一人でも多く多様な方をスポーツ業界に
中村 聡さん
公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル 業務執行理事
スポーツ業界で活躍する著名な方をお招きし、大浦征也doda編集長とのトークを通じて“スポーツ×ビジネス”で成功する秘訣をひもといていく「SPORT LIGHT Academy」。第7回は公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル(以下SHC)で業務執行理事を務める中村聡さんを迎え、自身のスポーツ業界入りのきっかけやSHCの役割、今後のスポーツ業界の展望などについて語ってもらった。
Index
中村さんはこれまで多くの人材をスポーツ業界に送り出してきた[写真]兼子愼一郎
Jリーグ入りの意外なきっかけ
今回のゲストである中村さんは、大浦編集長も理事として関わっている公益財団法人スポーツヒューマンキャピタルで業務執行理事を務めている。
スポーツ業界の経営者を発掘・育成する組織の最前線で活躍しているゲストの登壇とあって、会場にはスポーツ業界への転職を検討している、現在進行形で転職活動をしている、また実際にスポーツ業界に身を置いているといった多くの方々が詰めかけ、熱心に話を聞いた。
まずは中村さんの経歴が紹介された。高校時代はラグビー部に所属し、早稲田大学を経て住友商事株式会社に入社。7年間の在職中、ドイツに2年間駐在して自動車部品のトレードビジネスに携わった。
ドイツでは地元のラグビークラブに所属していて、そこでの活動の楽しさを日本にも持ちこみたいとの思いを抱いたという。一方でビジネスを学びたいという思いも強くなり、2005年に慶應義塾大学大学院に進んでスポーツマネジメントを学ぶ。
卒業後の2007年に公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に入り、GM講座などの人材開発事業を担当する中で2014年にJリーグヒューマンキャピタル(以下JHC)のプロジェクトを担当し、SHCには2016年の立ちあげから関わっている。
元々スポーツマンで名門大学出身、大手総合商社での勤務や海外駐在、大学院でのスポーツマネジメントの専攻など、経歴を見ればJリーグ入りは必然のようにも見えるが、中村さんがJリーグ入りしたのは意外なきっかけからだったという。
「大学院時代にスポーツ業界やメディアの方と知り合い、業界に入るきっかけを探していたところ、卒業式の翌日に『Jリーグで人材を探している』という話を聞いてアプローチしました。大学院の指導教官はもともとJリーグで働いていた方だったんですが、その教官を経由してではなく、前職時代のパートナーがある選手の元エージェントで、その方からJリーグの求人を教えてもらいました」
このエピソードを聞いた大浦編集長は「今日のイベントのヒントになりますね」と反応。「(中村さんの)経歴は華やかですが、結局のところはネットワーキング。誰とつながるかがとても重要だと思います」と語った。
築きあげた人脈がスポーツ業界入りのきっかけとなった[写真]兼子愼一郎
行動“しちゃう”人を求めている
中村さんが携わるSHCはJリーグ発のスポーツビジネス領域の人材開発、人材活用を目的とした取り組みで、「豊かなスポーツライフ実現の原動力となる」ことをビジョンとして掲げている。4カ月間のカリキュラムでスポーツ組織の経営者を育成するスクールを実施し、JHC時代の2015年から2018年までに合計186人が受講。「Jリーグ」から「スポーツ」へと間口を広げたことによって活躍するフィールドが一気に広がり、44人が実際にスポーツ業界に進んで現在もその多くが第一線で活躍している。
多くの人材をスポーツ業界に送り出してきた中村さんの目から見て、スポーツ業界に転職しやすいのはどんなタイプの人間なのだろうか。中村さんは次のように語る。
「機会は皆さんに開かれていると思います。スポーツ業界サイドでも新しい人材を求めていて、実際に人を必要としているリーダーが増えています。その中で一つだけ言えるのは、行動“しちゃう”人。SHCの講座に行ってみようと思って本当に“行っちゃう”人とか、この人に会ってみようとアポイントを“取っちゃう”人とか」
行動力のある人が求められているようで、この日の受講生に対しては「皆さんは今日ここに来ているので“やっちゃって”います(笑)。第一歩を踏み出していますね」と評価した。
スポーツ業界への転職は“狭き門”で、何らかの専門知識やスキルが必須というイメージもあるかもしれないが、中村さんはこのように語る。
