チケット販売を通してスタジアムの雰囲気を作る
遠藤 友貴彦さん
株式会社名古屋グランパスエイト マーケティング部 ファンデベロップメントグループ グループリーダー
近年、名古屋グランパスは毎年着実に年間観客動員数を伸ばしている。2019シーズンもその勢いに変わりはなく、「鯱の大祭典」では全4試合でチケット完売という最高の結果を出した。しかし、「ただお客さまを入れればいい、売り上げが上がればいいというわけではない」とチケット担当の遠藤さんは語る。作りあげたいのは、誰もが選手たちと一緒になって勝利を目指す満員のスタジアムだ。
Index
前職もチケット事業を手掛ける会社で働いていた[写真]本美安浩
目指すのは「勝利に貢献する集客」
———まずは、チケット担当のお仕事とはどのようなものかを教えてください。
チケット担当の仕事は、お客さまがチケットを購入してからスタジアムの席に着くまでの仕組み作りです。私たちは単にチケットが売れることだけではなく、誰にどこに座ってもらうかということをすごく重要視しています。そのためにお客さまに合わせたチケットを案内して、スタジアムを設計していくのが私たちの仕事です。
———具体的な例などはありますか?
例えば、パロマ瑞穂スタジアムのメインスタンドアウェイ側の席は、少し前までなかなか埋まらないし、手拍子などの応援も起きない席でした。原因の一つは、メインスタンドを「ホーム側」と「アウェイ側」という呼び方で販売していたことだと思います。
やはり、アウェイ側という名前だと名古屋グランパスのファン・サポーターとしては購入しづらいですよね。そこでまずはその呼び方を変えて、普段からスタジアムに来てチームを応援しているお客さまたちに「この席なら安く見られますよ」という案内を送りました。
するとその席が埋まるようになり、そこでも応援が盛りあがるようになったんです。さらにそういう席に初めてのお客さまをご案内できれば、「この席でも応援できたし、楽しめた」という感想を抱いてくれる。私たちはそういう環境作りをしています。
———実際にそうした環境作りが実現できたときは手応えも大きそうです。
はい。こうやって埋まってほしいなと思って設計して、盛りあがりどころでその席からグワっと手拍子が起こったりすると、「よし!」って思いますね。
———チケット販売によってスタジアムの雰囲気を作りあげているのですね。
それができると思って取り組んでいます。うちのクラブでは「勝利に貢献する集客」というのをポイントにしていて、ただお客さまを入れればいい、売り上げが上がればいいわけではなくて、しっかりとお客さまと一緒に勝利を目指すということを重要視しています。それを作りあげていくのがチケット販売という仕事だと思います。
緻密に設計されたチケット販売はスタジアムの雰囲気にも影響を与える[写真]名古屋グランパス
新規のお客さまに満員体験を
———「鯱の大祭典」実施にあたってチケット担当として最初に計画したことは何ですか?
まず鯱の大祭典中の4試合をすべて満員にするというのが目標としてありました。そのためにはどのようにチケットを売っていくか。4試合を満員にするためには、プロモーションを1試合に偏らせるわけにはいかないですし、うまく均等にお客さまに来ていただかないと全試合は埋まらないので、そのバランスを考えるところから始めました。
———実際にどのような施策を打ったのですか?
全試合満員という目標に加えて、新規のお客さまに満員体験をして楽しんでもらうこともまた重要な目標としてありました。そこでチケット担当としては、新規のお客さまが来るきっかけになればと、名古屋市や豊田市、みよし市といったホームタウンに住むファミリーを招待する「親子招待」や「小中高生1万人無料招待」という企画を用意しました。
———小中高生1万人無料招待の企画は8月10日の川崎フロンターレ戦で実施されました。もともと多くの観客動員が見込める対戦カードだと思いますが、あえてこの試合で1万人無料招待を実施した意図を教えてください。
確かに川崎戦はもともと集客が見込める試合でしたが、そういう試合だからこそ新規のお客さまを呼びこんで、満員のスタジアムを体験してもらい次につなげることが重要だと思っています。だからこそ、親子連れできやすいお盆の時期にこの企画を実施しました。
1万人という数字に驚かれることもあるかと思いますが、これはシンプルにインパクト重視です。100人や1000人なら難しいかもしれませんが、1万人なら新規の人に「自分も見に行けるかも」と感じてもらえると思って。
———新規ファンの開拓のための施策なんですね。
そうです。また、今回の鯱の大祭典でいうと、ユニフォームがもらえる試合が3試合あって、この川崎戦は唯一もらえない試合だったんです。ユニフォームがもらえるから来たいと思う層と、招待だから来たいと思う層はきっと分かれていて、需要が違う。それなら企画を同じ試合に固めるのではなく、分けることでどの試合も満員を目指す。そういうプランを抱いていました。
———鯱の大祭典は4試合ともチケットが完売しました。その中でも改善点などはあるのでしょうか?
