スポーツには社会を変える力がある
SPORT LIGHT Women Career Event
2021年1月15日、女性役員候補を募集するスポーツ団体によるオンライン説明会「SPORT LIGHT Women Career Event」が開催された。本イベントには女性役員候補を募集している4団体の担当者が参加し、それぞれの事業内容や採用条件についてのプレゼンテーションを行った。
また、説明会に先立つトークセッションでは元内閣府男女共同参画局長の武川恵子さん(現昭和女子大学グローバルビジネス学部長)、元Jリーグ理事の米田惠美さん(現米田公認会計士事務所代表)が登場。スポーツ界に女性が求められている背景や、女性リーダーの重要性についても理解を深められる貴重な機会となった。
Index
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武川 恵子さん
昭和女子大学グローバルビジネス学部長
香川県高松市生まれ。一男一女の母。1981年総理府(現内閣府)に就職。2014~2018年内閣府男女共同参画局長。2018年版男女共同参画白書では、2020東京オリパラがレガシーとして日本の男女平等を進展させることを願って「スポーツと女性」を特集。政治、経済分野等での女性の意思決定層への参画促進や家庭への男性の参画拡大、女性に対する暴力対策等に関わった。
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米田 惠美さん
米田公認会計士事務所代表/元Jリーグ理事
高校時代から社会システムデザインに興味をもち、慶應義塾大学在学中の2004年に公認会計士の資格を取得。監査法人勤務を経て、2013年に独立。 組織開発・人材開発会社を共同設立し、副社長としてビジネスセクターの人材・組織マネジメントの知見を蓄積。2018年からJリーグの常勤理事として、官/民/スポーツの連携を推進する社会連携『シャレン!』を立上げるなど、ハンズオンの各種経営改革に従事。 現在はソーシャルセクター、スポーツ、パブリックセクター、ビジネスセクターの多様なリーダーたちのパートナーとして挑戦を続けている。
女性の活躍が必要な理由
女性役員候補を募集している4団体(公益財団法人 日本自転車競技連盟、一般社団法人 日本ろう自転車競技協会、一般社団法人 日本車いすカーリング協会、公益財団法人 日本ハンドボール協会)の説明会に先立ち、ゲストによるトークセッションが行われた。スポーツ団体にとって、女性役員の参画はどのような意味を持つのか。武川恵子さんが男女参画の観点から、スポーツ界を取り巻く状況と課題を解説した。
武川さんは豊富な資料を使ってデータを引用しながら、まず政治・経済の分野における女性活躍に焦点を当てた。先進諸国と比較すると、日本はクオータ制(議会や企業役員における女性の割合を定め、積極的に女性を起用する制度)など制度面の整備が進んでおらず、国会に占める女性議員の割合や、企業における女性役員の割合が極めて低い。しかし、近年はその状況に少しずつ変化の兆しが見えるという。
2018年に「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」が施行され、同年改訂された東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コードにも、取締役会は「ジェンダーや国際性の面を含む多様性をもって構成されるべき」という内容が盛り込まれた。
「そのような取り組みがなぜ必要かと言えば、役員に女性がいると持続的な企業価値の向上が見込まれるという考え方があるからです。政治、経済の分野にも女性が意思決定に加わらなければならない。そういう考え方が日本にも少しずつ浸透してきたと言えると思います」
武川さんは近代オリンピックの歴史を振り返りながら、スポーツ界における男女共同参画に話題を移す。近代オリンピックの第1回大会は1896年に男子のみで行われたが、それ以降、IOC(国際オリンピック委員会)は「スポーツをすることは人権である」というオリンピズムの原則に従って、男女平等を促進してきた。女子種目の数は増え続け、2012年のロンドン大会は全参加国から女子が参加、さらに全競技に女子が参加した画期的な大会となった。東京大会はさらに男女平等を推し進めた記念すべき大会になることが期待されている。
女子選手の数は着実に増えてきたが、一方で女子選手を取り巻く環境には多くの課題が残されていると武川さんは指摘する。中学・高校など裾野の部分で女性の健康やスポーツ医学を踏まえた指導が十分でないこと。選手活動と結婚、出産の両立が難しいこと。収入や支援が十分でなく、選手活動のための自己負担額が男子選手より多いこと。競技を引退したあと、指導者になる道が限られていること。セクハラを含めたコンプライアンスの問題などだ。
これらを解決するためには、「スポーツ団体の意思決定機関に女性役員が少なすぎます」と武川さんは強調した。そして、日本オリンピック委員会理事の山口香さん(1988年ソウルオリンピック女子柔道銅メダリスト)の言葉を引用してトークセッションを締めくくった。
「女性活躍を推進するのは、女性が新たなビジネスチャンスやイノベーションの鍵となる存在だからであり、それはスポーツにおいても同様です」
スポーツには社会を変える力がある
武川さんに続いてトークセッションに登場したのは、2018年から2年間Jリーグ理事を務めた米田惠美さん。武川さんが「少なすぎる」と課題に挙げた「スポーツ団体の意思決定機関に参画する女性」の立場を経験した一人だ。
大学3年時に公認会計士試験に合格した米田さんは、監査法人勤務を経て独立。人事や組織開発のビジネスに携わりながら、保育園の監査や在宅診療所の設立など、地域の社会課題と向き合う仕事を続けてきた。そして2017年、Jリーグの村井満チェアマンから声をかけられ、コンサルタントとして1年間Jリーグに関わったのち、理事として経営改革に従事した。
