スポーツを愛する人を一人でも多く増やす
石居 征宜さん
ミズノ株式会社 コーポレートコミュニケーション部 コミュニケーション戦略課 専任職
100年以上の歴史を持つミズノ株式会社。広報を務める石居征宜さんは前職で培った営業スキルを活かし、新商品のPRや会社の沿革を世の中に伝えることに尽力している。自分のネタが反響を得る喜びを感じつつ、胸に抱く夢に向けてスポーツの魅力を伝え続ける。
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商品のPRだけでなく創業者の功績なども伝える[写真]兼子愼一郎
あらゆる点で会社をPR
———「ミズノ=スポーツブランド」というイメージがありますが、どんな企業なのでしょうか?
扱っているモノはスポーツ用品がメインとなりますが、ライフスタイル品も取り扱っています。モノ以外では、各種スポーツのスクール事業やスポーツ施設の運営などのサービスを展開しています。
———そのミズノの中で、石居さんは広報としてどんな業務を担っていますか?
私はライフスタイル品や会社の歴史、BtoBビジネス向けの商品のPRを担当しています。例えば、ライフスタイル品であれば、新商品発売に合わせてメディアに対して商品の特徴をアピールし、世の中に商品を広めるために動いています。
会社の歴史のPRに関して言うと、今年の夏に第100回全国高等学校野球選手権記念大会が開催されました。この大会が始まる2年前に弊社の創業者である水野利八(みずの・りはち)が、関西学生連合野球大会という学生向けの大会を開いていて、その大会が夏の甲子園の土台となっているんです。このような弊社の創業者の功績などを伝えています。
———「カッターシャツ」を名付けたのはミズノだとお聞きしました。
そうです。カッターシャツのほかにボストンバッグも、実は弊社の創業者が名付けたものなんですよ。カッターシャツの由来は、ちょうど100年前の話ですが、草野球を見ている人たちがいて、応援しているチームが「勝った、勝った」と喜んでいた。その様子がとてもほほ笑ましく感じ、ちょうどそのときにシャツを売ろうとしていて、その言葉が非常にいいとなり、カッターシャツとして売り出した経緯があります。
———毎日どのようなタイムスケジュールで業務をされているのでしょうか?
毎日同じことをしていることはないので、とある1日のスケジュールを紹介します。まずはじめにすることは、弊社および競合他社さんの記事が当日の新聞や前日のWebサイトに出たかチェックを行います。その後にメール対応や資料作成などをします。午後からはメディアさんを訪問して、新聞社や出版社、テレビ局の記者さんと情報交換をしたりしています。
やりたい宣伝の仕事をあきらめられずに転職[写真]兼子愼一郎
やりたいことを追いかける
———広報の仕事に就くまでにどのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか?
私は2007年にミズノに中途入社で入りました。そこから約11年いますが、その間10年は宣伝の仕事をしていました。広告物の制作をしたり、Webページにサッカーの記事を上げたりもしますし、媒体業務と呼ばれる広告スペースの買い付けもやりました。最初は広告を作る側で、途中からは作った広告を出す場所を確保する仕事。そして広告効果を計測し次にどうつなげていくか、というプランニングをしていました。
———ミズノに入社される前は何をされていましたか?
大学卒業後、3年ほど印刷会社の営業をしていました。その後、印刷会社にいた関係で、宣伝の発注をする側、宣伝の企画をする側の仕事に就きたくて、宣伝の仕事を探していました。しかし、そのときは見つからなかったので、金融系の営業の仕事に就きました。
でも、その仕事を始めてから1年ほど経ったときに、やっぱりやりたいことを追いかけたいと思い、転職活動を始めて、そのときにミズノの求人を見つけて応募しました。
———前職のスキルなどで今の仕事に活かせていることはありますか?
