っているので、既存スタンスで見守ろうと考え、別のフィールドを得ようと目を向けました。沖縄以外、サッカー以外という両軸で探したところ、次の可能性としてバスケットボールがあるなと。Bリーグは地域の熱狂を生み出せる強力なコンテンツだと感じました。地域というキーワードは、自分が経営に向き合うためにすごく重要な部分です。沖縄は愛していますが、もう1つ愛せるところと言えば、やはり地元ですよね。
上原 実は沖縄に住んでいた時期に、B1・琉球ゴールデンキングスの試合に招待していただいたんですが、偶然にもその相手がレイクスだった。そのときに経営陣の方もご紹介いただき、追って話もしましたが、喫緊の経営課題を抱えておられた。「力を貸してほしい」という言葉をいただき、それを意気に感じて、引き受けることにしました。私自身、6代前から滋賀県の人間で、地元に貢献したいという思いもあり、渡りに船でした。
沖縄で招待された試合の相手が、偶然にも上原さんの地元・滋賀をホームタウンとするレイクスターズだった。クラブの抱えていた経営課題と上原さんの郷土愛が縁をつないだ[写真]株式会社滋賀レイクスターズ
播戸 上原さんが地元出身であることのメリットはありましたか?
上原 それはものすごくありました。地元財界の皆さんとは近江弁で通じ合えますし、お相手は私が子どものころから歴史を知っている地元の雄ばかりでしたから。例えば、レイクスの胸スポンサーになっていただいている平和堂さんなんかは、私にとっては幼少期からのワクワクスポットで、本屋やCD屋、ゲームセンターにも足繁く通った先です。県域地上波や県域新聞のない滋賀県にとって、平和堂さんは最大の消費者接点メディア。そういう話を熱っぽく話したら「上原さんに任せます」と言っていただけた。県財界の方が保有されていた株式の一括譲渡もスムーズに進みました。
播戸 やはり縁や巡り合わせもそうですが、情熱は大事ですね。
上原 それだけの熱量で関わり始めたので、まずは私が住まないとだめだろうと。今は7割がた滋賀に滞在していて、2割・東京、1割・沖縄みたいな感じで仕事をしています。
播戸 迷いなく生活拠点を東京から滋賀に移す行動力がすごいですね。レイクスで最初に取り組んだことは?
上原 まずは、レイクスに関わる人たちに自信を取り戻してもらうことを第一に考えました。滋賀県って、すぐ隣に京都、その先に大阪があって、そこと自分たちを比較してどうも縮こまりがちなんです。でも私は「違うでしょ」と。「滋賀の琵琶湖は日本一なんだから、もっと胸を張っていきましょう」と1万回くらい言っています(笑)。豊かな歴史もあるし、琵琶湖に始まる近畿の水の流れだって滋賀・京都・大阪・兵庫の順番です。誇るべき場所なんだから、それを自覚してほしい。そういう思いで取り組み、「滋賀の誇り」を中心としたビジョン・ミッションを作りました。
人一倍地元愛の強い上原さん。あらゆる場所で「滋賀の琵琶湖は日本一」と強調し続ける背景には、滋賀県民に誇りを取り戻してほしいという思いがあるという[写真]山内優輝
播戸 地域の誇り、というキーワードは地元の方に響くでしょうね。
上原 次に出てくるのがデジタルです。私が直接、リーダー陣とこれまでのデータを見ながらKPIにあたる重要因子を設定すべく、一人ひとり細かく話をしました。そのうえで、PDCAサイクルを徹底的に回し始めた。それを3カ月続けてきて、業績は着実に上向いています。
播戸 先ほどからお話しを伺っていると、スポーツ業界で働こうと思うなら、デジタル力は必要不可欠という印象を受けます。サッカーで言えばインサイドキック、バスケで言えばフリースローのように標準装備すべきだと。
将来的にはクラブ経営のビジョンを持つ播戸さん。上原さんとの対談を通じて、スポーツビジネスにおけるデジタル力の必要性を痛感したと話す[写真]山内優輝
上原 それは間違いないです。今後は読み書きそろばんのようにデジタル力を駆使することが求められてきます。デジタル力というと、皆さんパソコンが得意だとか、プログラミングができるというイメージを持たれるでしょうが、実際は四則演算の範囲の文系的計算力で十分。まずデータに向き合うというマインドを持っていることが何よりも大事なんです。
上原 データを持っていないとKPIの設定もPDCAサイクルを回すこともできない。世の輝かしい先輩経営者の方々は、数字を見なくても正しい答えを導き出せる“センス”を持っていましたが、そんな方は少ないし、センスは人に教えられない。意思決定の権限委譲も進みません。データに基づいた意思決定ができれば、センスがなくても事業は成長させられます。そこがデジタルの神髄なんです。
バンさんも、インターネット企業に一度ぐっと踏み込んで、経営や事業に関わってデジタル力を身につけられたら最強のスポーツ経営者になれる。私はそう思います。
播戸 デジタル力を持った最強のスポーツ経営者、目指したいですね(笑)。では、そんなレイクスの今後の展望を教えていただいてもいいですか?
上原 2026年に発足する「新B1」に必ず連れていくというのが目下最大の目標です。新B1基準として、2024年10月までに売り上げ12億円、観客動員4,000人、5,000人収容のアリーナという条件をクリアしないといけません。一番の課題はアリーナで、現在も各自治体の首長さんや地主、デベロッパー、金融機関の方々と話を進めているので必ず実現するんですが、2024年10月時点で基本設計が済んで着工直前まで行っていないといけません。とにかく腹をくくって遂行します。
上原 そのうえで、われわれのデジタルの力をレイクスの経営に注入し、チームもデータを活用しながら日本一を目指していく。2030年に日本一のクラブになるのが目下のゴールです。それを達成することで滋賀の誇りになりますし、滋賀から日本一が出ているというのを滋賀県民が当たり前のように認識するようになる。「滋賀の琵琶湖は日本一、滋賀のバスケも日本一」というのが理想像ですね。
行政・財界関係者と協力しながら、2026年の新B1基準となるアリーナ実現を目指す[写真]株式会社滋賀レイクスターズ
播戸 本当に力強い話で勇気づけられます。FC琉球のほうはいかがですか?
上原 まずはいちサポーターとして100年先まで地域に愛されるクラブになることを支援していきたいと考えています。スポーツが盛んな街は豊かな街。沖縄でも中心に琉球があって、人々が心豊かにサステナブルに暮らせるようにしたい。そのために貢献できればうれしいです。
播戸 最後に、マイネットの社長としての上原さんの将来像を教えてください。
上原 冒頭にも触れましたが、人の繋がりを豊かにして、100年先にもマイネットが社会から求められる存在であることを念頭に置いています。「オンライン時代の100年企業」というアイデンティティは会社全体にありますし、それを実現するのが、私自身の人生のテーマ。それを目指して、これからも頑張っていきます。
播戸 今日は本当に有益な話ばかりで、たいへん勉強になりました。ありがとうございました!
スポーツ経営に向き合う上で「地域への愛」「デジタル力」が重要だという上原さんの考えに播戸さんも強く賛同。スポーツの可能性を信じる二人が熱く語り合った[写真]山内優輝
text:元川悦子
photo:山内優輝
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










