スポーツを通じていわき市の思いを一つに
大倉 智さん
株式会社いわきスポーツクラブ 代表取締役CEO
柏レイソルなどで選手としてキャリアを重ね、セレッソ大阪でチーム統括ディレクターに就任。湘南ベルマーレでは社長として陣頭指揮を執り、2015年末、新たな挑戦の場としていわきFCを選んだ。アマチュアクラブで一から始めて4年目。時間をかけて環境を整え、「いわき市を東北一の都市に」との大望へ向けてさらに加速する。
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いわきFCは「世界基準のチームビルディング」を推し進める[写真]新井賢一
スタンダードを変える
———2015年12月の社長就任から3年以上が経ちましたが、いわきFCはどんな成長を遂げてきたのでしょうか?
2019年で4シーズン目を迎えますが、環境が格段に良くなりました。世界基準のチームビルディングを目指している我々が一番のポイントに置いているフィジカルスタンダードを変えること、さらにフードスタンダードを変えることを進める中で、新たに施設などもできあがりようやく形ができつつあります。実際に成果も出ていて、チームも福島県2部リーグからスタートし、東北社会人サッカーリーグ1部までたどり着き、順調に来ています。
———「フィジカルスタンダードを変える」ことは、フィジカルレベルの基準値を上げることであり、これまで再三訴えられていました。では「フードスタンダードを変える」とは?
アスリートに適した食事を提供することです。ちょうど10日ほど前に、いわき市から助成金をいただきグラウンドの脇にいわきFCステーションという新しい施設をオープンしました。日本代表の専属シェフである西(芳照)さんと業務契約し、クラブの親会社であるドーム社の栄養士も入り、食事面の環境も整えました。
———そのほかにも新たに採り入れたものなどはあるのですか?
血液などのメディカルの検査だったり、遺伝子情報を元にしたストレングストレーニングだったり、デジタルを活用した分析や選手データ管理の取り組みだったり、最初に描いていたものはすべて現実のものになっています。
ただ常に新しいものが出てくるので、グローバルスタンダードで物事を考え、これからも良いものは積極的に採り入れていこうと思っています。最近では脳のトレーニングや睡眠の研究も始めました。ユニホームサプライヤーのアンダーアーマーがそれらに取り組んでいるんですよ。福島県にも睡眠を研究している会社があり、我々もそこに関わろうとしています。
もっとも、これらは勝つため、よりも、最大のパートナーであるドーム社のブランドを優先したマーケティングです。ドーム社が持つ4つの商材、アンダーアーマー、サプリメントのDNS、テーピングなどのメディカル、パフォーマンス事業のドームアスリートハウスを世に出す媒体としていわきFCがあり、選手がいる。
一番大事なのは、世界基準のチームビルディングでサッカーチームを作りあげ、それに対して共感していただくことです。そういう意味で積みあがってきたものはありますし、他クラブや学生の選手にも興味を持ってもらい、リクルーティングがスムーズになってきました。いわきFCなら成長できると思ってもらえるようになったんです。そうした意味でもクラブの成長サイクルができつつあると実感しています。
———確かにいわきFCはドーム社のマーケティングに大きく貢献しているように見えます。
そうですね。南野(拓実)選手が所属しているオーストリアのザルツブルク、ドイツのライプツィヒ、ニューヨーク・レッドブルズといった、レッドブルグループがサポートしているクラブは有名ですよね。
エネルギッシュなサッカーは、レッドブルの企業イメージを表している。ぼくらも同様に、ドーム社のフルサポートを受け、企業イメージを表現するために90分間止まらない、倒れないというアグレッシブなサッカーを展開しています。
2017年から現場と経営を連動させるべく、総監督も兼任する[写真]新井賢一
フィジカル強化のその先
———大倉社長は2017年に新設された総監督を兼任されていますが、実際にどのような活動をしているのでしょうか?
