一人の人間としてアスリートと信頼関係を築く
杉浦 大輔さん
ワッサーマン ディレクター・オペレーション&プレイヤーリレーション(日本)
アスリートの活躍を陰で支える職業の一つに、「エージェント」がある。特に海外でのプレーに挑戦する日本人アスリートにとって、異文化への適応を助け、競技に集中できる環境をもたらすエージェントは大きな存在だ。
アメリカで活躍するダルビッシュ有や前田健太、八村塁らのマネジメントを担当する「ワッサーマン」の杉浦大輔さんは、“アスリートファースト”の信念で選手との信頼関係を築き、アメリカと日本のスポーツ界をつなぐ懸け橋となっている。
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前田選手、ダルビッシュ選手がドジャースに入団したことが、当時チームの広報を務めていた杉浦さんのターニングポイントになったという[写真]本人提供
日本人選手との出会いがキャリアの転機に
———以前はメジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースで広報を担当されていたそうですね。どのような経緯があったのですか?
ぼくはシラキュース大学でスポーツマネジメントを専攻していたんですが、大学では4年生のときに1学期間、スポーツに関わる仕事のインターンシップをしないと単位が取れなかったんです。そこで同級生の父親がドジャースで働いていたことから相談させてもらい、ちょうどポジションが空いていた広報の仕事を経験しました。その後、先輩のスタッフが急に辞めることになり、ぼくが次のシーズン、2014年の11月から正式に雇われることになったんです。
———前田健太(現ミネソタ・ツインズ)選手がドジャースに入団するよりも前ということは、日本語ができるから採用されたわけではなかったんですね。
前田選手がドジャースに入団することになったのは偶然だったと思います。でも、2016年に前田選手がやって来たことが、ぼくにとってキャリアのターニングポイントになりました。というのも、ぼくはそれまで日本語があまり得意ではなかったんです。親が日本人なので家では簡単な日本語を話していましたが、それ以外は基本的に英語で生活していました。
ところが前田選手の入団をきっかけに日本メディアへの露出が急激に増えまして、「これはまずい」と。前田選手をサポートするために日本語の勉強を始めました。
そして2017年の夏にダルビッシュ有(現サンディエゴ・パドレス)選手も入団して、さらに日本のメディアへの対応が増えたので、ぼくは日本メディアも含めて担当する広報として遠征やキャンプに同行していました。
———2018年までドジャースに勤め、その後は現在まで「ワッサーマン」でエージェントの仕事をされています。
ドジャース時代に前田選手、ダルビッシュ選手と出会い、彼らがワッサーマンにぼくを紹介してくれました。ワッサーマンはちょうどアジア、日本への事業拡大を模索していて、ぼく以外にも何人か採用候補がいたそうです。
そこで大きな決め手となったのが、ぼくと八村塁(ワシントン・ウィザーズ)選手とのつながりでした。八村選手とは、彼がゴンザガ大学の1年生だったときに出会って以来、仲良くしていたんです。そこでタイミングが合い、彼がワッサーマンと契約する少し前にぼくが雇われ、一緒にお仕事することになりました。
———小さいころから、スポーツに関わる仕事を目指していたのでしょうか?
ぼくはアメリカ生まれ、アメリカ育ちで、小さいころからスポーツが大好きでした。アメリカの学校は日本の部活動と違って、シーズンごとにさまざまなスポーツをします。クロスカントリー、アメフト、サッカー、陸上競技、バレーボール、野球……いろいろなスポーツに挑戦して、自分に一番合った競技を決めていくんですね。
ぼくも学校ではいろいろな競技を経験しながら、小学校から高校までクラブチームでバスケに熱中していました。高校でバスケを引退すると決めたのですが、そのときにはもう「選手のサポートができないか」と考えていましたね。
そのために大学でスポーツマネジメントを学んだり、球団という現場で経験を積んだりして選手たちとの人脈を作ってきました。広報の仕事は選手と直接関わる機会が多かったですし、ドジャースでは本当に良い経験をさせていただいたと思っています。
2019年、NBAドラフトで日本人初となる1巡目指名を受けた八村塁選手との記念の一枚。杉浦さんは八村選手の大学時代からよく知る間柄だった[写真]本人提供
選手を家族のようにサポートする
———エージェントの仕事内容について、簡単に教えていただけますか。
エージェントという仕事にはライセンスが必要です。まずはクラブとの契約交渉、スポンサーとの交渉。それから選手たちがプレーに集中できるように、プライベート面もサポートします。ぼくの仕事はおもに選手の生活面でのサポートですね。家や車などの生活環境を整え、選手本人だけでなく家族のサポートもします。選手が何か困って「すぐに来てほしい」と言えば、ささいなことでもすぐに動きます。
———選手との距離がすごく近いんですね。
もはや家族のようですね。ちょうど先日も3日間、八村選手と一緒にいました。彼の家で話をしたり、試合の映像を見たり。「もっとこうやってプレーしたほうがいいんじゃない?」と素人目線の意見を伝えることもあります。「何言ってるの?」と笑われますが、彼と話しているときは、まるで兄弟のような感覚で過ごせていると思います(笑)。
———選手にとっては、リラックスして話せる相手がいることは大切ですね。
チームメイトやコーチ以外の誰かと話せる環境を作ることは大事です。毎日、競技のことばかり考えていたらストレスがたまってしまいますから。彼らはそれくらい競技のことを24時間、真剣に考えているんですね。まるで戦場に出るような考え方でスポーツに向き合っていて、体に関するメンテナンス、メンタルの整え方についてものすごい知識を持っています。前田選手やダルビッシュ選手はYouTubeを通じてさまざまな自己発信をしていますが、競技以外での彼らの素顔を伝えていくこともぼくらの役目だと思っています。
———ある選手が活躍しても、周囲から「エージェントが良かったからだ」とは思われにくいですよね。評価が難しい仕事だと思いますが、杉浦さんはどんなエージェントが“良いエージェント”だと考えますか?
