スポーツで実現する「街づくり」への挑戦
松永 康太さん
株式会社VELTEXスポーツエンタープライズ 代表取締役社長
スポーツ業界で活躍する著名な方をお招きし、 “スポーツ×ビジネス”で成功する秘訣に迫る「SPORT LIGHT Academy」。2021年4月20日に行われた第17回のゲストは、2019年にB3リーグに参入した男子バスケットボールチーム「ベルテックス静岡」を運営する、株式会社VELTEXスポーツエンタープライズ代表の松永康太さん。地元静岡にプロバスケットボールチームをゼロから立ち上げた経緯や、スポーツ業界で求められる人材など、これまでの経験をもとに語ってもらった。
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2018年にベルテックス静岡を発足させ、翌年には異例のスピードでB3リーグに参入した[写真]ベルテックス静岡
ゼロからのチームづくり
2019年、静岡市をホームタウンとする男子プロバスケットボールチーム「ベルテックス静岡」がB3リーグに参入した。発起人は、チームの運営会社である「株式会社VELTEXスポーツエンタープライズ」代表取締役社長の松永康太さんだ。
2018年の立ち上げから、業界では異例ともいえるスピードでリーグ参入を実現したが、松永さんは意外にもそれまでスポーツビジネスの世界で生きてきた人ではなかった。
静岡市に生まれ、学生時代はバスケ部で青春の汗を流した。専門学校で建築デザインを学び、サントリーグループのクリエイティブ会社に就職。国内外で飲食店や施設の空間デザインを手がけていたなか、31歳でキャリアの転換点を迎える。
静岡で医療・介護事業を展開するR&Oリハビリ病院グループの経営者だった父親からの要請を受け、2015年に病院給食の製造を手がける「株式会社R&Oフードカンパニー」を設立。先進的な新調理システムを導入したセントラルキッチンをゼロから立ち上げ、地元静岡で始動した新ビジネスはほどなくして軌道に乗り始めた。
会社設立から3年の2018年初頭、さらに転機が訪れる。地元でバスケットボールスクールを運営する男性から、「静岡にBリーグチームを創りたい」と話をもちかけられた。「最初はそんなことが本当にできるのか、と半信半疑だった」という松永さんだが、青春を捧げたバスケットボールと地元静岡への思いが心を動かした。
クリエイティブの分野で数々のプロジェクトをゼロから立ち上げてきた経験を生かし、事業の構想を練った。翌月に東京でBリーグの試合を観戦し、実現のイメージを具体化していったという。
母体となるアマチュアチームもない状態で、文字どおりゼロからチームづくりは進んだ。B1リーグでも活躍した大石慎之介選手をはじめ静岡県出身の選手を中心にチームへ迎え入れ、本格的にBリーグ参入を目指すチームの輪郭が見え始めた。
同年8月にはB3リーグへの準加盟が認められ、運営会社となる「株式会社VELTEXスポーツエンタープライズ」を設立。こうして、静岡県内初の男子プロバスケットボールチーム「ベルテックス静岡」が誕生した。
「最初は地域リーグに参入しながら準備を進めていきました。8月にB3参入の正式承認が下り、9月には発足式をしてチームロゴを作って発表して…という感じで、いま思い返しても記憶にないぐらいのスピード感でチームをつくって、発足から丸一年で開幕戦を迎えることができました。
当初の構想では5年スパンで、という話もあったんですが、できるだけ早いピッチでチームを立ち上げないと取り残されてしまうし、それぐらいの勢いがないと停滞してしまうと思ったので、一気に進めていきました。いま同じことをやれ、と言われても無理だと思いますが(笑)」
ベルテックスはB3リーグ2019-20シーズン開幕から2日間で3,000人以上を動員し、地元市民を熱狂させた[写真]ベルテックス静岡
スポーツと街の関係
2019年9月、B3リーグ 2019-20シーズン開幕を迎えたベルテックス静岡は、ホームアリーナである静岡市中央体育館にわずか2日間で3,000人以上の観客動員を記録した。ファーストシーズンの最終順位は12チーム中10位となったものの、平均観客動員数は約1,000人とB3リーグの平均を大きく上回り、確実に地元市民の支持を獲得していった。
新規参入チームが直面する「認知度」という壁は初年度から乗り越えたように見えるが、松永さんが見据えるのはそのもっと先の景色だ。
ベルテックス静岡は、『スポーツで、日本一ワクワクする街へ。』をミッションに掲げている。この一文には、松永さんの長年の思いが込められている。サントリーグループ時代、建築の仕事でアメリカやヨーロッパなど海外を飛び回るなか、どの街でも“日常の中にスポーツがある文化”を目の当たりにしていた。
