「食」の力で選手をサポートする
国原 千佳さん
株式会社LEOC 栄養管理部 管理栄養士 公認スポーツ栄養士
高校時代に「食」でスポーツに携わりたいと思った国原千佳さんは、大学で食物栄養学を学び、卒業後は株式会社LEOCに就職。病院勤務などを経て、現在はプロサッカークラブである横浜FCの選手たちを食事面からサポートしている。
食事や栄養に関するアドバイスは選手によって合う合わないがさまざまで、一律の答えがないだけに難しい仕事であり、それだけにやりがいも感じている。サポートする選手たちがピッチで躍動する姿に喜びを感じながら、日々彼らと向き合っている。
Index
横浜FC担当の管理栄養士として選手たちを食事面からサポートしている[写真]新井賢一
朝昼晩の食事を提供
———株式会社LEOCはプロサッカークラブである横浜FCの食事のサポートをされています。どのようなきっかけで支援を始めたのでしょうか?
LEOCが2005年に、横浜FCを運営する株式会社横浜フリエスポーツクラブをグループ企業に加えたことがきっかけです。グループ企業化から間もなくして食事のサポートを開始して、2007年には練習場とクラブハウスを兼ねる横浜FC・LEOCトレーニングセンターを開設しました。
この施設はLEOCが提案したキッチンシステムと食堂を完備していて、そこで選手の皆さんに食事を提供しています。現在横浜フリエスポーツクラブはLEOCのグループ会社ではなく、同じONODERA GROUP傘下の企業同士という関係になりましたが、食事のサポートは継続しています。
———具体的にはどのような形で選手たちに食事の支援を行っているのですか?
練習時間が午後のときは朝食の提供はありませんが、午前練習の場合は基本的に朝昼晩の食事をクラブハウスの食堂で提供しています。練習前のメニューは食べやすいものや消化のいいものを中心にして、練習後は運動によって失われたエネルギーを補ったり、筋肉の修復を促したりするメニューで構成します。
またアウェーの試合で遠征するときは、宿泊先のホテルと事前に何度かやり取りをして、こちらの希望に沿ったメニューを提供していただくようにお願いしています。。
———練習日と試合日で食事の提供方法は変わりますか?
提供する時間やメニューが変わります。試合の日は消化のことを考えて、だいたいキックオフの3時間半前くらいに食事を提供しています。内容はエネルギーを蓄えるために基本的に炭水化物中心で、野菜は消化に優しい温野菜を使用します。
また、サッカー選手は試合中に大量に水分を消費します。水分の消費が多い選手だと1試合で3キロ近く体重が減ってしまうこともあるので、試合前に摂る水分の量やタイミングもアドバイスしています。
———トップチームの選手だけでなく、クラブスタッフや育成組織の選手にも食事を提供しているとうかがいました。
そうですね。コーチやフロントスタッフの皆さんもクラブハウスの食堂で食事されていますし、ユースやジュニアユースの選手たちにはお弁当を提供しています。横浜FCはクラブ全体として食事や栄養の重要性を意識されていて、育成組織の選手たちには同じONODERA GROUPの企業が栄養指導も行っています。
クラブハウスの食堂で栄養バランスの取れた食事を提供している[写真]新井賢一
「食」でスポーツに携わる
———管理栄養士を志したきっかけを教えてください。
目指し始めたのは高校生のころです。卒業を前にして自分の将来や進路を考えたとき、ずっと陸上競技をやっていたのでスポーツに携わる仕事がしたいと思いました。ただ、選手として携わり続けるのは厳しいと感じていたので、それならもともと興味のあった「食」の仕事と合わせて管理栄養士を目指そうと。いつか管理栄養士としてスポーツ選手たちをサポートできればと思い、大学では食物栄養学を学ぼうと決めました。
———大学卒業後は2004年に新卒でLEOCに入社されています。
就職先を選ぶ上で決め手になったのは、まずスポーツに携わる事業があったことです。ほかにも、スポーツの世界大会などに食事を提供している企業がありましたが、個人的にはそのような大会期間中だけのサポートよりも、LEOCのように日々の食事から選手をサポートしたいと思い、入社を決めました。
———ただ、最初に配属されたのは病院で、そこで3年間勤務されたそうですね。
LEOCにはスポーツ分野以外にも、病院や老人ホーム、社員食堂などの配属先があります。スポーツ分野に進むにはまずはしっかりと経験を積んでからだと思っていましたし、祖母が糖尿病だったので、治療や健康管理としての食事にも興味があり、自分から病院配属を希望しました。病院は少しの間違いが最悪の場合は死につながってしまう現場でしたので、責任感がより一層強くなったと思います。
———その後、異動により2007年から横浜FCを担当されることになりました。
前任の方が退職されるということで、自ら希望して横浜FCの厨房に配属してもらいました。最初に衝撃を受けたのは、1食分のボリュームの多さですね。あとは食材を切るときのサイズの大きさ。病院では小さめに切っていたので、選手たちの一口サイズの大きさがより大きく感じられて驚いたのを覚えています。その厨房業務は半年ほどで担当から外れて、しばらくは別の業務をしていたのですが、2011年から再び横浜FCを担当することになり、今に至ります。
病院では患者さんそれぞれに合わせたメニューづくりから多くのことを学んだという[写真]新井賢一
選手に食事のアドバイス
———国原さん個人としては現在どのような業務を担当しているのですか?
