スカウト活動は“恋愛” 一発逆転の魔法はない
望月 雄太さん
元ラグビー選手/株式会社東芝 東芝ラグビー部 採用・普及担当
現役時代は184センチ101キロの堂々たる体躯を誇り、引退して2年が経っても見た目に変化はない。しかし、よくしゃべり、笑顔をこぼすその姿は、フィールド上とはもちろん異なる。採用・普及担当として新人発掘、競技普及に努める望月雄太さんは、選手時代に培われたコミュニケーション能力をフルに活かし、“セカンドキャリア”でも猛進し続けている。
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2017年に引退し、現在はラグビー部の採用、普及活動に従事[写真]兼子愼一郎
引退後に採用・普及担当に
———現在の業務内容を教えてください。
採用・普及担当という肩書ですが、採用は会社の採用ではなく、ラグビー部の採用です。大学ラグビー部の選手の中から、いい選手に来てもらうためのスカウト活動が主な業務です。
普及は主にCSR(コーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティ)活動で、小学校にタグラグビーを教えに行ったり、養護施設でラグビー体験をしてもらったり、復興支援活動として各地方でラグビークリニックを実施したり、そうした活動をオーガナイズしています。比率としては採用6.5、普及3.5ぐらいの割合で、1年のうち7、8割はどこかに飛び回っていますね。
———もともとは選手でしたが、現役時代はどのような生活を送っていたのでしょうか?
東芝ラグビー部の基本的なコンセプトに、社業とラグビーを両立させるというものがあります。企業スポーツであり、社員の士気高揚が我々の存在意義だからです。形態はその年によって少しずつ違うんですが、ぼくが入社した時は、春シーズンは8時15分から17時まで仕事をして、17時半から練習。8月に夏合宿があって、9月にトップリーグが開幕するとガラッと変わり、「仕事=ラグビー」になります。
週に1回、職場に試合の報告をしに行く以外はラグビーに専念させてもらっていました。ほかには年間を通して半日勤務という形もありましたし、監督や会社の上層部の意向によって少しずつ変わります。
———現役時代はどのような仕事をされていたのでしょうか?
ぼくが配属されたのは「技術情報システム部」という、府中工場内のネットワーク環境などのインフラ整備をする部署だったんですけど、ぼくの課は工場で作った図面の管理と運用を主にやっていました。今もそこに所属しているんですが、ラグビー部のスタッフになってからは比重が小さくなり、手伝える時に手伝う程度になっています。
———引退を決断した理由を教えてください。
2017年に引退したのですが、その2年前に、右ひざの膝蓋腱(しつがいけん)と半月板と前十字じん帯を同時に損傷するというかなり大きなケガをしました。2回手術をして3カ月間入院して、自分の中では「これで終わりだろうな」と思い、リハビリして復帰して、1年で引退するイメージだったんですけど、チームから「もう1年やってくれ」と言われ、2017年までプレーしました。最後は「走れていない」と周りから言われるぐらい、ひざがガタガタで。
そのタイミングで監督が代わり、今の瀬川智広監督に「現役を引退します。これ以上できません」という話をしました。その時に監督から「それならお前にやってほしい仕事がある」とオファーをもらったのが今の仕事です。自分は営業職に行きたかったので、「ちょっと考えさせてください」と言って1週間ぐらい考えて、「チームの力になれるならぜひやらせてください」と受けさせていただきました。
採用担当として1年目に2人の新人選手獲得に携わった[写真]兼子愼一郎
スカウトの難しさ
———スムーズに今の業務に移行できたのでしょうか?
今ちょうど2年目が終わったところなんですけど……1年目は大変でした(笑)。東芝という会社自体が不安定な時期で、それでもチームを強くするためには選手を採らないといけないので、とにかくいろいろなところに通いました。
「何やってるのかな……」と思う時期もありましたけど、それでも東芝の良さ、東芝ラグビー部の良さ、今後のビジョンを伝えないといけない。周りの人からは「今までのやり方では絶対ダメだぞ」と言われていたのですが、自分なりにアレンジするのにすごく苦労しました。
そうして1年目に2人の選手(藤野佑磨、ジョネ・ナイカブラ)を獲得したのですが、彼らが2018-2019シーズンにすごくがんばってくれて、その姿を見てこちらもすごく力をもらいました。
———スカウトに際してどのようなアレンジをされたのでしょうか?