前職は営業だったので、クライアントが持っている課題が何かを掘り起こして、それを形にして解決していました。それは宣伝の立場と似ている部分があります。営業のときはクライアントが求めていることを掘り起こすのですが、それが宣伝や広報になるとユーザーや記者さんが何を求めているかを掘り起こすことになります。それが分かれば、ユーザーの皆さんの心により響くコピーやビジュアル、記者さんへ渡すべき情報が分かってきます。そういう点でつながっていますね。
営業スキルを宣伝、広報の仕事にも活かしている[写真]兼子愼一郎
常にネタを発掘する
———仕事のやりがいを感じるのはどんなときですか?
自分で考えたネタが、社内外の人たちの力をお借りしながら最終的にメディアに載り、反響を得る。その反響が大きければ大きいほどやりがいを感じます。
———印象的なエピソードなどはありますか?
これは広報ではなくて、広告スペースの買い付けをしていたときの話になりますが、2016年のリオデジャネイロ・オリンピック出場を懸けて、全日本女子バレーボールチームが東京体育館で試合を行いました。全日本女子バレーボールチームをスポンサードしているミズノとしてファンの皆さんと一体となった応援をするために、JR総武線普通電車1編成の広告をすべてジャックしました。
その中で、中吊り広告に全日本女子バレーボールチームの実物のユニフォームを吊り下げて掲載しました。そうした記憶に残る関わり方をしたチームが、見事リオ五輪出場を勝ち取ったことはとても印象に残っています。
———スポーツ選手と関わりを持つこともあるのでしょうか?
私の業務で言うと、宣伝をしていたときに広告物に選手を起用していました。広報では商品関連の記者会見に選手に出ていただくこともあるので、そこで選手と関わることはあります。私の業務以外ですと、選手が着用するシューズやウェア、バット、グラブ、バドミントンのラケット。そういった用具を、契約選手と話し合い、選手の要望に合わせてより使いやすいように、商品開発につなげているスタッフもいます。
———一番大変な業務は何でしょうか?
常に新鮮なネタを探して、それを掘り起こし、実際にどのように形にするかという作業が大変ですね。あとは、古いネタも加工の仕方や切り口を変えればネタになります。そこはさまざまな視点を持たなければいけないので、難しいところですが楽しくもあります。
広報としては、記者会見などで契約選手との関わりも[写真]兼子愼一郎
挑戦できる人が活躍する
———今後取り組みたいことはありますか?
2020年に東京オリンピック、2021年にワールドマスターズゲームズ2021(中高年齢者のための国際総合競技大会)が関西で行われ、スポーツへの注目度はどんどん上がっていくと思っています。その中で東京オリンピックでは、出場する選手たちが使っている用具やその開発の背景などを伝えていくことで、見る人たちの感動がより深まるようなお手伝いがしたいです。
一方の、ワールドマスターズゲームズ2021は、競技によって異なりますが、おおむね30歳以上のスポーツ愛好家の方なら誰でも出場することができる大会です。前回大会は約3万人の競技者が出場しました。出場する皆さんが満足のいくパフォーマンスができるように、弊社の商品やサービスの良さを事前に伝えていきたいと思っています。
———このお仕事をされている上で、夢や目標はありますか?
スポーツの良さをより多くの方に知ってもらうことで、スポーツを新たに始める人、すでに続けている人も含めてスポーツを愛する人を一人でも多く増やすことが今の目標です。モノの良さを追求することもそうですし、サービスや体験を提供してスポーツに触れる機会を作ることもそうです。
スクール事業でも、上達するともっとやりたい、もっとうまくなりたいという気持ちになると思うので、そういったことを通して、一人でも多くスポーツを愛する人を増やしていきたいです。
———これからのスポーツ業界で必要な人材はどんな方だと思いますか?
これはスポーツだけに限らないと思いますが、新しいことに挑戦できる人ですね。これから先、技術はどんどん進歩していきます。例えばIoTなど新しいものを受け入れて、使いこなせるように努力すること、恐れずに向かっていくこと。そうやって新しいことにどんどんチャレンジできる方がこれからは活躍できると思います。
夢は「一人でも多くスポーツを愛する人を増やすこと」[写真]兼子愼一郎
interview & text:dodaSPORTS編集部
photo:兼子愼一郎
※人物の所属および掲載内容は取材当時のものです。