厨房業務ではなく、選手の食事に関するアドバイスや血液検査の結果をもとにしたフィードバックなどを担当しています。アドバイスの内容は選手によってさまざまで、栄養に関する知識が豊富なベテラン選手と比べて、まだ知識が浅いルーキーの選手たちには基本的なことから教えることもあります。
———やはりベテラン選手の栄養や食事に対する意識は高いんですね。
そのなかでも三浦知良選手はすごく意識が高いです。知識が豊富ですし、私がアドバイスしたことが自分に合うかどうかを積極的に試してくれます。ただ最近は若い選手の意識も高まっていて、特に横浜FCは育成組織の選手もLEOCのお弁当を食べてきているので、そういう選手は私が指導をしなくても理想的な食事の摂り方をしています。
———意識が低かった選手がアドバイスによって改善していくこともあると思います。
そうですね。最初は少食だった選手が、アドバイスによって食事量が増えて、課題だった体重と筋肉量が増えたこともありました。そうした体づくりはいいパフォーマンスの土台となります。アドバイスをした選手が試合で活躍しているとうれしいですし、「食事で選手をサポートしたい」と思って栄養士になったので、すごくやりがいを感じます。
———長年横浜FCの食事サポートをされている中で特に印象に残っている出来事はありますか?
少し栄養や食事に対する意識が低かったベテラン選手に対して、「あなたは周りに影響を与えるような立ち位置の選手なのだから、ちゃんと見本になるように食事を摂ってほしい」と伝えたことがありました。私がそこまで言っていいのだろうかと悩みましたし、選手に反発されるかもと思ったのですけど、その選手が「それは分かる。自分も若いころは先輩の選手をまねてトレーニングをしていた」と言って、アドバイスを受け入れてくれたんです。私にとってはすごく大きな出来事でした。
———アドバイスをする上でコミュニケーション能力も重要になりそうですね。
何でもない話の中でもちょっとしたアドバイスができることがあるので、コミュニケーション能力が高い人はこの仕事に向いていると思います。私たちはスポーツ選手にはどのような食事がいいかを勉強していますが、選手ごとに合う合わないはあるので、それぞれに合ったアドバイスをするためにもコミュニケーションは大事です。私自身も、今よりももっと選手に寄り添ったサポートをしていくのが目標です。
今よりもさらに選手に寄り添ったサポートを目指す[写真]新井賢一
ある日の昼食メニューとその狙い
インタビュー取材を終えた後、国原さんとともに横浜FCのクラブハウス内にある食堂を訪問。当日の昼食メニューがどのような狙いで構成されているかをうかがった。
食事に関するアドバイスが書かれたポップとともに、彩り豊かな料理が並ぶ[写真]新井賢一
<メニュー>
主食: ご飯、長崎ちゃんぽん、どら焼き
汁物: 具だくさんみそ汁
主菜: 鮭のちゃんちゃん焼き
副菜: 高野豆腐の卵とじ、五色ナムル
常備食: 納豆、サラダ、フルーツ、ヨーグルト
<栄養価>
エネルギー: 1618キロカロリー
たんぱく質: 79.3グラム
脂質: 45.4グラム
炭水化物: 229.0グラム
———栄養価の数値を見ると、一般的な方と比べるとかなり量が多いですね。
すごいですよね。ですが、サッカー選手はいつもこれぐらい食べています。エネルギー量はだいたい1500キロカロリーほどで、試合日に合わせて炭水化物を増やしたり、脂質を抑えたりと調整しますが、食事量としてはあまり変わりません。
———ご飯、長崎ちゃんぽん、どら焼きと主食が3品もあります。
ご飯だけを出すよりも炭水化物を摂りやすいので。今日は3品ですが、試合前になるともう1品増えます。炭水化物は筋肉を動かすエネルギーになるので非常に大事です。ちなみに今日のメニューにある長崎ちゃんぽんは「敵地メニュー」と呼ばれるもので、ゲン担ぎも兼ねて毎週次の対戦相手のご当地料理を試合の数日前に提供しているんです。
※編集部注:横浜FCは取材日から2日後の11月3日にV・ファーレン長崎と対戦し、2-0で勝利
———主菜の鮭のちゃんちゃん焼きはこのメニューにおいてどのような役割を担うのですか?
しっかりとしたたんぱく源になります。また、鮭には抗酸化作用があるので疲労回復やケガ予防などの効果も期待できます。高野豆腐の卵とじも同じくたんぱく源となる料理ですが、こちらは高野豆腐でカルシウムや鉄も摂取できます。
———具だくさんみそ汁やナムル、サラダと野菜も豊富です。
必要なビタミンとミネラルを摂れるように、みそ汁は野菜で具だくさんにしています。野菜も栄養密度が高く、抗酸化作用やエネルギーをうまく働かせる役割が強い緑黄色野菜を多く使っています。おかずのたんぱく源で体をつくって、主食の炭水化物で体を動かして、野菜のビタミンやミネラルでその動きをスムーズにする。そういうメニュー構成になっています。
提供される料理は和洋中を問わずさまざま。栄養価はもちろん、飽きのこないメニューづくりにもこだわっている[写真]株式会社LEOC
interview & text:dodaSPORTS編集部
photo:新井賢一
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