オシャレなことはしていないです(笑)。泥臭く、足で稼いで、誘っている選手の練習を見に行き、試合にも行き、終わったら出てくるのを待って声を掛けて、というのを繰り返しやりました。一発逆転できる魔法のようなものはないですし、そういう時こそ地固めと地道な作業が実を結ぶと信じてやっていました。
あとは、昔からつながりのある大学だけではなく、今まで東芝に来た選手がいない大学を見て回ったり、大学1部リーグだけではなく2部まで見に行ったり、今までの固定概念にとらわれず、独自のルートを開拓するために工夫しました。
———今の仕事でやりがいや楽しさを感じる部分を教えてください。
獲得した選手が活躍してくれた時はやりがいを感じます。ぼくの中では、採用活動は“恋愛”なんですよ(笑)。その選手の映像を作って、試合を見て練習を見て、ずーっと追いかけるんです。相手のことを知れば知るほど採りたい思いが募る選手、のめりこめる選手を探します。
のめりこんだら、今度は口説き落とさないといけない。東芝に入ってもらうためのアプローチをしていかなければなりません。そうしていくうちに、自分が誘っている選手の良さがどんどん分かってきた時は、「自分の目に間違いはなかったんだな」とやりがいを感じますね。
———そうやって選手を採り続けていれば、将来的には自分好みの選手、自分が実力を認めた選手がチームにそろいます。
そうなんですよ。この仕事を受けた当初はそのイメージが全くなかったんですけど、1年終わった時に、「実はこれって、自分の一番好きなチームを作れるということなんじゃないか」と思いました。軽い気持ちで引き受けたわけではないですけど、やるにつれて責任の重さと、チームを作れることに対する充実感は大きくなっています。
現役時代のポジションはフランカーで、日本代表でも活躍した[写真]志賀由佳
獲得選手の活躍で達成感を
———学生時代、選手時代の経験で活かされていることはありますか?
コミュニケーション能力ですね。普及活動で小学校、中学校に行った時に話をするんですけど、ラグビーって、選手同士でしゃべらないと成り立たないスポーツなんですよ。ラグビーは前に向かって走りますが、パスは後ろにしか出せません。だから周りが声を掛けないと、うまくパスがつながらないんです。
常に声を掛け合わないといけないので、必然的にコミュニケーション能力が上がるスポーツだと思っています。ぼく自身はもともと引っ込み思案ではなかったですけど、ラグビーを始めてから、よりいろいろなことを話せるようになりました。
———ラグビー業界で働くことの一番の魅力を教えてください。
試合には勝ち負けが存在するので、勝った時にみんなで喜びを分かち合えるところが一番ですね。また、応援してくれるファンの方たちと勝利を分かち合える充実感、達成感は、ほかの業界にはないものだと思います。ラグビーって、ファンと選手の距離がすごく近いんですよ。
試合後はグラウンドを1周してハイタッチしますし、外で出待ちをしてくださるファンの方もいらっしゃいますし、ぼくは“会いに行けるスポーツ選手”と呼んでいます(笑)。人と人の関係が他のスポーツよりも近く、そこは選手時代も、スタッフになってからも強く感じています。
———今後チャレンジしてみたいこと、この仕事における夢や目標を教えてください。
採用活動で言うと、自分が採った選手が先発の15人で出て、東芝の優勝に貢献するというのが一番の願いですし、そこが一番の喜びだと思います。さらに個人に特化すると、獲得選手が日本代表になったり、もっと上のカテゴリーに行った時は、おそらくすごい充実感、達成感を得られるんだろうな、という妄想をしています(笑)。
———現在は一人ですべての業務をこなしているとのことですが、一緒に働くとしたら、どのようなタイプの方がいいですか?
自分とは違うタイプがいいですね。おしゃべりな男が2人いても仕方がないので(笑)。ある程度のコミュニケーション能力は必要だと思いますけど、ぼくよりも冷静に、第三者的に物事を見られる人がもう一人いたらいいなと思います。
選手を見る時、ぼくとは違う評価をくだせるでしょうし、その選手の特徴がより立体的に浮かびあがり、いろいろなアプローチができるでしょうから。それと、職種を問わずにチームを活性化させる、新しい血を入れるという意味では、他業界の方に来てもらうのも面白いと思います。
一つの業界にい過ぎると、一方向の考え方しかできなくなるので、ぜひ入ってきて新しい考え方を持ちこんでほしいです。前任のストレングス&コンディショニングコーチはラグビー未経験の方でしたし、ポジションによってはその道のスペシャリストに来てもらえたらいいなと思っています。
ラグビー選手を“会いに行けるスポーツ選手”と形容する[写真]兼子愼一郎
interview & text:dodaSPORTS編集部
photo:兼子愼一郎
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