「(スキルは)あったほうが分かりやすいですが、一番大事なのは自分がやってきたことを、『こんな付加価値を提供できる』と正確に伝えることだと思います。SHCでも多様性をすごく意識していますし、いろいろな方に来ていただき、それぞれの特徴で勝負していただくほうがいいんじゃないかなと思います」
2020年には東京で一大スポーツイベントが開催される。世紀のイベントに向けて各競技団体はさまざまな改革に乗り出しているが、では2020年以降のスポーツ業界はどのような方向に向かっていくのだろうか。中村さんの見解はこうだ。
「一概には言えないですが、イケてる業界はチャンスをつかんで成長していくだろうし、そうじゃない業界は時間がかかると思っています。現状に危機感を持ち、何かを変えようという意思を持っている協会や組織は可能性があります。“やっちゃってる”業界、ということですね」
イベント終盤の質疑応答では参加者から多くの質問が寄せられた[写真]兼子愼一郎
スポーツでもっと幸せな国に
1時間ほどの対談の後、イベントの後半には参加者からの質問に中村さんが答える時間が設けられた。
Jクラブ(Jリーグに所属するサッカークラブ)への転職と並行してエージェント(代理人)にも興味を持っているという男性からは「Jクラブの関係者には自分のネットワークで到達できたんですが、エージェントにはたどり着けないし、求人も一般公開されません。どのようにコンタクトを取ればいいのでしょうか」という悩みが寄せられた。
中村さんはエージェントになかなかたどり着けない理由として「日本においてはそもそも(エージェントの)絶対数が少ない」ことを挙げ、「日本のサッカー選手がガンガン海外に行って移籍金が取れる環境になれば新規参入できる可能性は広がると思います」と返答した。とはいえ現状でエージェント業界への門戸が完全に閉ざされているわけではないようで、大浦編集長によると「2つほどアプローチの方法がある」という。
「一つはリーガルサイドへのアプローチ。エージェントの中でも弁護士系の方は割とオープンにデータが出てくるので、フラットに正面玄関から行ってみる価値はあるかもしれないです。もう一つは元選手のキャスティングやマネジメントをしている会社がエージェントと似たことをしているケースがあり、割と人材を募集しているので、そこから入る方法もあると思います」(大浦)
スポーツホスピタリティを提供する会社に勤務している女性からは「ラグビーワールドカップ2019にスポーツホスピタリティを提供する会社が関わっていますが、ほかのスポーツに展開していく可能性はあるのでしょうか」という質問が寄せられた。
スポーツホスピタリティとは、スタジアムを訪れる観戦者に専用フロアを用意し、食事や専門家による試合解説などさまざまなエンターテインメントを有料で提供するサービス。日本国内ではあまり例がないが、欧米ではすでに定着している観戦スタイルだ。
中村さんはこのスポーツホスピタリティがほかのスポーツに展開する可能性について「間違いなくある」と断言し、「ホスピタリティ、つまり『おもてなし』は日本人に強みがあるところ。付加価値の高いチケットをどれだけお客さまに提供できるかが勝負になるでしょう」と話した。
また、大浦編集長はラグビーワールドカップ2019で実際にサービスを利用した実体験を踏まえてスポーツホスピタリティの可能性を語った。
「ラウンジはビジネスの社交場なので、ラグビーを見に来てはいるんですが、その場で商談になったりネットワークになったりします。私自身もその場でほかのビジネスの話をしました。あの場でラグビーを見て盛りあがるというのはなかなかできない体験ですし、相手とのつながりも深まる。何よりの接待だと思います」
多くの質問が寄せられる中、予定されていた時間はあっという間に終了。中村さんは最後にこう語り、イベントを締めくくった。
「今日、お話ししたことが皆さんのお役に立てばうれしいです。ぼくらは『スポーツでもっと幸せな国にする』という使命感を持ってやっています。一人でも多くの方、多様な方がスポーツに参画して、一緒に仕事をしていくことが世の中の幸せにつながると信じているので、今日ご一緒した縁も含めて何かを一緒にやっていく仲間が増えてほしいです」
イベント終了後も中村さんの前には列ができ、個別に名刺交換や質問をする方が続出。一方、参加者同士であいさつを交わし、名刺交換や情報交換をする様子も見られた。“やっちゃう”ほうがスポーツ業界に転職しやすいという話を聞き、誰もが早速、行動に移していた。
SHC理事の2人は、今後も人材の発掘や育成を通して「豊かなスポーツライフの実現」を目指す[写真]兼子愼一郎
text:dodaSPORTS編集部
photo:兼子愼一郎
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