初年度の2016年にいろいろな取り組みを開始しましたが、バタバタしたのもあって、2年目が始まる際に、現場と経営を一体化させたカルチャーを作っていこうと。それでぼくが総監督を兼務することになりました。
ただ実際のところ、ぼくは現場では何もしていなくて、指導者ではないので指導もできない(笑)。まあ、意識づけという意味では効果があったと思います。選手に伝えましたし、外部にも伝えました。それによってカルチャー作りの基礎ができあがり、共通認識が持てたかなと。
———ちなみに、チーム内にプロ選手も増えてきたのでしょうか?
28人中8人がプロ選手です。その8人は週に一度、クラブが運営している、子どもと一緒に運動するISAA(いわきスポーツアスレチックアカデミー)に参加してもらっていますが、それ以外はサッカーに専念してもらっています。
———最初から掲げていた「フィジカルスタンダードを変える」の部分は、どの程度成果が出ているのでしょうか?
すべて数値化していて、1、2年目から所属している選手たちは最大値まで近づいていると思います。でもそこで問題が出てきて、簡単に言うとどデカいエンジンを積んだのはいいけど、それをコントロールしきれずケガが発生するケースが増えているんです。それを防ぐためにヨガやピラティスを採り入れたりしたのですが、なかなか改善されていなくて。
よく言われるストレングストレーニングによって肉離れが起こる、スピードが落ちるといったことはまったくなかった。ただ足首のケガが多い。鍛えて高く飛べるようになったけど、着地して方向転換する時に足首を痛めてしまうんです。これは人工芝だからかもしれないけど、今はそれを予防するために試行錯誤しているところで、それこそ先ほど言った脳のトレーニングもその一つです。
———最高値まで達した選手も、年齢を重ねていずれは衰えてくるかと思います。衰えとはどう向き合っていくのでしょうか?
どうなるのかまだ分からないですね(笑)。今のチームは平均年齢が21歳で、最年長でも27歳です。彼らが長くサッカーを続けて、衰えるポイントがあるのか、それともないのか、選手寿命が長いのか、短いのか。それらはこれからのテーマですね。
ただこうした取り組みの成果として明確なのは、ケガの発生率が低いことです。接触プレーに対して逃げないからというのもありますけど、これは選手にとって大きいと思います。
「いわきドリームチャレンジ2018」では開催のあいさつを行った[写真]いわきFC
難しいからこそ燃える
———年数を重ねてクラブが地域に根づいてきた実感はありますか?
目に見える形で変わったことの一つは、2017年10月に「スポーツによる人・まちづくり推進協議会」が立ちあがったことですね。発起人はいわき市の清水(敏男)市長で、いわき市、商工会議所、青年会議所、サッカー協会、それから地域の連合会と、ぼくらも含めた6団体が立ちあげ、そこに70団体が名を連ねました。
アマチュアチームである我々がスポーツ活動を担い、いわき市の一体感を生みだし、健康増進に寄与しているというのは大きな変化です。昨年実施したスポーツイベントの「いわきドリームチャレンジ2018」も、みんなで作りあげ、結果として1日に約3000人もの方々が来てくれました。
また、先ほど触れたグラウンド脇のいわきFCステーションも、市の助成金によってできあがりました。そうした取り組みからも一歩ずつ前進していると感じています。
———クラブの代表として活動している中で、特に苦労していることなどはありますか?
まあ苦労とは思っていないですけど、大変なことはあります。ぼくらはスタジアムを作ろうと訴えていますが、応援してくれる人だけでなく、否定的な人も、関心がない人もいます。そうしたさまざまな感情を、スポーツを通じて一つにしていくのは並大抵のことではないんですよね。でもその思いを一つにしたいし、難しいからこそ燃えるものがある。
皆さんに思いを伝えたいし、反応を知りたいから、本当はやりたくなかった個人のソーシャルメディアも始めました(苦笑)。たたかれることもありますからね。でも今は、フォロワーが一人増えるだけで楽しくて(笑)。皆さんにぼくらの思いを理解いただくのは難しくもありますけど、楽しみながらやっています。
———そのクラブをより発展させていくために、今特に力を入れていることは?