選手とのコミュニケーションがうまく取れて、深いつながりができていることだと思います。選手のこと、選手の家族のことをきちんと理解し、必要なサポートをする。契約交渉やスポンサーとの交渉も、選手に対する思いやりがなければ長く続けていくことはできません。こちらがどんなに万全を尽くしても、スポーツですからケガなどのアクシデントは避けられません。
それでも彼らを信じ続け、成功を願い、一緒に戦っていく姿勢を保つこと。もちろん選手が活躍する姿を見たときはうれしいですが、ぼくとしては、彼らが毎日安心して生活を送ってくれれば、「彼らのために貢献できているな」と感じることができます。
2年前、杉浦さんの誕生日を祝うダルビッシュ選手と八村選手。選手と「一人の人間」として接することを心がけている[写真]本人提供
人間関係があって成り立つ仕事
———ワッサーマンには「このような選手と契約すべき」という指針はありますか?
それは各エージェント、リクルーターの自由だと思いますが、ぼく個人の考えとしては「スポーツに対してどれくらい熱心なのか」が一番大事な条件だと思います。そして「弊社が選手を決める」のではなく、お互いに「合う・合わない」の相性を見極めたいと考えています。
選手側にも「こういうエージェントがいい」という理想や条件があるでしょうし、ぼくらも選手がどんな人間性で、どんな姿勢でスポーツに取り組んでいるのかを知ったうえで、一緒にやっていくかどうかを決めたほうがいいんじゃないかと。やはり人と人、信頼関係があって成り立つ仕事だと思いますからね。
———エージェントの仕事はなかなか表に見えない部分が多いと思います。契約交渉や生活面のサポートのほかにはどんなことをしていますか?
一つ挙げると、ソーシャルメディアの運用ですね。今はSNSの活用が非常に重要なので、社内に専門の部署があります。「選手をいかにカッコよく見せるか」という部分はクリエイティブチームが担当しています。
———選手を「演出する」わけですね。
ただ、こちらが作ったイメージを選手に押し付けるようなことはしません。PRの場合でも、スポンサーを選ぶ段階から選手の意向を確認します。例えばスポンサー企業の飲料水をPRすることになったとして、選手自身がその飲料水に愛着を持っていたら、心のこもった良いPRができます。具体的な話で言うと、八村選手には十数社のスポンサーがついていますが、彼は一社一社に思い入れがあります。
ソフトバンクさんは、彼が小さいころからソフトバンクさんの携帯電話を使っていて「白戸家のCMに出てみたい」という気持ちがあったので良いコラボができました。カシオさんは、八村選手が高校時代、ウインターカップに出場したときにもらった時計がカシオさんのG-SHOCKだったんです。
———選手と一緒になってブランディングを考えていくと。
そうですね。CM撮影や広告制作も、「こういうことをするのはどう?」、「こういう見せ方をしてみるのは?」と必ず選手に相談しながら進めています。
バスケ少年だった杉浦さんのヒーローは、2020年に急逝したコービー・ブライアント。あこがれの選手を前にした瞬間は「一人のファンに戻ってしまいました」と笑う[写真]本人提供
選手が次のステージに行けるように
———スポーツ業界の職業を目指す場合、どのようなスキルを身につける必要があると思いますか?
まずスポーツ業界に入ることですよね。スポーツ業界って本当に広くて、広報やエージェントだけでなく、チケットを売る、スポンサーとしてスポーツを支援するなど、さまざまな関わり方があります。ぼくも広報の仕事は実際にやってみてから、「あ、これは楽しいな」と思いました。ただ、ぼくは文章を書くのがすごく苦手で……。広報は文章力を求められますから、そこは自分に向いていないと思い、よりコミュニケーション力を活かせるエージェントに転職しました。
いろいろな仕事に挑戦しながら、自分にとって一番楽しく、自分をうまく活かせる仕事を見つけることが大事です。エージェントについて言えば、アスリートを大事に思うこと、そしてさまざまな人と信頼関係を築けることが一番のスキルだと思います。
———「選手と信頼関係を築く」のは、誰もが簡単にできることではないと思います。杉浦さんが普段から意識していることはありますか?
普通に接することだと思います。「八村塁」も「ダルビッシュ有」も「前田健太」も、プライベートでは一人の人間ですから、アスリートとして変に意識せず、普通に接しています。
ただ、僕も根っからのスポーツファンなので、スーパースターである彼らと一緒に仕事ができるなんて夢みたいなんですよ。だから時々、ご飯を食べながら「今まで対戦してきたなかで誰が一番嫌だった?」なんて聞いたりします。そうやって話を盛り上げていくのがぼくの作戦かな(笑)。あとは、とにかくポジティブでいることですかね。
———今後挑戦したいことや、夢を聞かせてください。
アメリカで得たスポーツビジネスの知識を日本に還元していくことができたらと考えています。今はコロナ禍でスポーツ界も厳しい状況ですが、今後、日本から世界へ活躍の場を広げる選手は増えてくると思います。
なかでも注目しているのは野球ですね。日本の野球はハイレベルですし、ぼくはアメリカで育った日本人として「甲子園」にすごくあこがれています。「甲子園」の独特な世界観は、アメリカにはないものですから。日本の若い選手たちが次のステージに行けるようにキャリアのサポートをして、そこから「第二のダルビッシュ有」や「第二の前田健太」を送り出せたらうれしいですね。
interview & text:dodaSPORTS編集部
photo:本人提供
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










