勝てる人と勝てない人の違いはメンタルの強さ
稲森 佑貴さん
プロゴルファー
スポーツ業界で活躍する著名な方をお招きし、“スポーツ×ビジネス”で成功する秘訣に迫る「SPORT LIGHT Academy」。2021年3月11日に行われた第16回のゲストは、5年連続のフェアウェイキープ率1位を記録し「日本一曲がらない男」と称されるプロゴルファー・稲森佑貴さん。高校2年時に史上最年少(当時)でプロテストに合格した稲森さんに、“仕事”としてのゴルフライフについて語ってもらった。
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幼少時からゴルフを始め、本格的にプロを目指したのは中学生のときから。中学3年時には第64回国民体育大会ゴルフ競技の少年男子団体戦に出場し、鹿児島県チームの一員として2位に入賞した[写真]本人提供
パッとしなかったアマチュア時代
プロゴルフ界は、いつの時代も多士済々のスタープレーヤーがひしめく弱肉強食の競争社会だ。
渋野日向子選手の全英女子オープン優勝で盛り上がる女子プロは、渋野を筆頭とする1998年度生まれの「黄金世代」と、すでに多くの有望株がプロデビューを果たしている2000年度生まれの「プラチナ世代」が勇躍。
一方の男子プロも、アジア人選手として初めて2021年マスターズ・トーナメントを制した松山英樹選手を筆頭に、石川遼選手や池田勇太選手、今平周吾選手など、やはりゴルフ界の“顔”となり得るスター選手がそろっている。
そんななか、稲森さんは「日本一曲がらない男」としてここ数年で一気に頭角を現してきた。国内男子ツアーでのフェアウェイキープ率は、2015年から5年連続で1位。2020-21シーズンの賞金ランキングでは2位につけている(2021年4月時点)。飛距離ではなく正確性で勝負するそのスタイルは、まさに新世代の象徴。これからのゴルフ界を担う一人として大きな注目を集めている。
「日本一曲がらない男」はどのようにして生まれたのか。自らもゴルファーとして年に数回のラウンドを楽しむ大浦との対談は、そのルーツをたどる質問からスタートした。
「実家がゴルフ練習場だったので、ものごころついたころからゴルフクラブを握っていました。小学生になったころから本格的な練習を始めて、高校では自分の入学時にゴルフ部を正式に立ち上げてもらいました。スポーツ選手を目指す生徒へのサポートが手厚い学校だったので、かなり多くの時間をゴルフの練習にあてることができました」
幼少期からコーチとして向き合ってきた父との二人三脚はさらに熱を帯び、高校2年時に受けたプロテストに合格。海の向こうではタイガー・ウッズ選手が、日本国内では稲森さんより3学年上の石川遼選手が活躍した時代は、プロを目指す少年ゴルファーにとって刺激的なものだった。もっとも、稲森さん自身はプロ転向以前に特別な成績を残したエリートではなかったという。
「大きな大会でタイトルを取った経験はほとんどなくて、小学4年の時に鹿児島ジュニアで優勝したくらい。高校2年でプロになったので“アマチュア”は高校1年で終わっているのですが、小・中・高校と目立った戦績はほとんどありませんでした。いまいちパッとしなかった、という感じですよね(笑)」
それでも、「プロになりたい」という気持ちに変化はなかった。その原動力となったのは、石川遼選手の存在だったと振り返る。
「遼さんがアマチュアとして出場したマンシングウェアOPで優勝したのは高校1年の時ですよね。あれは衝撃的でした。それからすぐにプロになると聞いて『そんなに早くなれるんだ』と思ったことを覚えています。ぼく自身は中学2年のころにプロを目指したいと思い始めて、ちょうど本腰を入れて練習し始めた時期でした。だから、ぼくもなるべく早くプロになりたいと。そういう気持ちが強くなって、高校2年の時にプロテストを受けました」
プロテストの受験にはそれまでは「18歳以上」という年齢制限があったが、2014年度から「16歳以上」に改定。そうしたタイミングも重なって、稲森さんは当時史上最年少のプロゴルファーになった。
2020年、第85回日本オープンゴルフ選手権では2年ぶり2度目となる優勝。最終日、最終18番ホールで首位をかわす劇的な勝利だった[写真]本人提供
勝つために「同じミスをしない」
冒頭でも説明したとおり、稲森さんはその正確なショットで「日本一曲がらない男」として知られる。そのプレースタイルは稲森さん自身のゴルフ(=ビジネス)に対する考え方に由来している。
例えば、ピンまでの距離500ヤード「パー5」のコースを回るとき、それを「300+195+5」の3打で攻略するか、「250+200+45+5」の4打で攻略するか。そこにゴルファーとしての“スタイル”が表れる。目的をどのような手段によって達成するか、リスクとチャレンジのバランスをどのように取るかは、トップアスリートだけでなく誰でも必ず直面する難しい問題だ。