「最初は女性がなぜ働きにくいのかという疑問から、この社会を自分なりに理解したくて公認会計士の資格を取りました。キャリアの原点が女性と社会の問題でしたので、現場に行こうと思っていろいろな地域活動を始めたんです。現場では無力感を感じながらも、社会システムのレバレッジポイントは何だろう、自分のできることは何だろうと悩んで、当事者を増やすことに自分の役割があると考えました。スポーツはそのツールとして素晴らしい仕組みではないかと思い、Jリーグに入ることを決めました」
スポーツをツールとして社会課題を解決する。そのアイデアが形になったのが、米田さんがJリーグ理事在任時に立ち上げた「シャレン!(社会連携活動)」だった。これは地域の人、企業、団体、自治体、学校などとJリーグやクラブが連携して、社会課題に取り組む活動だ。
「Jリーグはホームタウン活動と呼ばれる活動を今では年間2万5000回もやっています。ただ、私はJリーグに入るまでこの活動をまったく知らなくて、それは経営的にも地域的にも、もったいないと思いました。シャレン!はJリーグを使って、もっとたくさんの人と手を取り合って社会課題にアクションを取っていこうとする旗印であり、私はその旗振り役でした」
Jリーグで奮闘した2年間で、女性としての難しさを感じることもあったという。
「違和感を覚える場面がなかったというとうそなります。女性の管理職がいないことも気になったことの一つです。Jリーグのなかで女性の管理職以上は私だけでしたから、自分が疑問を投げかけることでしか変えられない部分もあったと思います。私が踏ん張らないと女性たちの未来も開かれないと思っていたので、そこは使命を感じていました」
「スポーツには社会を変える力がある」。そう断言する米田さんは、Jリーグ時代の印象深い思い出として2019年に実施された発達障がい児向けの観戦交流イベントを挙げた。川崎フロンターレとJTB、ANA、富士通、川崎市が協働したこの取り組みは、2020シャレン!アウォーズの「Jリーグチェアマン特別賞」を受賞している。
「YouTubeに映像があるので、ぜひ検索してください。お子さんがサッカーをする姿を見てご家族が泣き笑いをしているシーンを見ると、本当にスポーツの価値ってすごいと感じざるを得ません。病院通いがなくなったり、球技が苦手だったお子さんがサッカー部に入ることを決めましたというお手紙をもらったり、ビジネス界では得られなかった体験がたくさんありました。スポーツには本当に多様な価値があり深い。関わらせていただき人生が豊かになったと思っています」
Jリーグ理事在任中はシャレン!を通じて社会課題を解決する取り組みに注力した米田さん。「人生が豊かになった」と振り返る[写真]本人提供
競技経験よりも新しい視点を
トークセッションのあと、各スポーツ団体から活動内容や理事の採用に関する説明会が行われた。最初に登場した公益財団法人 日本自転車競技連盟の理事を務める黒江祐平さんは、自転車競技連盟の理事20人のうち女性が2人にとどまっている点に触れ、女性競技者に対するサポートの視点が不足している現状を課題とした。さらに、補助金に頼らない自立した運営を目指すために、競技知識ではなく経営的な知見を求めていると語った。
続いて、一般社団法人 日本ろう自転車競技協会の説明会に移る。理事である宮田大さんが協会に求める人材は「企業との渉外業務をこなせる人」だ。組織としての目標は2025年に日本で開催予定のデフリンピック(ろう者自身が運営する、ろう者のための国際スポーツ大会)の成功と、初の日本選手権開催。しかし、協会は2018年に法人化したばかりのため、大会開催に向けたスポンサーの獲得、さらに組織のガバナンス強化に貢献できる人材を迎え入れたいという。
3番目は一般社団法人 日本車いすカーリング協会から、専務理事の持田靖夫さんがプレゼンテーションを行った。車いすカーリングは2006年からパラリンピックの正式種目となっているが、協会が法人化したのは2017年。組織運営や法律的な知見に欠けるという弱みがあり、持田さんは会計や法律の知識を持つ人材に加わってもらうことを期待している。また、車いすカーリングは男女混合チームで行われる競技のため、競技の普及や選手の育成を図るうえで、女性の視点は不可欠。カーリングやパラスポーツへの知識は問わず、新しい知見をもたらしてくれる人を求めていると語った。
最後に登場したのは、公益財団法人 日本ハンドボール協会の湧永寛仁会長。理事募集の背景として、ハンドボールの発展のために競技の魅力を伝える広報・PRをより強化したい意向を示した。とくにSNSを活用して効果的なPR戦略を立案・実行できる人材を希望しているという。ほかの団体と同様に競技経験や知識は求めておらず、むしろ新規のファンを獲得して競技を発展させるためには、競技者以外の視点が必要だと語った。
スポーツ団体によって求める条件はさまざまだが、共通しているのは「競技の経験・知識は重要ではない」ということ。どのスポーツ団体も競技関係者が多いため、むしろ外部から新しい知識や視点を取り入れて組織を発展させたいと考えている。参加者にとっては、スポーツ界でもジェンダーを含む多様性が強く求められていることが、説明会を通じてリアルに伝わったのではないだろうか。
イベントは『SPORT LIGHT』が実施した「女性の活躍を応援するスポーツ団体特集」の一環として行われた。スポーツ業界における女性リーダーの重要性は、今後さらに高まっていくと予想されている
text:dodaSPORTS編集部
photo:本人提供
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










