eスポーツがクラブの発展に寄与することを証明したい
武田 裕迪さん
横浜マリノス株式会社 経営企画部
サッカークラブにとって、ファンやサポーターのエンゲージメント(つながり、愛着の度合い)を高めることは、収入源であるチケットの売れ行きはもちろん、スポンサーへの対価提供にも直結する重要な任務だ。経営企画部の武田裕迪さんは、横浜F・マリノスの多岐にわたるアプローチの中でも、近年クラブが力を入れているeスポーツ分野で新境地を開拓。新たなファンの獲得に心血を注いでいる。
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サッカークラブで営業からeスポーツ担当に転身した[写真]新井賢一
Jクラブに感じた可能性
———横浜マリノス株式会社の経営企画部で、現在、どんなお仕事を担当されているのでしょうか?
eスポーツをはじめとする、IP(コンテンツなどの知的財産)の利活用を担当しています。またこのほど、クラブがティーラトン(・ブンマタン)選手を完全移籍で獲得したのですが、出身国であるタイに向けて訴求したい企業のマーケティングをサポートする業務も担当しています。
———転職した経緯を教えてください。
新卒でリクルート(株式会社リクルートキャリア)に入社し、4年目に営業としてF・マリノスを担当したんです。リクナビの営業をしていて管理顧客という位置づけで引き継いだのがファーストコンタクトでした。当時のF・マリノスの担当者と大学生向けのインターンシップを企画し、リクナビで公募したのは思い出深いです。
2度目の転機は、香川県に転勤したことです。ちょうど当時、カマタマーレ讃岐がJ2に昇格し、徳島ヴォルティスがJ1に上がったタイミングだったので、四国のサッカー熱は高まっているんだろうなと期待して引っ越したら、正直言ってそこまで盛りあがりを感じず、なんでだろうという気持ちになりました。そうした中で、カマタマーレ讃岐のホームゲームでボランティアに携わり、中四国のJクラブの方々やサポーターと交流する機会ができました。それらを通じて気づいたのが、若者にとっての娯楽や地元を好きになれるリソースが少ないこと、その状態で就活のシーズンだけUJIターン就職を呼びかけても焼け石に水であることでした。
例えば本気で県外から優秀な新卒人材を採用するなら、地域レベルで「働く喜び」以前に「暮らす喜び」を訴求するような何かをやらなければと思うと同時に、多くの都道府県に根差すJクラブでやれることがいろいろあるのではないかと考えるようになりました。Jクラブのアセットを使って観光人口や移住人口を増やすような成功事例ができれば、全国に横展開できるのではと考えたのです。
———それでJクラブへの転職を志したんですね。
はい。四国から東京に戻ってしばらく経ってから、以前お世話になったF・マリノスの担当者から「中途採用を検討している」とご相談をいただきました。はじめは中途採用の営業担当を紹介したのですが、少し時間が経ってから自分が行きたくなって応募し、入社することになりました(笑)。
———クラブでeスポーツを担当されたきっかけは? 現在、武田さんを含めどれくらいの方が関わっているのでしょうか。
マーケティング上、F・マリノスについて認知度はあるものの、興味関心を持っていただけている度合いが今ひとつであることを課題設定していました。無関心層へのアプローチ、特に若者層へのタッチポイントを模索する中で、eスポーツのマーケットはターゲット層にマッチするため、2018年10月のRAGE Shadowverse(シャドウバース) Pro League(以下、RSPL)から、eスポーツに参戦することにしました。
そのころ私は営業部にいたのですが、同級生にプロゲーマーがいるためeスポーツには関心があり、業務の合間を縫って手伝いはじめました。昨年2月からは、eスポーツに関わる業務が私のミッションになり、現在に至っています。今は実務的なところは、ほぼ一人で担当しています。
選手のマネジメント、スポンサー獲得やファンイベント企画などeスポーツに関わる業務を一手に担う[写真]新井賢一
選手に求めていること
———eスポーツチームに所属する選手たちの契約、リクルーティングなどはどのようにされているのですか?
いわゆる企業の採用活動と構造上はあまり変わりません。ただ、特殊な職種の採用となるので、詳しい方にアドバイスをいただきながら、推薦もしていただきつつ、一方で公募も行っていました。加えて、F・マリノスのビジョンに合うかどうかも見極めたいので、面接での印象も大事にしています。
———F・マリノスはすでにクラブのブランドが確立されています。選手にはどういったことを求めているのでしょうか?
F・マリノスには前身の日産自動車サッカー部時代から流れているDNAや伝統があり、常に優勝争いをすべきチームです。その意味ではオンザピッチでは最後まであきらめない、勝ちにこだわる姿勢は非常に重要だと考えています。またオフザピッチのF・マリノスらしさで言うと、Jクラブで初めて何かにチャレンジしたり、他クラブでは採り入れていないことを導入することが多く、そうした先駆けの精神や進取の姿勢は選手にも求めているところです。
現在、『シャドウバース』の選手として在籍する4選手(あぐのむ、しーまん、みずせ、水煮)に共通しているのは、前例の少ない「eスポーツのプロ」とはどうあるべきかについて自分たちなりの意見を持って努力をしていること。それは非常に良い点だと感じています。
———eスポーツの人気や注目度は年々高まっています。ここ1年での人気面やビジネス面での変化はどのように感じていますか?