「欧米のどの街に行っても、地元のスポーツチームの話題で盛り上がっている。そういうコミュニティをうらやましく思いながら、“スポーツと街”の関係性を感じ続けていました」。建築デザインの分野に長く関わってきたからこそ、地域づくりにおけるスポーツの重要性を感じていたという。
「静岡は東京や名古屋から1時間で来られる場所にあって、商業も充実しているし、温暖な気候や豊かな自然環境もある。その住みやすさや暮らしやすさがある一方で、高齢化や20~30代の子育て世代の他地域への流出など、地方都市特有の課題を抱えています。
だからこそ現状の街の満足度という視点ではなくて、50年先を見据えて静岡の魅力を考えなければならないと思っていて、今の静岡に足りないものはなんだろうと考えたときに、それが熱狂だったりワクワクすることだと思ったんです。
スポーツが地域の旗印になり、エンターテインメントという“非日常”の空間やコミュニティを生んでいく。そうした豊かな地域づくりをベルテックスが中心となって推し進めていきたい、というのがぼくたちの思いです」
「人づくり、街づくり、夢づくり」を理念に掲げるベルテックス静岡は、地域との交流活動を積極的に展開している[写真]ベルテックス静岡
感動は決意から生まれる
ベルテックス静岡の誕生秘話や松永さんの地域づくりへの思いなど、冷静な語り口ながらも熱を帯びたトークセッションは進んだ。
後半には、イベント参加者からの質問が次々と飛んだ。最初は、「チーム立ち上げ時にこだわったことはなんですか?」という質問。ここにも、クリエイティブの世界で長く活躍してきた松永さんならではの答えが返ってきた。
「ぼくはものを作るうえでブランディングは非常に重要だと思っているので、チームのネーミングやロゴのデザインにはすごく気を使いました。スポーツで日本一ワクワクする街をつくるためには普遍的で伝わるものじゃなきゃいけない。地域に浸透させていくうえでも、そこはこだわった部分かなと思います」
クラブ名の『VELTEX』は、「頂点・頂上・山頂」を意味する英語の「VERTEX」という単語に由来している。またロゴマークは、富士山とスウィッシュ(リングに当たらず入るシュート)でネットが逆さまになる瞬間がモチーフになっている。
「地域性を含めた意味がちゃんとあって、なおかつ身につけて単純にかっこいいと思えるものにしたかった」と松永さんは話す。
公募を経て決定したチーム名と、自身のクリエイターチームを集めて制作したというロゴデザインには、地域浸透への思いが込められている[写真]ベルテックス静岡
次に出たのは、「スポーツ業界では、どんな人材やスキルが求められていますか」という質問。これにも、現場の最前線に立ち続けてきた松永さんらしい回答が。
「今ぼくが考えるのは、 “コミュニケーション”がひとつのキーワードになるのかなということです。データ管理ができたりソフトが使えたりすることも大事ではあるんですが、やっぱりチームというものは、フロント含めて毎日膝を突き合わせて話をしたり、ファンやパートナーなどのステークホルダーとコミュニケーションをとりながらリアルに作っていくものなので、コミュニケーション能力の重要性は感じますね。
ベルテックスでいえば、たとえば営業で何かを成し遂げてきた経験を持っている方だったり、そういう現場の苦労や現実を知っている方がマッチしやすいのかなと思います」
盛り上がりを見せたトークセッションもいよいよ終盤にさしかかる。最後はスポーツビジネスへの転身を考える参加者に向けて、松永さんから心のこもったメッセージが贈られた。
「ぼく自身、スポーツ界に飛び込んだ身としてたくさんの苦労があったんですが、シーズンが開幕してアリーナが満員になった空間を見たときに、人生で経験したことがないぐらい泣いたんですよね。
それはやっぱり自分一人でなく仲間や選手をはじめいろんな人と力を合わせて実現できたからだと思うし、間違いなく言えるのは、そういう感動や泣ける瞬間はスポーツビジネスの中には必ずあるということ。そしてそれを見つけるチャンスは自分自身の“これがやりたいんだ!”という強い決意や思いから生まれるものだと感じています。
今日こうして皆さんの前でお話しさせていただいたことがそういったきっかけになったり、新しいご縁につながればうれしいなと思っています」
「チーム立ち上げの苦労話は3日話しても足りない」という松永さんだが、それを補って余りあるやりがいと感動を享受しているという。
“スポーツによる街づくり”という理想の火を絶やさず、泥臭く前進していくその姿は、多くの人の心を動かしたはずだ。松永さんの思いのこもった言葉一つひとつが、スポーツビジネスの計り知れない価値を証明している。
『スポーツで、日本一ワクワクする街へ。』を掲げるベルテックス静岡の挑戦はまだ始まったばかりだ[写真]ベルテックス静岡
text:芦澤直孝/dodaSPORTS編集部
photo:ベルテックス静岡
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