スポーツの普及や育成ですね。今は男女のU-18とU-15のチームがあって、各学年8人ぐらい所属しているのですが、県外の選手も多い中で寮や学校などの環境がまだ整っていません。それをクリアしないといけないですし、その下には幼稚園児から小学6年生までを対象としたISAAがあります。
サッカーや野球、体操などいろいろなスポーツが学べるアカデミーで、スポーツ選手を育てるだけでなく、スポーツを楽しんでもらうことや健康増進も目的としています。こうしたアカデミー、スポーツをとおして人を育てていくことができればと考えています。
それと福島県は60歳以上で生活習慣病を抱えている方が多く、その改善につながる活動も推し進めています。ぼくらはそうしたノウハウを持っているので、“健康な街”に変えられるように、より力を入れていきたいと思っています。
クラブ発展のため、スポーツの普及や育成にも力を入れる[写真]新井賢一
チーム、個人の目標を後押し
———それらを実現させるために、クラブに特に必要なものは?
人材ですね。スポーツクラブ、いわきFCで働きたいという人はたくさんいるんですよ。でも、どういう人を採ればいいか決めかねているところはあります。今は現場のスタッフが10人ぐらい、フロントも10人ぐらいいますけど、まずは人柄が大事かもしれません。
いわきFCのエンブレムを背負うので、あいさつができて、明るくないと、サポーターに良い印象を持ってもらえないですから。目を見て話すとか、人と会ったときにちゃんと握手するとかは大事ですね。だからといって仕事が何もできないのは困るんですけど(苦笑)。
それと、サッカークラブはスケジュールどおりにいかないことが多い。チームが勝つ負ける、選手にアクシデントが起こる、フロントに問題が起こる。そういうことがクロスして発生するんですよ。そういうときに嗅覚を発揮して、臨機応変に、柔軟に対応できる人でないとやっていけない。どの会社もそうかもしれないけど、スポーツクラブは特にそうだと思いますね。
———いわきFCは、いわき市を東北一の都市にするという目標を掲げています。その前段階として、大倉社長は「スタジアムビジネスを成功させる」と発言していました。スタジアム建設構想は今どういうステータスなのでしょうか?
いわき市が主体となって、スタジアム委員会とまちづくり委員会の2つが立ちあがり、議論を重ねてきました。ただ前進はしていますけど、理想とする姿と比較するとまだいくつも問題があります。スタジアムを建てたとしても赤字では意味がない。
では365日稼働させるためにはどうすればいいか、雨などの天候対策として屋根をつけるべきか、それとも人工芝にするべきか、ただ人工芝だとJリーグの試合ができない。世界では人工芝のスタジアムがあるが、どこかで折り合いをつけられるのか。まだそういったことを話し合っている段階です。
———中長期の目標の前に、今目の前にあるクリアすべき目標は?
我々の目指す「魂の息吹くフットボール」をお見せして、共感を生み、その上で結果を残せればと思っています。JFLに上がれるところまで来たので、現場はそこを目指していますし、そのためにも目の前の一戦一戦を戦っていく。
それと選手個人の目標も後押ししていきたい。海外でプレーしたい選手、代表入りを目指す選手、社会人として人間性を磨きたい選手、それぞれの目標を達成するために、これまでと変わらず手助けしていきます。
また、クラブとしてはいわき市を東北一の都市にするという目標の一つ上に、ビジョンとして「スポーツによる社会価値の創造」というものがあります。社会価値は人づくり、街づくりなどで、健康増進もその一つです。そこも変わらず取り組んでいきます。
いわきFCは「魂の息吹くフットボール」をテーマに戦う[写真]新井賢一
interview & text:dodaSPORTS編集部
photo:新井賢一
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