「ぼく自身は、まずは『同じミスをしない』ことを第一に考えています。不可抗力のミスは必ずあるけれど、それ以外のミスをなるべくしたくない。やはりゴルフはメンタル的な要因が大きく影響するスポーツであると思いますし、ミスをしてしまうと気持ちのコントロールが難しくなってしまいますよね。それがこの競技の怖いところであり、おもしろいところでもあると思います」
稲森さんの日々のトレーニングは、端的に言えば「同じミスをしない」ための努力だという。
「常にイメージを持ちながら練習すること。そうやって苦手なことを1つずつ克服することができれば、それが自信となって、原動力となって本番でのミスを減らすことができると思います。プロになったばかりのころはグリーン周りのアプローチが本当に苦手だったんですが、それこそ強いイメージを持って、何度も何度も練習しました。そういう考え方が、今のぼくのプレースタイルにつながっているのではないかと思います。やっぱり、練習は裏切らない。ぼくはそう思います」
自身について「完全に努力型」と分析する稲森さんは、子どものころからほとんど毎日、休むことなくボールを打ってきたと振り返る。もちろん“実家がゴルフ練習場”という環境が有利に働いたことは間違いないが、父との二人三脚によって、来る日も来る日もボールを打ち続けた日々が「日本一曲がらない男」を作り上げた。
稲森さんはプロツアーで2勝できた理由を「メンタルの強さ」と分析。日々の練習によって苦手なプレーを克服することが自信につながるという[写真]本人提供
好きなことに、まっすぐに向き合う
26歳の稲森さんにとって、プロゴルファーとしてのキャリアはまだ始まったばかりだ。技術は日々の練習によって向上させられる。体力も工夫と努力次第で維持できる。飛距離よりも正確性を追求するプレースタイルは、むしろ年齢と経験を積み重ねるほど勝利に直結する武器となるだろう。あとはいかにいいメンタルコンディションを作り上げ、試合に臨むか。その挑戦が続く。
「どんなスポーツでも同じかもしれませんが、プロの世界で勝てる人と勝てない人の違いは、やはりメンタルの強さなのではないかと思います。アマチュアでこれといった成績を残していないぼくがなぜプロのツアーで2勝できているのかを考えると、たぶん技術や体力の問題ではないんだろうなと。だから、これからも前向きに努力していきたいと思っています」
アマチュア時代の練習は「苦しい」と感じることが多かったが、今は同じ練習に対して「楽しい」という感覚で臨めているという。新型コロナウイルスの拡大による“制限”は、そうしたポジティブな思考をさらに加速させる要因となった。プロの世界でキャリアを積み重ね、そこで生き残っていくことは決して簡単ではない。しかし、ゴルフに対する前向きな姿勢が、厳しいチャレンジを有意義なものにしている。
「今までテレビで見ていた選手と一緒にラウンドするわけだから当然なのですが、プロになったばかりのころは“未知の世界”という感じでした。毎回のラウンドが試練で、自分に伸びしろがあるのかどうかを試されているような感覚でした。本当に毎日が勉強でしたし、そのなかで経験を積むしかなかったという感覚です。そういう時期を経て、今はできるだけ長くこの仕事を続けたい。シニアになっても、プロとしてプレーし続けたいと思っています」
「もしプロゴルファーになっていなかったら?」というウェビナー参加者からの質問に、稲森さんは「昔は絵を描くことが好きだった」と意外な一面も披露してくれた。しかし、直後に「やっぱりゴルフ業界で何かしらの仕事をしていたのかな」とゴルフへの熱い思いを口にした。その思いは、「もしゴルフ協会の会長だったら?」という質問の答えにも共通する。
「やっぱり、なるべくアメリカツアーに近いことを実現したいという思いはあります。アメリカにあって、日本に足りないもの。例えば、あそこまで大きなスタンドを立てるのは日本では難しいかもしれないけれど、何か違う形での方法論はあるのではないかと。コースセッティングについてもそう。ゴルフ界全体を盛り上げるためには、もっといろいろなところでの工夫が必要だと思うし、プレーヤーは個性を発揮しなければいけないと思います。ぼくらのような若い世代が頑張らないといけないですね」
好きなことを究めるために、まっすぐにその道を突き進む。プロゴルフの世界でキャリアを積み重ねる稲森さんのそんな姿勢には、ビジネスパーソンにとっても参考になるヒントがいくつも詰まっている。
text:dodaSPORTS編集部
photo:本人提供
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