まず、自分が1年前どうだったかと考えると、選手のマネジメントをしながら、契約を一から作ったり、選手のスケジュール管理をしたり、スポンサーを取ってきたり、広報みたいなことをやったり……と、生みの苦しみにどうにか耐えていました。
ちょうど去年の今ごろにチームが『RSPL』で準優勝したのですが、私自身、シャドウバースをやっていなかったのにとても興奮しました。そこにはサッカーで応援しているクラブが点を取ったときのようなうれしさも、あと一歩で優勝を逃した悔しさも、どちらもありました。同時に、私も実際にシャドウバースをやったらもっと盛りあがり、選手やファンの気持ちもより理解できるだろうなと感じました。
大小さまざまな大会、試合がありますが、そこに向けて選手たちがどれだけの思いを持って参加し、どんな準備をするのか。自分がプレーしてそちら側に回ることで見えてくることも多かったですし、ガチ勢(配信視聴者、コアサポーター)の気持ちがだんだん理解できるようになってきました。シャドウバースはプロリーグが2シーズン目に入って、ファンがより定着してきました。
オンラインの配信だけでなく、パブリックビューイングなどオフラインのファンイベントもサッカーのそれを参考に企画してきましたが、例えばeスポーツの観戦スタイルなどの楽しみ方はまだ定義されていないですし、伸びしろや可能性があるなと感じています。ビジネス面でもスポンサー企業とともにeスポーツファン向けの新商品を開発するなどアクティベーションの事例も創出できていますし、確実に変わってきていることを当事者として感じます。
eスポーツの人気面、ビジネス面の成長に手応えを感じている[写真]新井賢一
eスポーツをみんなのスポーツへ
———クラブの収入はスポンサーが中心になるのでしょうか?
そうですね、やはりスポンサー収入が大半です。さらに現状はeスポーツ予算を持っていながら、それをどう活用するか決めかねている企業も多く、私たちがIPホルダーとして戦略設計から各論までサポートできるチャンスがかなりあります。そういう局面において、F・マリノスはすでに1年以上実績を積み、この選手はこういう持ち味で、ファンベースの特徴はこうで、この施策は実施したことがあるが期待効果はこう、といった提案ができます。それは先行者・開拓者の強みだと思いますし、収益面でもさらに期待が持てます。
———ファンがさらに増えていく手応えはありますか?
工夫次第ですがかなり期待できると思いますし、今後さらに力を入れていきます。まず、F・マリノスのeスポーツ公式Twitterアカウントのフォロワーは現在2000以下ですが、シャドウバースのアクティブユーザーは100万人超と聞いています。かつ、ゲームタイトルの拡大も検討していますので、まだまだ伸びる可能性があります。
加えて、クラブ公式のアカウントは46万以上フォロワーがいるのですが、同じトリコロールのユニフォームを着たF・マリノスファミリーとして、興味を持っていただける方が少しずつ増えると思います。「少しずつ」というのは、そう単純で簡単な話ではない、という実感があって、ただeスポーツチームを持っているだけでは、サッカーファンとeスポーツファンがほとんど交わらないことをこの一年で痛感しました。
一方、兆しもあって、J1のリーグ優勝に続いてRSPLで優勝しそうになった今月(結果は準優勝)は、「ダブル優勝を目指してがんばれ」という応援をサッカーのマリサポの皆さまからいただきましたし、eスポーツ選手の誕生日を祝う投稿にF・マリノス界隈の方々が反応してくださいました。このような、サッカーとeスポーツのシナジーはどのように生まれるのか、やってみないと分からないことだらけですので引き続き模索していきます。
そもそも若者のファンを獲得するために参戦したeスポーツですが、この目的の達成と、eスポーツそのものが競技として業界として成長することは不可分だと思っていまして、分かりやすい指標で言うと、例えば選手個人のファンが増えてほしいと考えています。「シャドウバースはやったことないけど、あぐのむ選手って強いしカッコいいよね」といった具合に。そうなっていけば、eスポーツはプレーヤー同士の内輪なものから、ノンプレーヤーも含めたみんなのスポーツへと発展していくはずです。
———これから武田さんがやっていきたいこと、チャレンジしたいことはどんなことでしょうか?
IPホルダーならではの取り組みとして、競技面の教育・育成環境の拡充のための選手活用です。最近は高校にeスポーツ部が増えているのですが、生徒に教えられる先生が不足しています。部活や大会が増えていても育成面はまだ整っておらず、F・マリノスの選手がオンライン&オフラインで指導するようなことはやってみたいです。
それと個人的には、eスポーツ選手の見られ方を変えたいです。たかがゲームと捉えられがちですが、ほかのスポーツ選手に劣らず、練習量が多く、勝つための方法も論理的に考えています。勝利の追求のために、テクニカルだけでなく、フィジカル、メンタル、メディカルを意識するプロ選手も増えてきました。それらはリスペクトに値するものですし、正しく評価されてほしいです。
ちなみに先日のeスポーツチームの動画配信で、将棋の棋士とeスポーツ選手で対談をしたのですが、大局観(目先の一手一ターンではなく全体を俯瞰してどう勝利をデザインするか)の話で意気投合していました。ゲームを極めている選手たちの深み、すごみを、引き続きいろいろな切り口で発信していけたらいいなと思います。
———今後のクラブとしての目標、そして武田さん個人の目標を教えてください。
クラブとしては、常勝軍団であること。そして地域に愛され、地域に欠かせない存在になることが大きなミッションです。その中で私はeスポーツで得た知見をいつかトップチームの役に立てられるところまで仕上げたいです。海外のクラブでは、『ウイニングイレブン』や『FIFA』のようなeFootballを練習に活用しているところもあると聞きます。
また、サッカーゲームでなくても、優勝や頂点を目指す過程でつかんだ心技体のメソッドが、F・マリノスの中のどこかでシナジーを生み、常勝軍団になることに一役買うことができたなら、サッカークラブで働く者としてこれほどうれしいことはありません。
武田さんはeスポーツのさらなる発展と、選手の地位確立に力を注ぐ[写真]新井賢一
interview & text:dodaSPORTS編集部
photo:新井賢一
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