豊田スタジアムもパロマ瑞穂スタジアムも、立ち見のお客さまが想像していたよりも多かったことは改善点としてあります。チケットが完売になるほど席が埋まると、ギリギリになってチケットを買ったお客さまは複数人で来たのに隣り合って座れない場合などがあって、「並びで座れないなら立って見よう」ということで立ち見のお客さまが増えたのだと思います。特に自由席だと試合前ギリギリに来ると希望に沿った席が空いていないことがあるので、いかに指定席を増やせるかというのは課題です。
実は11月以降の豊田スタジアムの3試合では、南スタンドの自由席として販売していたゾーンを指定席で販売するなど、すでに反省をもとにした改善の施策を打っています。お客さまのより快適な観戦環境を、チケット販売によって実現できればと思います。
親子招待やユニフォーム配布などの施策で全4試合チケット完売という成果を生みだした[写真]名古屋グランパス
ダイナミックプライシング導入の狙い
———名古屋グランパスのチケット販売について、今シーズン最大のトピックは需要と供給の状況によって価格が変動する「ダイナミックプライシング」の導入かと思います。あらためてその狙いを教えてください。
一つの狙いはチケットの転売防止です。通常の販売価格よりチケットの価値が高いと感じるお客さまがたくさんいると、営利目的でチケットを購入される方がどうしても出てしまうので、それを防ぎたかった。
また、今言ったように通常の販売価格よりチケットの価値が高いと感じるお客さまがいるのであれば、クラブとしてはその値段でチケットを提供して、いただいたお金を選手獲得の強化費や設備投資に充てるべきだと考えています。
逆に通常の価格が高いと思っているお客さまがいれば、価格が下がることもあるので入場者数の増加も見込めます。そうした狙いで、2019シーズンは全試合でダイナミックプライシングを導入しました。
———導入にあたって注意した点などはありますか?
お客さまに「高い」と思われないことです。そのためには高いチケットを買っていただいたら、それをさまざまな形でお客さまに還元していくことが重要だと思っています。
例えば鯱の大祭典でいうと4試合とも価格が上がりました。けれどそこで高いチケットを買ったお客さまには、10月や11月の試合は安く観戦できる「鯱の大祭典完売御礼クーポン」をお送りしています。そういう施策を組み合わせることで、なるべくお客さまがダイナミックプライシングでチケットが高いと感じることがないよう気を付けています。
———価格の調整はAIによるものだとうかがいました。
そうですね。残席数や過去の販売実績などのデータをもとにAIが価格を調整しています。例えば天候の悪化などの理由で、チケットが1日20枚ずつしか売れていなかったとします。でも残り1000席あって試合までは5日しかないというときに、同じ1日20枚ペースでは完売しないですよね。そういうときは値段が下がっていきます。逆に1日500枚ずつチケットが売れていて、残席数は2000枚で試合まで10日という状況だと値段は上がるといった仕組みです。
ただ、AIは残席数だけでなく売り上げを最大化する価格も考慮するため、過去の販売実績から値段を下げても販売数が変わらない予測があれば、たとえ残席があっても値段が下がらないこともあります。
———ダイナミックプライシング導入に対して、ファン・サポーターの反応はいかがですか?
最初に導入した試合は2018シーズンの最終節だったのですが、そのときは戸惑いや厳しい声もありました。ただシーズンを通して見てくださるお客さまは、ときには価格が下がることも知っていますし、価格が上がった試合を見に行ったら、安い価格で見られるチケットの案内が届くということも実感してもらえていると思います。
そのためか最近はダイナミックプライシングに対するお客さまからの批判的な声はなくなってきました。お客さまからいただいたダイナミックプライシングで上がった分の収入をクラブの強化費などに充てる一方で、しっかりとお客さまにも還元していく。それこそ鯱の大祭典でのユニフォーム配布もそうですし、割引の案内もそう。そういう施策をしっかりと打ったことで徐々に受け入れていただけているのかと思います。
ダイナミックプライシング導入後も観客動員は伸びている[写真]名古屋グランパス
完売=満員ではない
———2019シーズンのチケット販売における課題はありますか?
目標は全試合スタジアム満員なので、満員にならなかった試合はすべて課題だと思っています。比較的注目度が低い試合にいかに来てもらうか、その課題解決に引き続き取り組んでいかなければいけません。
———チケット販売の戦略としては今後どのような展望を抱いていますか?
一番の目的はスタジアムを満員にすることで、そのためにお客さまへの案内があり、ユニフォーム配布があり、ダイナミックプライシングがある。そして、今後取り組まなければいけないのは、スタジアムを満員にしたときに、いかにお客さまにストレスなくサッカー観戦を楽しんでもらえるかというところです。
先ほど挙げた、来たときに並んで座れる席がなかったというような状況をなくすために、販売方法や案内をもっと工夫しなければいけません。あとは、チケットの完売がスタジアムの満員とイコールではないので、そこも解決しなければいけない課題です。
———チケットを購入したけれど、それぞれの事情で来れなくなってしまうお客さまもいますね。
そうです。今後はそうしたお客さまのチケットを有効活用できるように取り組んでいかなければいけません。一度購入したチケットをもう一度流通させられるような仕組み、譲ってあげられるような仕組みを来シーズンは採り入れていこうと思っています。
———チケット担当としての夢や目標を教えてください。
グランパスの試合を見て「うちのクラブが一番」と思ってもらえるような環境を作っていきたいと思います。その「一番」というのはこの街の一番という意味でもありますし、世界で一番という意味でもある。そういう大きなところを目指していかなければいけないなと。なかなか難しいことだと思いますが、グランパスを応援してくれる、スタジアムに来てくれるお客さまのためにも、その努力が必要だと思っています。
ほかのスポーツやエンタメのチケット販売も日々観察し、自身の業務に活かしているという[写真]本美安浩
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interview & text:dodaSPORTS編集部
photo:本美安浩
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










